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第5章 繋がる望み
01
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(カミーユ視点)
「それで、リリアンは学園で上手くやっているのか?」
「はい」
祖父の問いに頷く。
「マリアンヌの友人だけでなく、新しく友人も出来ました。ただしその友人は庶民ですが」
「――あれは子供の時から庶民やその生活に抵抗がないからな」
「よく庶民の店で自分で買ってきたという菓子や玩具を土産に持ってきましたね」
祖父と父の言葉に、楽しげに品物を選ぶ姿が容易に浮かんだ。
「大叔母様はどうして庶民への抵抗がないのですか」
アシャール家といえばこの国でも特に長い歴史と豊かな領地や資産を持つ侯爵家だ。
庶民とは関わりのない箱入り娘として育てられたであろうに。
「リリアンは純真すぎるのだ」
ため息とともに祖父が言った。
「純真すぎて、身分の差があっても、善も悪も、全てそのまま受け入れてしまう。常識は持っているし、やってはいけないことの区別はついているが、例えば罪を犯す理由があると知ると罪人も受け入れてしまうのだ」
「それは……危険ですね」
「だから私やアルノーは苦労したよ。リリアンに近づこうとする悪意から常に守らないとならないからな」
「今日は殿下も不在で叔母上ひとりなのだろう。大丈夫なのか?」
父が尋ねた。
「未だマリアンヌを突き落とした犯人も見つかっていないのだろう」
「ええ、心配はありますが……『じゃあ友達とたくさん過ごせるわ』と嬉しそうに言われたら、登園するなとは言えないです」
「リリアンのあの顔はな……断れないからな」
祖父が苦笑した。
本当にあの人は、昔から愛らしいところがあったが。
若返った今も見ていて飽きなくて、放っておけなくて――妹というのはこういう存在なのだろう。
今日は私は、父の仕事の手伝いで学園を休んだ。
アシャール家は国の記録を管理するのが仕事で、その中には機密も多く当主以外が見てはならないものも多い。
今日は半年に一度の整理日で、祖父と共に駆り出された。
三人がかりの仕事も一息つき、今は休息を取っているところだ。
確かに、マリアンヌを突き落とした犯人が未だ彼女を狙っている可能性は高い。
だが表向きは突き落とされたのではなく落ちたことになっているため護衛をつけるのも難しい。
殿下でさえ、学園内に侍従は待機させているが護衛はつけないのだ。
だからあの、何故かマリアンヌの中身が大叔母であることを知っているらしいシャルロットという平民の娘に、くれぐれも一人にしないよう言い含めてきたけれど……何かあったときに女の力では非力だ。
かといって誰か男子生徒を側につけることなど出来るはずもない。
本当に悩ましい。
「それで、マリアンヌの事件が黒魔術に関わっているかもしれないという件ですが」
父が口を開いた。
「彼女との関わりは不明だが、留学中のミジャン王国の王子が気になる動きをしているようです」
「気になる動きとは」
「どうも王子は人探しをしているようです」
「人探し?」
「この国で黒魔術に関わりのある者を探しているとか。王宮の庭師も話を聞かれています」
「庭師が黒魔術を使うのですか?」
意外に思い父に尋ねる。
「黒魔術には魔力を持つ者しか使えない術と、知識があれば使える術とがある。庭師はその知識と技術を使い植物の改良を行なっているんだ」
「黒魔術は我が国でも医療や農業の技術向上に使われているからな。意外と黒魔術の恩恵は我々も受けているんだ」
祖父が父の言葉を補足した。
「王子が探しているのは魔力持ちの黒魔術師のようですが」
「そんな者がこの国にいるのですか」
「ミジャン王国から住み着いた者はいるが、黒魔術師はいないはず。彼らは国によって厳しく管理されているからな」
いないはずの黒魔術師を、王子自ら探している?
