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13 にぎやかなのも楽しいよ

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「これがブラウの息子か」
 私たちの前には大きなひとが立っている。
 黒髪に鋭い眼差しの赤い瞳を持った、魔王そのひとだ。

(リンちゃんが好きそう……)
 それが第一印象だ。
 見た目は私のお父さんと同じ、四十代半ばくらい。
 マントに隠れているけれど、筋肉ががっつりついているであろう、体格の良さは分かる。
 渋くてカッコいいお顔のイケオジ魔王さんは、きっとリンちゃんの好みドンピシャだと思う。

(リンちゃん、このひとが魔王だと知ったらどう思うかな……)
「それで、これがうわさの温泉か」
 リンちゃんを思い出していると、魔王さんは魔物たちが入っている温泉へ視線を送った。
 魔物たちは最初、魔王さんの姿を見て逃げ出そうとしたが、声をかけるとまたすぐに帰ってきた。
 皆、ホントに温泉が好きね!

 魔王さんは温泉に近づくと、そのお湯を手ですくった。
「……この湯で傷が癒えるのか」
「傷だけでなく、この湯にしばらく入ると心も軽くなってきます」
 ブラウさんが言った。
「閣下のお疲れにも効くかと」
「……私もここに入るのか?」
「あ、もう一つ別にあります!」
 慌てて答えた。魔王さんをここに入れるのはさすがにダメだからね!


「魔王は勇者たちによる被害のせいなのか、最近不機嫌なことが多い」
 家に帰るとブラウさんが言った。
 魔王さんは外の温泉に入っている。
「そんなに大変なんですか」
「あの者たちは見境がないからな……」
 憂いのある顔から、ブラウさんも疲れているのが想像できる。……勇者たちって、魔物側から見ると侵略者みたいね。
「戦略といったものはないが、何せ若さと力だけはあるからな。あの勢いが厄介だ」
 出発の時に見た勇者一行は、確かに皆若くて十代くらいに見えた。

「……勇者と戦うこともあるんですか」
「防戦はするが、こちらから襲うことはするなと告げてある。これで人間を殺すようなことがあれば、人間たちの敵意がさらに増すからな」
「そうなんですね……」
 うーん、魔物のほうがちゃんと考えているような。

「何か対策はないのか」
 エーリックが尋ねた。
「こちらの意思を伝えられればいいのだが、聞く耳をもたないからな」
 リンちゃんだったら話を聞いてくれそうだけど……あ、そうだ。
「私が聖女に会ってお願いするのは?」
「君が?」
「聖女……リンちゃんだったら聞いてくれると思うんですよね」
「ダメだ」
 エーリックが私の腕をつかんだ。
「それでヒナノが人間に捕らえられたらどうする」
「捕らえられるって。私も人間だよ?」
「魔物に味方する人間は敵同然だ」
「そうなの?」
「あんたは警戒心がなさすぎるからな、危険だ」
 え、そんなことないし!

「そうだな、君から接触するのはやめておいたほうがいいだろう」
 ブラウさんが言った。
「わざわざ危険に身をさらす必要はない」
「……はい……」
 危険、なのかなあ。
 相手が魔物だからすぐ攻撃してしまうのだったら、人間の私が会えば少しは話を聞いてくれるだろうに。
 ちょっとモヤモヤしていると、扉が開いて魔王さんが入ってきた。

「閣下。いかがでしたか」
「ああ、古傷が消えた」
 血色の良くなった魔王さんはそう答えた。
「古傷?」
「生まれたばかりの頃に負った痕が残っていたのだが、きれいに消え去った」
 そう言う魔王さんは口元に少し笑みを浮かべた。魔王さんは最初は怖いひとのように思えたが、笑うと優しそうに見える。
「その娘の魔法と、この山に湧く温泉が組み合わさった効果と言ったな」
「はい」
「そのような魔法は聞いたことがない。不思議なものだ」
「閣下でもご存じないですか」
「他の山の泉でも効果があるのか」
「さあ……。そもそも、温かな水の湧く泉というのを初めて見ました」
 ブラウさんが答えた。
 え、そうなんだ。

