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第10話

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 さすが公爵家。
 我が家と比べるのもおこがましいほど広大な敷地を囲う長い壁に、感嘆のため息が出る。
「……あれ?」
 けれど門をくぐる時に違和感を覚えた。

「どうした」
「……壊れた結界は張り直したんですよね」
「そのはずだが」
「隙間があります」
「結界の隙間?」
「隙間なのかズレなのか、ちゃんと調べてみないと分かりませんが……」
 結界というのは魔法による膜で、目には見えないが魔力を持つ者には感じることができる。
 穏やかな水面のように滑らかなのだが、妙にでこぼこした感じがあったのだ。
(壊れた部分だけ直した? いやでも綺麗に直すはず)
「公爵に聞いてみよう」
「できればその場所に行ってみたいのですが」

「ああ」
 頷いて、ルーカス様はくすりと笑った。
「レベッカは、魔法のことになるとそういう顔つきになるんだな」
「え?」
「子供のようにふにゃふにゃした顔が、キリッとするのは面白い」
 ふにゃふにゃ!?
「……普段と戦闘時のギャップが大きいとはギルドでも言われていましたが。ふにゃふにゃって……」
 最年少だったこともあって、子供扱いされることも多かった。
 でも「ふにゃふにゃ」は初めて言われたんだけど!?

「ギルドか。……そこは男が多かったのか?」
「え? そうですね……魔術師は女性もいましたが、戦士は男性が多かったです」
「その中で親しくしていた男はいたのか」
「親しく……? 皆さんによくしていただいていましたが……特に師匠と……あ、あとよく面倒を見てくれた兄のような人がいました」
「兄?」
「剣士で、五歳年上で……多分、元貴族の人です」
「元貴族……」
「食べ方なんかも上品で、紳士的というか優しかったので」
 粗野な戦士が多い中で彼は明らかに他と雰囲気が浮いていた。
「……レベッカは優しい男が好きなのか」
「はい?」
 馬車が止まる音と衝撃で、ルーカス様の声が聞こえなくて聞き返す。

「いや、なんでもない」
 そう言ってルーカス様は開かれた馬車のドアから先に降りると、私へ向かって手を差し出した。


「殿下。ようこそいらっしゃいました」
 馬車を降りると、目の前に壮年の男性が立っていた。
 その後ろいたドリス様が、私を見てその顔に微笑を浮かべた。
「レベッカさん、いらっしゃい。待っていたわ」
「本日はお招きありがとうございます」
「お父様、こちらがレベッカさんよ」
「初めまして。娘を助けて頂いたこと感謝します」
 公爵は胸に手を当てて会釈をした。
「あ、いえ……」
「それで公爵。彼女が言うにはこの屋敷の結界に隙間があるそうだ」
「隙間?」
 ルーカス様の言葉に公爵は眉をひそめた。
「どういう意味です」

「ここの結界は、壊れていたのを直したんですよね」
 ルーカス様に目線で説明するよう促されたので、私は公爵に尋ねた。
「ああ。教会の魔術師に来てもらった」
「先ほど門を抜ける時に、結界に違和感を感じたんです。その壊れていたという場所を見せていただいていいでしょうか」
「お父様、私が案内しますわ」
 ドリス様が歩み寄って言った。
「お父様は来客のお迎えをお願いします」
「ああ、そうだな。頼んだよ」
「はい。どうぞこちらへ」
 ドリス様は私たちを促した。

「あ……そういえば忙しいですよね」
 主催者として、ドリス様も色々やることがあるはずだ。
「すみません……」
「いいのよ、夜会なんて疲れるだけでつまらないわ」
 ドリス様は微笑んだ。
 王太子の婚約者である公爵令嬢がそんなことを言っていいのか不安になったが、出会ったのもドリス様が夜会を抜け出したからだと思い出した。


