上 下
32 / 33
エピローグ

しおりを挟む
「やっと終わった…」

控え室のソファに深く座り込んで、マリアは大きく息を吐いた。

王都へ戻る途中途中での祝いの席と、王家主催の祝賀会は格が違いすぎた。
国王陛下夫妻を始めとして、華やかな正装に身を包んだ大勢の貴族達の存在感と、自分へ向けられる賞賛と好奇の視線が予想以上に疲れを与えた。

大広間ではまだ宴が続いているらしく、音楽や喧騒がかすかに聞こえてくる。


ノックの音にマリアは慌てて身体を起こした。

「はい」
「マリア…今大丈夫かしら?」
扉が開くとリリーが顔を覗かせた。


二人はソファに並んで腰を下ろした。

「———色々ありましたね」
「本当に。魔王を封印できて良かったわ」
「はい…これで〝ゲームクリア〟ですよね」
「そうね。きっと終わりね」

長いようであっという間だった。
これからはもう、イベントが起きる事もないだろう。

「マリアはこれからどうするの?」
「———学園を卒業したら神殿に行く事になりそうです」
魔王の封印という最大の役目を果たしたとはいえ、魔物がいなくなった訳ではない。
まだ聖女の力を必要とする場面もあるだろうし、何より『聖女』という存在自体が大きいのだ。

「マリアはこれからも聖女なのね」
「そうですね…。自分が聖女だと知った時は怖い気持ちが大きかったですけど。今は、嬉しいです」
背筋を伸ばすと、正面を見つめマリアは言った。

「ここへ戻る間、沢山の人達が喜んでくれて。———私、前世では何も出来ないまま死んでしまったから。今こうやって誰かの役に立てるのが嬉しいんです」


「マリア…」
「リリー様は?フランツ様と結婚するんですよね?」
「———その事だけれど。今日はね、お別れの挨拶に来たの」

「え?」
目を丸くしてマリアはリリーを見た。




「ローズランドを出る?」
「どういう事だ」
フレデリックとロイドはルカの言葉に耳を疑った。

「うちの先祖はシュヴァルツ帝国の皇族なんだ。それで今度僕とリリーが帝国に戻って、家を再興する事になった」
「帝国の皇族?エバンズ公爵家が?」
「そんな話聞いた事ないぞ」

「今初めて言ったから」
ルカは人差し指を立てると自分の口に当てた。
「これはまだ帝国側もほとんど知らない事だから。誰にも言わないでよ」


「———もしかしてリリーがあの皇太子と…親しくなったのも、そのためなのか?」
「それは偶然だよ。フランツも僕たちの血筋の事は知らなかったし」
フレデリックの問いにルカは答えた。

「…それで、いつ行くんだ?」
「明日迎えが来る」

「明日?!」
「———多分、この先リリーは帝国から出る事はないだろうね」
フレデリックに向かってルカは言った。




「リリー?いるのか?」
やや乱暴に扉を叩く音と共にフレデリックの声が聞こえた。

「フレッド?どうしたの…」

「リリー!」
部屋に入るなりフレデリックはリリーを抱きしめた。


「———ルカから聞いた。明日…行くと」
「あ…ええ…」

「止められないのか」
「———はい…」

触れる箇所から、フレデリックの感情が流れ込んでくるのを感じた。
悲しみと、優しさと嫉妬———そして愛情。
それらを受け止めるように、リリーはフレデリックの胸元に手を添えた。

「フレッド…貴方に〝ヴィオレット〟の加護と祝福を。私の力がこれからも貴方の助けになる事を願っています」

『紫の姫』の力は一度与えられると消える事はないという。
魔王を倒すためとはいえ一方的にフレデリックに与えてしまった力が、彼の負担となる事なく、役に立ってくれれば良い。
自分が彼の為に願える事はそれだけだ。


「……リリーの力は温かくて心地好く、眩しい…光のような力だ」

腕を緩めると、フレデリックはリリーの顔を見た。


「…そうだな、私の中にこの光がある限り、君は私の傍にいるのだな」

たとえこの先、会えなくとも———
この光が消える事はないし、彼女を忘れる事もないだろう。



「リリー。私の大切な人。———君にも、祝福がある事を」

フレデリックはリリーの額にそっと口づけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢イレーナは人生矯正中

甘寧
恋愛
何故、この世に生まれてきたのだろう…… こんなくだらない世界、生きていても仕方がない…… 幼い頃から虐められ、社会に出たら横領に加担したと会社をクビになり、彼氏には騙され、最低最悪な人生を私は、自ら終わらせる為に命を絶った。 ──はずだったが、目を覚ましたら小説『地獄の薔薇は天上の薔薇を愛す』の悪役令嬢イレーナ・クラウゼに転生した事に気がついた。 このクラウゼ伯爵一家は全員が性格破綻者。 使用人達を虐め、蔑み、人を人だと思わないような人達だった。 そんなある日、イレーナは騎士団長に一目惚れをするが、騎士団長には既に好きな人がいた。それがこの小説のヒロイン。 イレーナはそのヒロインに嫉妬し、殺害の企てた。 当然上手くいくはずがなく、イレーナとその家族クラウゼ一家は公開処刑となる。 まさか自分が加害者側になるとは夢にも思わなかった私は、この家族の性格を矯正しつつ公開処刑回避の為に奮闘していたら、団長様がやけに私に絡んでくる。 ……団長様ってこんな方だった?

悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!

餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。 なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう! このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

悪役令嬢は王子の溺愛を終わらせない~ヒロイン遭遇で婚約破棄されたくないので、彼と国外に脱出します~

可児 うさこ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。第二王子の婚約者として溺愛されて暮らしていたが、ヒロインが登場。第二王子はヒロインと幼なじみで、シナリオでは真っ先に攻略されてしまう。婚約破棄されて幸せを手放したくない私は、彼に言った。「ハネムーン(国外脱出)したいです」。私の願いなら何でも叶えてくれる彼は、すぐに手際を整えてくれた。幸せなハネムーンを楽しんでいると、ヒロインの影が追ってきて……※ハッピーエンドです※

【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。

木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。 前世は日本という国に住む高校生だったのです。 現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。 いっそ、悪役として散ってみましょうか? 悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。 以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。 サクッと読んでいただける内容です。 マリア→マリアーナに変更しました。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...