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第4章 黒魔術
04
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「まあ……」
ここは変わっていないのね。
そう声にしようとしたが、思いのほか自分の声が大きく響いて私は慌てて口をつぐんだ。
放課後、私は殿下とカミーユとともに図書館へやってきた。
マリアンヌが落ちた外階段へは行ったが、中に入るのは卒業以来だ。
本の匂いのする館内は配置も含めて何も変わっていないように思えた。
「目的の本は向こうですよ」
懐かしさにきょろきょろしていると、カミーユに促されたので彼の後についていく。
「何の本を探しているんだ?」
殿下が尋ねた。
「最近の外交についてです。この十年ほど社交から離れていたのですっかり疎くなってしまって……」
昨日の授業で理解できないことが多く、本で調べたいと思ったのだ。
私が死んでからの二年間はもちろん、その前から領地から出ることがほとんどなかったので情報が入ってくることもなかったのだ。
「――アンは、どうしてずっと領地にいたんだ?」
「……体調を崩してから、何日も馬車に乗るのが辛かったんです」
前世の日本と違い、この世界にはアスファルトのような滑らかな道はなく、陸の移動手段も馬や牛を使ったものくらいだ。
舗装されていない道や石畳の道を馬車で移動するのはかなり大変で、四十代後半に病気をして以来体調を崩しがちだった私には耐えられなかった。
そんな私を心配したアルノーが、爵位を息子に譲り領地で過ごそうと言ってくれた。
自然豊かで温暖な気候の領地での生活は過ごしやすかったが……まだ働き盛りなのに私に付き合って領地へこもることになってしまったアルノーには悪いことをしたと思う。
『リリアンと一緒に過ごすのが一番大切だから』と言ってくれたけれど……まだ彼にもやりたいことがあったはずなのに。
「……そうだったのか」
ぽつりと殿下が呟いた。
お目当ての書架へとたどりつくと、カミーユに助けてもらいながら何冊かの本を選んだ。
机に座り、それらをざっと確認して特に読み込みたいと思った二冊を借りて帰ることにした。
「これは、マリアンヌ様」
本を借りる手続きをしようと受付へ行くと、座っていた男性が私を見てその青い目を細めた。
二十代半ばくらいだろうか、漆黒の長い髪をひとつにまとめた、見覚えのあるこの人は確か……
「すっかり回復されたようで安心しました」
「……ありがとうございます。あの……」
「――そういえばあなたは記憶喪失だそうですね」
青年の瞳に一瞬鋭い光が宿る。
「ええ……ごめんなさい、まだ何も思い出せなくて」
「では自己紹介を。私はこの図書館の司書を務めるカイン・バシュレと申します。マリアンヌ様はよく図書館に来られて何度かお話をさせていただいたんですよ」
そうだ、この人が続編ゲームのお助けキャラで頼れるお兄さん、そして隠れ攻略対象でもあるカインだ。
「マリアンヌ様が階段から落ちたとき、最初に発見したのは私だったんです」
「まあ、そうなのですか」
「ちようどあの日は図書館の周囲を見回りする日でして。普段人が来ないような場所で倒れていたから驚きました」
「まあ……それはありがとうございました」
階段から落ちたマリアンヌを発見したのは学園の職員としか聞いていなかったけれど、彼だったのか。
「見回りをする日ということは、普段は行かない場所なのですか」
「ええ。掃除の者がいますがそれもあの場所は毎日ではありません。人目に触れる場所でもありませんし」
「……ではあなたに見つけていただかなかったら危なかったかもしれないのですね」
怪我自体は大したことなかったけれど、発見が遅ければその分危険な状態になっていたかもしれない。
「ありがとうございました。後でお礼をいたしますわ」
「いえ、これも仕事の一部ですから」
爽やかな笑顔で答えるカインは、ゲーム通りの好青年でシャルロットの言うような近寄りがたい雰囲気はなかった。
ここは変わっていないのね。
そう声にしようとしたが、思いのほか自分の声が大きく響いて私は慌てて口をつぐんだ。
放課後、私は殿下とカミーユとともに図書館へやってきた。
マリアンヌが落ちた外階段へは行ったが、中に入るのは卒業以来だ。
本の匂いのする館内は配置も含めて何も変わっていないように思えた。
「目的の本は向こうですよ」
懐かしさにきょろきょろしていると、カミーユに促されたので彼の後についていく。
「何の本を探しているんだ?」
殿下が尋ねた。
「最近の外交についてです。この十年ほど社交から離れていたのですっかり疎くなってしまって……」
昨日の授業で理解できないことが多く、本で調べたいと思ったのだ。
私が死んでからの二年間はもちろん、その前から領地から出ることがほとんどなかったので情報が入ってくることもなかったのだ。
「――アンは、どうしてずっと領地にいたんだ?」
「……体調を崩してから、何日も馬車に乗るのが辛かったんです」
前世の日本と違い、この世界にはアスファルトのような滑らかな道はなく、陸の移動手段も馬や牛を使ったものくらいだ。
舗装されていない道や石畳の道を馬車で移動するのはかなり大変で、四十代後半に病気をして以来体調を崩しがちだった私には耐えられなかった。
そんな私を心配したアルノーが、爵位を息子に譲り領地で過ごそうと言ってくれた。
自然豊かで温暖な気候の領地での生活は過ごしやすかったが……まだ働き盛りなのに私に付き合って領地へこもることになってしまったアルノーには悪いことをしたと思う。
『リリアンと一緒に過ごすのが一番大切だから』と言ってくれたけれど……まだ彼にもやりたいことがあったはずなのに。
「……そうだったのか」
ぽつりと殿下が呟いた。
お目当ての書架へとたどりつくと、カミーユに助けてもらいながら何冊かの本を選んだ。
机に座り、それらをざっと確認して特に読み込みたいと思った二冊を借りて帰ることにした。
「これは、マリアンヌ様」
本を借りる手続きをしようと受付へ行くと、座っていた男性が私を見てその青い目を細めた。
二十代半ばくらいだろうか、漆黒の長い髪をひとつにまとめた、見覚えのあるこの人は確か……
「すっかり回復されたようで安心しました」
「……ありがとうございます。あの……」
「――そういえばあなたは記憶喪失だそうですね」
青年の瞳に一瞬鋭い光が宿る。
「ええ……ごめんなさい、まだ何も思い出せなくて」
「では自己紹介を。私はこの図書館の司書を務めるカイン・バシュレと申します。マリアンヌ様はよく図書館に来られて何度かお話をさせていただいたんですよ」
そうだ、この人が続編ゲームのお助けキャラで頼れるお兄さん、そして隠れ攻略対象でもあるカインだ。
「マリアンヌ様が階段から落ちたとき、最初に発見したのは私だったんです」
「まあ、そうなのですか」
「ちようどあの日は図書館の周囲を見回りする日でして。普段人が来ないような場所で倒れていたから驚きました」
「まあ……それはありがとうございました」
階段から落ちたマリアンヌを発見したのは学園の職員としか聞いていなかったけれど、彼だったのか。
「見回りをする日ということは、普段は行かない場所なのですか」
「ええ。掃除の者がいますがそれもあの場所は毎日ではありません。人目に触れる場所でもありませんし」
「……ではあなたに見つけていただかなかったら危なかったかもしれないのですね」
怪我自体は大したことなかったけれど、発見が遅ければその分危険な状態になっていたかもしれない。
「ありがとうございました。後でお礼をいたしますわ」
「いえ、これも仕事の一部ですから」
爽やかな笑顔で答えるカインは、ゲーム通りの好青年でシャルロットの言うような近寄りがたい雰囲気はなかった。
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