「ここが壊されていた箇所よ」
 ドリス様が案内したのは、屋敷の裏手にある一角だった。
「ああ……やっぱり隙間がありますね」
「見て分かるのか?」
「見えるのではなくて感じるんです」
 ルーカス様にそう答えて、ドリス様を見た。
「これは魔物ではなく、人間を通すための隙間ですね」

「人間?」
 魔法による結界は、魔物以外の生き物にも効果がある。
 貴族の屋敷など個人の敷地に結界を張るのは主に対人用で、無理に通ろうとすると衝撃で弾かれてしまうのだ。
 結界の隙間は、壁の下に感じられた。
 上は塞がっているから、魔力を感じることのできる魔物は結界が壁全てにあると思うだろう。
 このように不自然に隙間ができるのは明らかに意図的だ。

「……つまり、ここから出入りできると?」
 ルーカス様が言った。
「はい。……おそらくですが、抜け穴がありますね」
 私は髪に挿していた魔法の杖を抜いた。
 魔力を杖の先に流して慎重に正確な場所を探ると、レンガを積み重ねた壁の手前にある植え込みが途切れた部分を示した。

「ここ、多分地面に穴があると思います」
「……探してみて」
 ドリス様が一緒にいた護衛に声をかけると、彼は鞘をつけたまま剣で私が示した部分を刺した。
 軽い音を立ててあっさりと、人が一人通れるくらいの穴が空いた。

「この穴は壁の向こうに向かっているようです」
 護衛は穴を覗き見ながら言った。
「……つまり、ここから侵入可能ということか」
「はい」
 ルーカス様の言葉に頷く。
「教会の魔術師が結界を直したと言ったな。……買収されたか、その者自身も加担しているか」
「だいぶマシになったと思っていたけれど、まだ腐敗は続いているようね」
 ルーカス様とドリス様がため息をついた。

「腐敗?」
「この国の教会は司祭たちによる汚職や不正が多くて。改革するよう指導はしているのだけれど……そう簡単には治らないということね」
「そうなんですか……」
 そういえば、ゲームでも悪徳司祭を倒して教会を健全にするというクエストがあったっけ。
 プレイヤーが王太子から直接依頼を受けていたのも、聖女となったのも、教会が役に立たなかったからだったのよね。

「信用できる水の魔術師はいないんですか?」
「水の魔術師に依頼するには教会を通さないとならないの。ギルドに直接頼むと立場がどうとか色々うるさくて」
 つまり、この結界を直すよう依頼してもまた同じことが起きる可能性があるということか。

 ゲームプレイヤーである聖女が現れればいいけど、そもそもきっかけになる赤竜を倒しちゃったからな……王都に来る目的がなくなったのよね。
(あれ? これ、まずいのでは?)
 私が倒さなければ……でもそうしたら、ドリス様は死んでいたかもしれないし……。

「レベッカは、この結界を塞げるのか?」
 悶々としているとルーカス様の声が聞こえた。
「いいえ」
 私は火の魔術師だから、結界を壊すことはできても直すことはできない。
「結界は塞げませんけれど……罠を仕掛けることはできます」
「罠?」
「外から穴を通り、こちらに出た瞬間に燃やすとか、雷を落として麻痺させるとか……」
「燃やす……人を?」
 ドリス様が顔を引きつらせた。

「死なない程度に火傷を負わせるか、黒焦げにするか、程度も選べますが」
「……聴取もしなければならないからな。話ができる程度にして捕まえた方がいいだろうな」
 ルーカス様が言った。
「それじゃあ雷で痺れさせる方向で。すみませんが、穴を埋め戻してもらえますか」
 護衛が穴を埋めると、その上に魔法をかける。
 青い光が土に吸い込まれて消えていった。
「これで大丈夫です」
「今ので魔法がかかったの? 不思議ねえ」
 ドリス様が光の消えた跡を見つめてそう言うと振り返った。

「それじゃあ後は警備に任せて、夜会へ行きましょう」
「夜会……」
「すっかり忘れていただろう」
 ルーカス様が呆れたようにそう言って、私へ手を差し出した。
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