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18 魔王城

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「ふうん。それで勇者はどうしたんだ?」
「目を覚ましたところで山の外に移動させた」
 魔王城に戻り、話を聞いてそう尋ねたアルバンに答えると、ブラウは魔王に向いた。

「それで閣下。勇者と聖女の魔力に触れてどうでした」
「どちらも私には何の影響もない」
「――それでは、やはりヒナノの魔力が特別だと?」
「ああ」
 魔王はうなずいた。

 回復魔法をかけた湯で魔物の傷を癒やすことのできる人間がいるとアルバンから報告を受けた。
 魔物に回復魔法は効かない。
 けれどヒナノというその娘は、普通の傷だけでなくアルバンが勇者の剣で受けた傷も治したというのだ。
 さらにヒナノと一緒にいる男がブラウとそっくりの半魔だと聞き、心当たりのありそうなブラウを向かわせた。
 半魔の男は百二十年以上前に生まれた自分の息子だったと報告したブラウは、その息子の番だというヒナノの経緯を報告した。
 聖女と共に異世界から召喚されたヒナノは、山に自然に湧く湯に魔法をかけることで魔物の傷を癒やすのだという。
 回復魔法の効かない魔物をそうやって癒やすなど、長く生きてきた魔王ですら知らないことだった。

「湯に浸かるだけでも気持ちがいいですから。閣下も行ってみてはいかがですか」
 このところお疲れのようですからというブラウに促され、魔王はヒナノの元を尋ねた。
 その「温泉」は、手で触れただけでは何も感じなかった。
 けれど、その中に入りしばらくすると、湯の効果で身体が温まるとともにそれだけではない、ブラウが言っていたような「心が軽くなる」感覚を覚えた。
(不思議なものだ)
 このままずっと湯船の中に身を委ねていたいような心地のよい感覚だった。

 温泉から上がり、身体の水分を飛ばそうとして魔王は目を見開いた。
「ばかな……消えている?」
 腹部にあったはずの、大きな切り傷の痕が綺麗に消え去っていた。
 魔王にはあらゆる魔法が効かず、剣などの物理攻撃にも強い。
 けれど生まれてすぐのとき、魔王の座を狙う者によって負わされた腹部の傷には、ここを少しでも斬られると致命傷になるという呪いがかけられていた。
 魔王は一代限り。
 その地位を継承するまでは魔王としての力を持つことはできない、その隙を狙われたのだ。

 勇者と聖女が現れたと知った時、己の命の危険を感じた。
 この傷痕を狙われたら……さすがに自分でも倒されるかもしれないと。
 その、父親であった先代の魔王でも消すことのできなかった、誰も知らない唯一の弱点である傷、そして呪いをこの温泉が癒やしたというのか。
(ブラウの息子の呪いも消えたといったな……)
 まさか、あらゆる呪いや傷を消すことができるのか。

 ブラウたちには致命傷のことは明かさず、ただ古傷が消えたとだけ伝えた。
 どんな魔法も効かないはずの魔王にも効くヒナノの魔法。それは彼女が異世界人だからなのかと推測したが、同じ異世界人である聖女の魔力は効かないということを、勇者の剣に触れて分かった。
 聖女の魔力も湯を介せば効くのかもしれないが、それを調べるのは難しいし、万が一効果があった場合、それを人間たちに知られるのも困る。


「ヒナノは何としてもこちら側に引き留めておかねばならぬ」
 魔王はブラウとアルバンに言った。
「あれの魔力は我らにとって恵みであると同時に脅威ともなり得るからな」
 ヒナノは回復魔法だけでなく、攻撃魔法を使うこともできる。
 それらが魔物に向けられた場合、どうなるか。
「警備をつけましょうか」
「いや、こちらが脅威と認識していることを気取られてはならぬ。聖女と親しいようだからな、人間側にそれが伝わっては困る」
 ブラウにそう答えると、魔王はアルバンを見た。
「やはり人間の目に触れない場所に移すのがいいだろう。他に湯の湧く場所がないか探せ」
「はっ」

 ヒナノは温泉に執着しているように見えた。
 同じ効果のある湧き湯さえあれば、移ることに不満はないだろう。
「ブラウ。お前の息子にも協力させろ」
「はい。まあ、エーリックならば大丈夫でしょうが」
 彼はヒナノが人間と関わることを望んでいない。
「それでも念のため話をしておけ。不要な争いが起こらぬようにな」
「かしこまりました」
 ブラウは深く頭を下げた。
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