「確か王子の母親は黒魔術師の家の者だったな」
祖父が父に尋ねた。
「ええ。王子は王の血が強くて魔力がなく、黒魔術を使えないそうですが」
「すると探しているのは王子の身内か?」
「その可能性はありますが……その場合、厄介なことになるかもしれません」
「厄介とは」
「王子が留学する際に『身内との問題が発生し、万一王子の身に危険が及んでもエナン王国には責任がなく関与もしない』と取り決めたのです」
ミジャン王国は今、王子たちの間に後継争いが起きているという。
それは各王子を支持する貴族間の争いにも発展しているほどだという。
第三王子のアドリアン殿下も当事者だ。
「その取り決めを聞いた時は、ミジャン王国の政権争いに我が国を巻き込まないための配慮と思ったのですが……もしも王子が黒魔術師を探しているのだとしたら、『身内の問題』というのはそちらを指しているのかもしれません」
「ふむ……確かに」
「向こうの国の問題ですから、こちらに火の粉がかからなければ良いのですが。もしもマリアンヌや叔母上と何らかの関わりがあるとしたら、関係ないとは言っていられないでしょう」
マリアンヌが階段から落ちた日に、その図書館から見えたという不審な光。
アドリアン殿下の侍従――おそらく黒魔術師なのだろう、その男しか見えなかったという光は黒魔術によるものと考えていいのだろう。
マリアンヌと黒魔術にどんな関わりがあるのか、何が起きたのか、それは正直興味はない。
だが大叔母に関係があるならば別だ。
「カミーユ。ミジャン王国の者がリリアンに近づかないよう気をつけてくれ」
「分かっています」
祖父に言われるまでもない。
私が唯一心を許せる女性が大叔母だ。
この顔と家柄のせいで、幼い頃から女に囲まれ、時には襲われ……私を巡る諍いに巻き込まれてきた。
母は子供には興味がないらしく、後継である私を産んだ後は家族を顧みず、社交や観劇など自分の好きなことばかりしている。
祖母は二人とも私が生まれる前に他界した。
そんな環境の中で、私を可愛がってくれ、家族の愛情を教えてくれた大叔母は、私にとって母であり、祖母であり、唯一の女性なのだ。
彼女が病気で亡くなった時以上の悲しみは今も知らない。
その大叔母の魂が生き返り、健康な身体で楽しそうに学園生活を送っている。
彼女の笑顔を、私は守らなければならない。
「それと……リリアンに近づこうとしている男はいるか」
祖父が尋ねた。
「殿下という婚約者がいる手前、あからさまな者はいませんが。視線は日々増えていますね」
「やはりな……あれは良くも悪くも人を惹きつける」
「ええ。お祖父様が言っていた意味がよく分かりました」
容姿も身分も申し分のない侯爵令嬢。
だがその中身はおよそ貴族らしくない。
貴族ならば子供であっても、感情や腹の中を探られないよう外面を作るものだが。
大叔母は、そのような計算は一切持たないのだ。
感情を素直に表し、どんな相手でも心を開いてしまう。
そんな大叔母は多くの者にとって魅力的に映るだろう。
元のマリアンヌは人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた分、今のマリアンヌである大叔母のそんな姿は特に注目を集めやすく、学園内でも絶えず周囲からの視線を集めていて――その中には彼女にとって良くないものも含まれている。
だが、肝心の本人は自身に向けられる視線や思惑に全く気付いていないのだ。
その鈍さのおかげで長く貴族社会にいても純真な心を持っていられたのかもしれないが――彼女を守らなければならない祖父や大叔父の苦労は大変だったろう。
「本人が無防備過ぎるのが心配で、学生の頃、私やアルノーが側にいられない時に屋敷に閉じ込めておこうとしたことがあったのだが……あの時は反発したリリアンが屋敷から脱走したな」
「脱走、ですか」
「あれは何故か、屋敷や学園での誰も知らないような抜け道を知っている。侍女の目を盗んで一人で街へ出かけていたのだ。――無事に帰ってきたからいいもの、あの時は本当に肝が冷えた」
祖父はため息をついた。
「束縛しすぎると反発して何をするか分からない。かといって勝手にさせるのも心配だ。本当に、あれには苦労したよ」
