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第一章 令嬢は記憶を失う
02
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「姉上」
戻ってきた侍女の後ろから一人の青年が顔をのぞかせた。
私の一つ下で十六歳の、弟だというテオドーロだ。
私と同じ色彩の、癖のあるダークブロンド。
整った顔立ち。
青い切れ長の瞳は優しい眼差しを浮かべている。
「おはよう。気分はどう?」
「え、ええ…大丈夫」
テオドーロはベッドの傍に椅子を運ばせると腰をおろし、侍女からスープの乗ったトレイを受け取った。
中身をゆっくりとかき混ぜ、一匙すくうとそれを自分の口に運ぶ。
「うん、熱さはちょうどよさそうだね」
そう言って彼はもう一匙、スープをすくうとそれを私の口元へ差し出した。
「はい」
「…え」
こ、これは…
「ほら、食べないの?」
にこにこと笑顔を向けるテオドーロ。
「え、あの…」
「はい、あーん」
———待って。どうして侍女ではなくて弟が私にスープを飲ませるの?!
恥ずかしすぎるんですけれど?!
弟とはいえ今の私にとっては正直他人のようで…いやそもそも姉弟でこういう事はしないのでは?!
助けを求めるように侍女達へと視線を送ったが…いつの間にか彼女達は広い部屋の隅へと移動し、壁際で目を伏せて立っている。
まるで壁と化しているかのように…
「姉上———シア」
ふいにテオドーロは私の名前を呼ぶと、その顔を近づけてきた。
「冷めちゃうから早く飲んで、ね」
近い、顔が近い!
どうして息がかかりそうなくらい顔を近づけるの?!
驚きと羞恥で動けない私を笑みをたたえた顔でじっと見つめてくるテオドーロは…困ったように眉根を寄せた。
「どうしたの。飲まないの?」
「あ、あの…自分で飲みます…」
「駄目だよ、まだ腕に力が入らないんだろう。こぼしたら危ないよ」
それはそうなんだけど!
せめて侍女に…と思い視線を壁へと送ろうとすると、ふいに顎を掴まれた。
ぐ、と指先に力を込められて強引に私の口を開けると、テオドーロはスプーンを口の中に差し込み、スープを流し込んだ。
「ほら、早く飲まないから冷めちゃったでしょ」
喉を通るスープは確かに少し冷たさを感じるくらいで。
「次はちゃんと自分で口を開けて」
そう言うとテオドーロは再びスープをすくい、私の口元へ運んだ。
「……」
開けないとまた強引に流し込まれるだろう。
観念して口を開けると、今度はほどよい温かさのスープが喉を通り抜けていった。
満足そうな笑みを浮かべて、テオドーロは次々とスプーンを運んでくる。
そうして全て飲ませると、スープの入っていた器の隣におかれた皿の中のものをひとつ、指で摘み上げた。
「スープだけじゃ体力も回復しないからね、果物だったら食べられるんじゃない」
赤い艶やかな小さな果実、それは確か…ベリーという名前だったように思う。
「はい、あーん」
もはや拒否する気力も起きず、促されるまま私は口を開いた。
放り込まれたそれを噛み締めると、口の中いっぱいに広がる甘味と酸味。
「美味しい?」
テオドーロはそう聞きながら、一個自分の口に入れた。
「うん、甘味が強くて美味しい」
皿が空になるまで私と自身の口へと交互に果物を運ぶと、満足そうにテオドーロは立ち上がった。
ようやく解放される…と思ったのだけれど。
侍女にトレイを渡して代わりにナフキンを受け取り、戻ってくるとテオドーロはそれで私の口を拭こうとした。
「っそれくらいは自分で…」
「いいから」
口を拭くのまでやってもらうのはさすがに…!
逃れようとするより早く口を拭かれてしまう。
……年下の…弟にこんな事までされるなんて。
「姉上?顔が赤いけど…また熱が上がった?」
大きな手のひらが額に触れる。
———熱というより恥ずかしいからなんですけれど。
記憶をなくす前から…彼はこんな風に私を扱っていたのだろうか。
このくらいの年頃なんて…普通、姉とそう仲良くしないだろうに。
あの子だって…
———普通?あの子?
私…何と比較していた?
