上 下
11 / 33
第2章 黒の帝国

しおりを挟む
———そういえば、入学式の前にイベントがなかったかしら。

入学式の会場となる講堂でフレデリックによる新入生代表の挨拶を聞きながらリリーは思い出した。

校舎へ向かう途中、緊張のあまり躓いてしまったヒロインが見目麗しい青年に助けられ、入学式で壇上に立つ彼が王子だというのを知る———というのがゲームの始まりだったはずだ。

…でもマリアはフレデリックよりも早く着いていたみたい。
二人は出会わなかったのかしら?

心のどこかでゲームと同じイベントが起きる事を期待していた事に気付いた時、ふとリリーは自分に向けられる視線に気付いた。


ドクン。

心臓が大きく震える。



……この視線を自分は知っている———

いや、かつて知っていた。

ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえそうになるくらい激しく、息が苦しくなる。


———そうだ、さっきのマリアの態度といい…どうしてその事に気付かなかったのだろう。

自分以外にもこの世界に生まれ変わった者がいる可能性に。


「———っ…」

思わず溢れそうになった言葉を飲み込んだ。

相変わらず視線は感じ続けている。
けれど式の最中に振り返る事が出来るはずもなく、リリーはただ立ちすくんでいた。

本当に、あの人がここに———?



急に緊張が緩んだような周囲のざわめきにリリーは我に返った。

いつのまにか入学式が終わっていたらしく生徒達が教室へ戻ろうと動き出す。
流されるようにリリーも身体を回した瞬間、自分を見つめる顔と目があった。


「…え———」

リリーの頭の中に二つの名前が浮かんだ。


その顔を知っている。

その瞳を知っている。

どうして…そんな、まさか。


「リリー?」
様子がおかしいのに気付いてルカはその顔を覗き込んだ。

「どうしたの?顔色が悪い」
「あ…大丈夫。…ちょっと、疲れたの」

「大丈夫?歩ける?」
「…大げさね、大丈夫よ」
そう答えながら、背中に当てられたルカの掌の温かさにほっと息を吐く。
———ずいぶんと身体を緊張させていたのにリリーは気付いた。





夕食後、部屋に戻るとリリーはバルコニーへ出た。

暖かな季節になったとはいえ、夜はまだ冷える。
肩にかけたショールを巻き直して夜空を見上げると、深く冷たい空気を吸い込んだ。


入学式で会った、あの視線の持ち主。

漆黒の髪に暗い青い瞳。
この国では珍しい濃い色彩を持つあの顔は、確かにゲームの隠れキャラであるフランツ・クラインだった。

彼が現れるのは一年後のはずなのに。
いや、それよりも———

〝小百合〟は、あの瞳を知っている。

色は変わっていたけれど、あの瞳を見間違うはずもない。
いつも小百合を見つめていた、優しくて強い瞳。


「いつき、おにいちゃん———」

ずっと心の奥に沈めていた名前が唇から零れた。




「小百合」

ふいに聞こえた声にリリーはハッと振り向いた。

バルコニーの端、夜の闇に半分溶けるように黒い色を纏った男が立っていた。


「…樹お兄ちゃん…?」
引き寄せられるようにリリーの身体が揺れる。

「本当に…?」
ノロノロと近づいたリリーの身体が強く引き寄せられた。

「小百合」

黒い男———フランツはリリーを抱き締めると、その腕に力を込めた。

「———やっと会えた…」


「……っ……にぃ…」

黒い胸に顔を埋めたリリーの喉から嗚咽の声が漏れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢イレーナは人生矯正中

甘寧
恋愛
何故、この世に生まれてきたのだろう…… こんなくだらない世界、生きていても仕方がない…… 幼い頃から虐められ、社会に出たら横領に加担したと会社をクビになり、彼氏には騙され、最低最悪な人生を私は、自ら終わらせる為に命を絶った。 ──はずだったが、目を覚ましたら小説『地獄の薔薇は天上の薔薇を愛す』の悪役令嬢イレーナ・クラウゼに転生した事に気がついた。 このクラウゼ伯爵一家は全員が性格破綻者。 使用人達を虐め、蔑み、人を人だと思わないような人達だった。 そんなある日、イレーナは騎士団長に一目惚れをするが、騎士団長には既に好きな人がいた。それがこの小説のヒロイン。 イレーナはそのヒロインに嫉妬し、殺害の企てた。 当然上手くいくはずがなく、イレーナとその家族クラウゼ一家は公開処刑となる。 まさか自分が加害者側になるとは夢にも思わなかった私は、この家族の性格を矯正しつつ公開処刑回避の為に奮闘していたら、団長様がやけに私に絡んでくる。 ……団長様ってこんな方だった?

悪役令嬢になる前に、王子と婚約解消するはずが!

餡子
恋愛
恋愛小説の世界に悪役令嬢として転生してしまい、ヒーローである第五王子の婚約者になってしまった。 なんとかして円満に婚約解消するはずが、解消出来ないまま明日から物語が始まってしまいそう! このままじゃ悪役令嬢まっしぐら!?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

農地スローライフ、始めました~婚約破棄された悪役令嬢は、第二王子から溺愛される~

可児 うさこ
恋愛
前世でプレイしていたゲームの悪役令嬢に転生した。公爵に婚約破棄された悪役令嬢は、実家に戻ったら、第二王子と遭遇した。彼は王位継承より農業に夢中で、農地を所有する実家へ見学に来たらしい。悪役令嬢は彼に一目惚れされて、郊外の城で一緒に暮らすことになった。欲しいものを何でも与えてくれて、溺愛してくれる。そんな彼とまったり農業を楽しみながら、快適なスローライフを送ります。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

悪役令嬢に転生したので落ちこぼれ攻略キャラを育てるつもりが逆に攻略されているのかもしれない

亜瑠真白
恋愛
推しキャラを幸せにしたい転生令嬢×裏アリ優等生攻略キャラ  社畜OLが転生した先は乙女ゲームの悪役令嬢エマ・リーステンだった。ゲーム内の推し攻略キャラ・ルイスと対面を果たしたエマは決心した。「他の攻略キャラを出し抜いて、ルイスを主人公とくっつけてやる!」と。優等生キャラのルイスや、エマの許嫁だった俺様系攻略キャラのジキウスは、ゲームのシナリオと少し様子が違うよう。 エマは無事にルイスと主人公をカップルにすることが出来るのか。それとも…… 「エマ、可愛い」 いたずらっぽく笑うルイス。そんな顔、私は知らない。

悪役令嬢に転生したのですが、フラグが見えるのでとりま折らせていただきます

水無瀬流那
恋愛
 転生先は、未プレイの乙女ゲーの悪役令嬢だった。それもステータスによれば、死ぬ確率は100%というDEATHエンド確定令嬢らしい。  このままでは死んでしまう、と焦る私に与えられていたスキルは、『フラグ破壊レベル∞』…………?  使い方も詳細も何もわからないのですが、DEATHエンド回避を目指して、とりまフラグを折っていこうと思います! ※小説家になろうでも掲載しています

処理中です...