そう懐かしそうな眼差しで語る祖父の口元には笑みが浮かんでいた。
「外見は昔のリリアンだが、中身はもういい大人だ。さすがにもう脱走はしないないだろうが、何をしでかすか分からない部分は今も変わらない。くれぐれもリリアンを頼む」
「はい」
誰よりも可愛らしく、純真で――危険な存在。
彼女はアシャール家にとって、どんな機密書類よりも大切な宝物だったのだろう。
祖父から繰り返し聞かされた話や、今の彼女の存在がそれを証明している。
そんな彼女を守るのが私の使命だ。
私は改めてそう強く決意した。
「それで、リリアンは学園で上手くやっているのか?」
「はい」
祖父の問いに頷く。
「マリアンヌの友人だけでなく、新しく友人も出来ました。ただしその友人は庶民ですが」
「――あれは子供の時から庶民やその生活に抵抗がないからな」
「よく庶民の店で自分で買ってきたという菓子や玩具を土産に持ってきましたね」
祖父と父の言葉に、楽しげに品物を選ぶ姿が容易に浮かんだ。
「大叔母様はどうして庶民への抵抗がないのですか」
アシャール家といえばこの国でも特に長い歴史と豊かな領地や資産を持つ侯爵家だ。
庶民とは関わりのない箱入り娘として育てられたであろうに。
「リリアンは純真すぎるのだ」
ため息とともに祖父が言った。
「純真すぎて、身分の差があっても、善も悪も、全てそのまま受け入れてしまう。常識は持っているし、やってはいけないことの区別はついているが、例えば罪を犯す理由があると知ると罪人も受け入れてしまうのだ」
「それは……危険ですね」
「だから私やアルノーは苦労したよ。リリアンに近づこうとする悪意から常に守らないとならないからな」
「今日は殿下も不在で叔母上ひとりなのだろう。大丈夫なのか?」
父が尋ねた。
「未だマリアンヌを突き落とした犯人も見つかっていないのだろう」
「ええ、心配はありますが……『じゃあ友達とたくさん過ごせるわ』と嬉しそうに言われたら、登園するなとは言えないです」
「リリアンのあの顔はな……断れないからな」
祖父が苦笑した。
本当にあの人は、昔から愛らしいところがあったが。
若返った今も見ていて飽きなくて、放っておけなくて――妹というのはこういう存在なのだろう。
今日は私は、父の仕事の手伝いで学園を休んだ。
アシャール家は国の記録を管理するのが仕事で、その中には機密も多く当主以外が見てはならないものも多い。
今日は半年に一度の整理日で、祖父と共に駆り出された。
三人がかりの仕事も一息つき、今は休息を取っているところだ。
確かに、マリアンヌを突き落とした犯人が未だ彼女を狙っている可能性は高い。
だが表向きは突き落とされたのではなく落ちたことになっているため護衛をつけるのも難しい。
殿下でさえ、学園内に侍従は待機させているが護衛はつけないのだ。
だからあの、何故かマリアンヌの中身が大叔母であることを知っているらしいシャルロットという平民の娘に、くれぐれも一人にしないよう言い含めてきたけれど……何かあったときに女の力では非力だ。
かといって誰か男子生徒を側につけることなど出来るはずもない。
本当に悩ましい。
「それで、マリアンヌの事件が黒魔術に関わっているかもしれないという件ですが」
父が口を開いた。
「彼女との関わりは不明だが、留学中のミジャン王国の王子が気になる動きをしているようです」
「気になる動きとは」
「どうも王子は人探しをしているようです」
「人探し?」
「この国で黒魔術に関わりのある者を探しているとか。王宮の庭師も話を聞かれています」
「庭師が黒魔術を使うのですか?」
意外に思い父に尋ねる。
「黒魔術には魔力を持つ者しか使えない術と、知識があれば使える術とがある。庭師はその知識と技術を使い植物の改良を行なっているんだ」
「黒魔術は我が国でも医療や農業の技術向上に使われているからな。意外と黒魔術の恩恵は我々も受けているんだ」
祖父が父の言葉を補足した。
「王子が探しているのは魔力持ちの黒魔術師のようですが」
「そんな者がこの国にいるのですか」
「ミジャン王国から住み着いた者はいるが、黒魔術師はいないはず。彼らは国によって厳しく管理されているからな」
いないはずの黒魔術師を、王子自ら探している?
