記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子

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第一章 令嬢は記憶を失う

06

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パトリックは三日後に再び訪れた。

私はようやく熱は下がったが、まだ足に力が入らずベッドから出られずにいた。
ベッドに座ったまま応対した私の目の前に、パトリックは小さな箱を差し出した。

「見舞いだ」
「…ありがとうございます」
箱を受け取り、開けると中には大粒の、雫形の緑色の石をあしらったペンダントが入っていた。

「綺麗…」
「エメラルドは魔除けや病気の治癒に効果があるそうだ。ま、気休めのお守りだが」
美しい輝きの、その色はパトリックの瞳の色によく似ていた。

「着けよう」
パトリックは箱からペンダントを取り出した。
「髪をよけてくれるか」
「あ…はい」
促されるまま髪を手でまとめると、彼はペンダントを持った手を私の首へと回した。

首筋に指先が触れた、その感触に———思わずびくりと震えてしまう。
熱が下がったはずなのに、また体温が上がる。

そんな私の様子を見つめながら、パトリックはペンダントの留め具をとめた。


「ああ、似合うな」
手を離すと私を眺め、満足そうに笑みを浮かべて頷いた。
「…ありがとう…ございます」
そう言って…恥ずかしさで彼の顔が見られない。


俯いていると、ふいに手を握りしめられた。
「もう熱はないようだな」
大きな手が私の手を包み込むように握る。

「まだ起き上がれないのか」
「…はい…まだ足の力が入らなくて…」
最初はまるで麻痺しているようだった。
触れても感覚すらなく、自分の足ではないようで。
熱が下がると共に感触は戻ってきたけれど、まだ立つことすら出来ない状態だった。

「可哀想に。早く治るといいな」
パトリックの言葉に、私は思わず顔を上げた。


私を見つめる彼の表情は心から心配そうで…本当に、テオドーロの言うように危険な人なのだろうか。

「痛みはあるのか?」
「…いいえ」
「どこか辛いところは」
「大丈夫…です」
私の手を握りしめたまま、もう片方の手が頬に触れた。

そっと頬を撫でるその動きも、眼差しも…本当に優しくて。


「あの…パトリック様」
私を見つめるエメラルドの瞳に吸い寄せられるように、視線をそらす事ができず見つめ返しながら私は言った。
「家族から…私とパトリック様は…仲が悪いのだと聞きました」
私の手を握る手がピクリと震えた。

「…本当…なのでしょうか」
本人に聞くのも失礼なのだろうけれど。
両親に聞いたら言葉を濁された。
テオドーロはパトリックの事を口にすると機嫌が悪くなるから…
考えても分からない事だし、気になる以上、本人に聞くしかないのだ。



「———仲が悪いと言うか…」
言いよどみながらパトリックは答えた。
「俺が、君に嫌われていた」
「…え…」
私は目を見開いた。

「ど…うして…ですか」
「それは俺が聞きたい。婚約の顔合わせの時から、君は俺と目を合わせようともしなかった。話しかけても返事がなくて…婚約者とは名ばかりだった」
私が…そんな事を…?

悲しげに曇る緑の瞳に、胸が締め付けられる。

「…あ…の…ごめんなさい」
私は俯いた。
「私…そんな酷いことを…」



「———だが今の君は何も覚えていないのだろう」
頬に触れていた手に力がこもると顔を上げさせられる。

「君は、俺が嫌いか?」


「…いいえ…」
まだ二回しか会っていないけれど…だからこそか、嫌いとは思えない。
それに…多分、私はこの人を知っている。
アレクシアではない、別の誰かの記憶の中で。

その記憶の中のパトリックの事は…多分、嫌ってはいなかったと思う。



「ならばいい。これからは嫌わずにいてくれれば」
パトリックは目を細めた。

「シア、と呼んでいいか?」
「は、はい」
「俺の事はリックと」

「リック…様」
「様はいらない。愛称で呼ばせるのは相手に心を許した証なんだ」
頬にあった手が肩へと回されると、相手へと引き寄せられた。


「———ずっとこうやって、シアに触れたかった」
そう言って、パトリックの力強い腕が私を優しく抱きしめた。
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