「私のいた世界では、魔法はありませんが温泉はあちこちにあって、病気や怪我に効いたり癒やされたりするって人気なんです」
「そうなのか」
「回復魔法みたいにすぐに全部治るわけではないんですけど」
「それは、その泉自体に効果があるのか」
 ブラウさんが尋ねた。
「はい、お湯の中には山の栄養が溶け込んでいて、何度も入ると薬みたいに少しずつ身体に効いていくんです」
「ほう」
 この世界には温泉ってないのかな。
 教会にいた時もそんな話は聞かなかったし……。
「で、綺麗な景色を見たり美味しいご飯を食べたりして楽しんで、心も癒やすんです」
 私は用意しておいたお鍋をテーブルに運んだ。
 今日は事前に魔王さんたちが来ると聞いていたから、朝のうちにポトフを仕込んでおいたのだ。
 時間がたつと味が染み込んで美味しいのよね!
「アルバンがそなたの料理は美味いと言っていたな」
「たくさん食べてくれました」
 先日来た時、美味い美味いとキノコ汁を残らず食べていった。豪快な食べっぷりだった。

「――本当に、あれらは厄介だ」
 食事をしながら魔王さんがため息をついた。
「一行は四人。勇者と聖女の力は厄介だが、その二人の行動は慎重なようだ。あとの二人、剣士と魔術師は魔物を見ると見境なくすぐ攻撃してくる」
「そうですか……」
「我らは基本、人間の住む領域には立ち入らない。中には人里に入り襲うものもいるが、それは飢えや身の危険を感じた時くらいだ」
「はい」
 そういうのは実家にいた時もよく見聞きしていたから分かる。
 人間の側からすれば害獣だけれど、獣側からすれば、彼らも生きるためにそうしているのだ。
 自然の摂理として仕方ないだろう。
「うまく住み分けできるといいですね」
「ああ」
 私の言葉に魔王さんとブラウさんはうなずいた。
 身体が大きいひとはやはりたくさん食べるのか、魔王さんももりもりと食べていって、多めに作ったつもりだったポトフは全てなくなってしまった。


「一日が終わったねえ」
 魔王さんたちが帰り、あと片づけを終えるとソファに腰を下ろした。
 すかさずエーリックがその隣に座ると腰に手を回してきた。
「ここならヒナノと二人きりでいられると思ったのに。こう来客が多いとは」
 耳元にため息がかかってビクリとしてしまう。
「……で、でも。にぎやかなのも楽しいよ」
 温泉に行けば魔物がたくさんいるけれど、言葉を話すことができるのはエーリックしかいなかったのだ。
 正直、他のひとともお話しできるのは楽しい。
「ヒナノは大勢がいいのか」
「そういう時があるのもいいなあって。うち六人家族だったから。家族が多いとにぎやかで楽しいよ」
 両親と弟、それに祖父母の三世代家族はにぎやかだった。
(そうか、エーリックはずっとお母さんと二人きりだったのよね)
 亡くなったあとは一人で……。

「家族は多いほうがいいのか」
 エーリックの手が私のお腹をなでた。
「じゃあ、増やすか」
 え、それって……つまり子供を作ると!?
「ヒナノ」
 顔が熱くなるのを感じていると、エーリックが耳元に口を寄せた。
「俺の番になるのは嫌か?」
「……嫌では、ないけど」
「魔物は番を求めるあまり、喰い殺してしまうこともあるそうだ。父親はそれが嫌で母親と別れた」
 お腹に手を当てながらエーリックは言った。
「だが、俺はそんなことをしない。大事にする。だから俺の番に……家族になって欲しい」

「……うん」
 私はエーリックの手に自分の手を重ねた。
「家族、たくさん作ろう。きっと楽しいよ」
 家族に囲まれる幸せを、エーリックにも知って欲しい。
「ヒナノ」
 エーリックが顔をのぞき込んできた。
 目を閉じるとそっと唇が塞がれる。
「今日は寝るなよ」
「……頑張る」
 そう言って、私たちは再びキスを交わした。

 数日後、温泉に入りたいとやってきたアルバンさんが私を見るなりニヤリとした。
 ……そういえば契りを交わすと匂いがつくんだっけ。
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