「確か王子の母親は黒魔術師の家の者だったな」
祖父が父に尋ねた。
「ええ。王子は王の血が強くて魔力がなく、黒魔術を使えないそうですが」
「すると探しているのは王子の身内か?」
「その可能性はありますが……その場合、厄介なことになるかもしれません」
「厄介とは」
「王子が留学する際に『身内との問題が発生し、万一王子の身に危険が及んでもエナン王国には責任がなく関与もしない』と取り決めたのです」
ミジャン王国は今、王子たちの間に後継争いが起きているという。
それは各王子を支持する貴族間の争いにも発展しているほどだという。
第三王子のアドリアン殿下も当事者だ。
「その取り決めを聞いた時は、ミジャン王国の政権争いに我が国を巻き込まないための配慮と思ったのですが……もしも王子が黒魔術師を探しているのだとしたら、『身内の問題』というのはそちらを指しているのかもしれません」
「ふむ……確かに」
「向こうの国の問題ですから、こちらに火の粉がかからなければ良いのですが。もしもマリアンヌや叔母上と何らかの関わりがあるとしたら、関係ないとは言っていられないでしょう」
マリアンヌが階段から落ちた日に、その図書館から見えたという不審な光。
アドリアン殿下の侍従――おそらく黒魔術師なのだろう、その男しか見えなかったという光は黒魔術によるものと考えていいのだろう。
マリアンヌと黒魔術にどんな関わりがあるのか、何が起きたのか、それは正直興味はない。
だが大叔母に関係があるならば別だ。
「カミーユ。ミジャン王国の者がリリアンに近づかないよう気をつけてくれ」
「分かっています」
祖父に言われるまでもない。
私が唯一心を許せる女性が大叔母だ。
この顔と家柄のせいで、幼い頃から女に囲まれ、時には襲われ……私を巡る諍いに巻き込まれてきた。
母は子供には興味がないらしく、後継である私を産んだ後は家族を顧みず、社交や観劇など自分の好きなことばかりしている。
祖母は二人とも私が生まれる前に他界した。
そんな環境の中で、私を可愛がってくれ、家族の愛情を教えてくれた大叔母は、私にとって母であり、祖母であり、唯一の女性なのだ。
彼女が病気で亡くなった時以上の悲しみは今も知らない。
その大叔母の魂が生き返り、健康な身体で楽しそうに学園生活を送っている。
彼女の笑顔を、私は守らなければならない。
「それと……リリアンに近づこうとしている男はいるか」
祖父が尋ねた。
「殿下という婚約者がいる手前、あからさまな者はいませんが。視線は日々増えていますね」
「やはりな……あれは良くも悪くも人を惹きつける」
「ええ。お祖父様が言っていた意味がよく分かりました」
容姿も身分も申し分のない侯爵令嬢。
だがその中身はおよそ貴族らしくない。
貴族ならば子供であっても、感情や腹の中を探られないよう外面を作るものだが。
大叔母は、そのような計算は一切持たないのだ。
感情を素直に表し、どんな相手でも心を開いてしまう。
そんな大叔母は多くの者にとって魅力的に映るだろう。
元のマリアンヌは人を寄せ付けない雰囲気を纏っていた分、今のマリアンヌである大叔母のそんな姿は特に注目を集めやすく、学園内でも絶えず周囲からの視線を集めていて――その中には彼女にとって良くないものも含まれている。
だが、肝心の本人は自身に向けられる視線や思惑に全く気付いていないのだ。
その鈍さのおかげで長く貴族社会にいても純真な心を持っていられたのかもしれないが――彼女を守らなければならない祖父や大叔父の苦労は大変だったろう。
「本人が無防備過ぎるのが心配で、学生の頃、私やアルノーが側にいられない時に屋敷に閉じ込めておこうとしたことがあったのだが……あの時は反発したリリアンが屋敷から脱走したな」
「脱走、ですか」
「あれは何故か、屋敷や学園での誰も知らないような抜け道を知っている。侍女の目を盗んで一人で街へ出かけていたのだ。――無事に帰ってきたからいいもの、あの時は本当に肝が冷えた」
祖父はため息をついた。
「束縛しすぎると反発して何をするか分からない。かといって勝手にさせるのも心配だ。本当に、あれには苦労したよ」
そう懐かしそうな眼差しで語る祖父の口元には笑みが浮かんでいた。
「外見は昔のリリアンだが、中身はもういい大人だ。さすがにもう脱走はしないないだろうが、何をしでかすか分からない部分は今も変わらない。くれぐれもリリアンを頼む」
「はい」
誰よりも可愛らしく、純真で――危険な存在。
彼女はアシャール家にとって、どんな機密書類よりも大切な宝物だったのだろう。
祖父から繰り返し聞かされた話や、今の彼女の存在がそれを証明している。
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