「姉上?本当に大丈夫?」
すぐ目の前に心配そうな弟の顔が現れて我に返る。
「あ…はい…」
「ゆっくり休んで、ね」
私の頭を優しく撫でると、テオドーロは甘い笑顔を向けた。
戻ってきた侍女の後ろから一人の青年が顔をのぞかせた。
私の一つ下で十六歳の、弟だというテオドーロだ。
私と同じ色彩の、癖のあるダークブロンド。
整った顔立ち。
青い切れ長の瞳は優しい眼差しを浮かべている。
「おはよう。気分はどう?」
「え、ええ…大丈夫」
テオドーロはベッドの傍に椅子を運ばせると腰をおろし、侍女からスープの乗ったトレイを受け取った。
中身をゆっくりとかき混ぜ、一匙すくうとそれを自分の口に運ぶ。
「うん、熱さはちょうどよさそうだね」
そう言って彼はもう一匙、スープをすくうとそれを私の口元へ差し出した。
「はい」
「…え」
こ、これは…
「ほら、食べないの?」
にこにこと笑顔を向けるテオドーロ。
「え、あの…」
「はい、あーん」
———待って。どうして侍女ではなくて弟が私にスープを飲ませるの?!
恥ずかしすぎるんですけれど?!
弟とはいえ今の私にとっては正直他人のようで…いやそもそも姉弟でこういう事はしないのでは?!
助けを求めるように侍女達へと視線を送ったが…いつの間にか彼女達は広い部屋の隅へと移動し、壁際で目を伏せて立っている。
まるで壁と化しているかのように…
「姉上———シア」
ふいにテオドーロは私の名前を呼ぶと、その顔を近づけてきた。
「冷めちゃうから早く飲んで、ね」
近い、顔が近い!
どうして息がかかりそうなくらい顔を近づけるの?!
驚きと羞恥で動けない私を笑みをたたえた顔でじっと見つめてくるテオドーロは…困ったように眉根を寄せた。
「どうしたの。飲まないの?」
「あ、あの…自分で飲みます…」
「駄目だよ、まだ腕に力が入らないんだろう。こぼしたら危ないよ」
それはそうなんだけど!
せめて侍女に…と思い視線を壁へと送ろうとすると、ふいに顎を掴まれた。
ぐ、と指先に力を込められて強引に私の口を開けると、テオドーロはスプーンを口の中に差し込み、スープを流し込んだ。
「ほら、早く飲まないから冷めちゃったでしょ」
喉を通るスープは確かに少し冷たさを感じるくらいで。
「次はちゃんと自分で口を開けて」
そう言うとテオドーロは再びスープをすくい、私の口元へ運んだ。
「……」
開けないとまた強引に流し込まれるだろう。
観念して口を開けると、今度はほどよい温かさのスープが喉を通り抜けていった。
満足そうな笑みを浮かべて、テオドーロは次々とスプーンを運んでくる。
そうして全て飲ませると、スープの入っていた器の隣におかれた皿の中のものをひとつ、指で摘み上げた。
「スープだけじゃ体力も回復しないからね、果物だったら食べられるんじゃない」
赤い艶やかな小さな果実、それは確か…ベリーという名前だったように思う。
「はい、あーん」
もはや拒否する気力も起きず、促されるまま私は口を開いた。
放り込まれたそれを噛み締めると、口の中いっぱいに広がる甘味と酸味。
「美味しい?」
テオドーロはそう聞きながら、一個自分の口に入れた。
「うん、甘味が強くて美味しい」
皿が空になるまで私と自身の口へと交互に果物を運ぶと、満足そうにテオドーロは立ち上がった。
ようやく解放される…と思ったのだけれど。
侍女にトレイを渡して代わりにナフキンを受け取り、戻ってくるとテオドーロはそれで私の口を拭こうとした。
「っそれくらいは自分で…」
「いいから」
口を拭くのまでやってもらうのはさすがに…!
逃れようとするより早く口を拭かれてしまう。
……年下の…弟にこんな事までされるなんて。
「姉上?顔が赤いけど…また熱が上がった?」
大きな手のひらが額に触れる。
———熱というより恥ずかしいからなんですけれど。
記憶をなくす前から…彼はこんな風に私を扱っていたのだろうか。
このくらいの年頃なんて…普通、姉とそう仲良くしないだろうに。
あの子だって…
———普通?あの子?
私…何と比較していた?
「姉上?本当に大丈夫?」
すぐ目の前に心配そうな弟の顔が現れて我に返る。
「あ…はい…」
「ゆっくり休んで、ね」
私の頭を優しく撫でると、テオドーロは甘い笑顔を向けた。
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