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08(ガーネット視点)
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私が前世を思い出したのは、私を養子に引き取りたいと訪ねてきたロジエ子爵の顔を見た瞬間だった。
平民で花屋の娘である私は平民の学園へ通っていた。
この国では、優秀な平民の子供を貴族や大きな商会の養子として引き取る事は珍しくない。
だから学園では皆必死に勉強するし、私と主席争いをしている男子も既にある大きな商会の婿養子となる事が決まっていた。
自分でいうのも何だが、私は見た目もいい。
だから私は政略結婚の駒として貴族の養女になるのだろうと周囲も、そして自分も思っていた。
ロジエ子爵家の領地は辺境近くの小さなものだが、鉱山を持つため裕福なのだという。
子供は息子一人で、他の貴族との繋がりを得るための娘を探しており、私が選ばれたのだと学園長に聞かされた。
すぐに別の貴族の元へ嫁に出されるのだろうから、養父には期待していなかったが。
とても優しそうなその顔を見て私は思い出した。
前世、日本という国で生きていた事———そして私が前世で読んだ漫画のヒロインである事を。
私が嫁ぐのは貴族どころではなく、この国の王太子、つまり私は未来の王妃になる。
———それは何と夢のような話だろう。
編入初日。
挨拶をしながら教室を見渡して———すぐに『彼』を見つけた。
漫画の姿そのものの、銀色の髪と綺麗な顔立ち。
私と目が合った黒い瞳が見開かれた。
…ああ、そうだ。
私達は一目で惹かれあうんだ。
やはりここは漫画の世界で間違いなかったのだ。
けれど、彼———オニキス様はすぐに学園に来なくなった。
何でも、国王代行を務めている王弟が怪我をしたため代わりに公務を行なっているらしい。
漫画ではそんな事は起きなかったのに…
オニキス様が学園に来ないと二人の関係も進まない。
その事に覚えた苛立ちに拍車をかけるように、他の女生徒達から悪意ある言葉を投げかけられるようになった。
どうやら元平民の私が彼女達より成績がいい事が気に入らないらしい。
———そんなの、自分達の努力不足のせいじゃない。
そう反論したいけれど、爵位が上の彼女達に逆らってはいけないらしい。
これだから貴族は嫌いだ。
「こんな所で何をしていますの?」
その日も廊下で女達からの理不尽な罵声に耐えていると、ふいに綺麗な声が聞こえた。
「…サファイア様…」
女の一人が顔を青ざめさせた。
そこに立っていたのはオニキス様の婚約者…漫画の悪役令嬢、サファイアだった。
「淑女なのですから、そのような言葉は使わない方がよろしいわ」
この学園でオニキス様に次ぐ立場のサファイアの言葉に、女達は何かごにょごにょ言いながら慌てて立ち去っていった。
「ガーネットさん、だったわね」
サファイアが私を見た。
「はい…あの、ありがとうございます」
漫画ならば私を虐めるのは彼女のはずだ。
だがオニキス様と会話すらした事のない今、サファイアとの接点もない。
おそらくサファイアは善意で私を助けてくれたのだろう。
私はお礼を言った。
「慣れない貴族の生活は大変でしょうけれど…頑張ってね」
ふわりとした笑みを浮かべてそう言うと、サファイアは立ち去っていった。
漫画のサファイアはいかにも悪役令嬢といった、目つきがキツイ美女だった。
だが実際の彼女はとても穏やかな表情で愛らしいという言葉がぴったりの、金髪碧眼の美少女だった。
———これが本当にあのサファイアなのだろうか。
漫画との違いに戸惑う内に夏となり、長い夏季休暇明け。
ようやくオニキス様が学園に戻ってきた。
オニキス様はすぐに私に話しかけてきた。
私たちが親しくなるのに時間はかからなかった。
オニキス様と親しくなればなるほど私への虐めは酷くなっていった。
けれどもサファイアは決して私へは関わらなかった。
私とオニキス様が一緒にいる所に遭遇しても、ちらとオニキス様を見るだけ。
その瞳にはオニキス様への親愛の感情が宿っているけれど、私へは一切視線を合わせない。
———それは自分が婚約者だと…私など取るに足らない存在だと言う自信の現れなのか。
そんなサファイアの態度に苛立ちを覚えていたが、やがて私を虐めているのがサファイアの指示だ、二人は不仲だという噂が流れ始めた。
やはり悪役令嬢、いい気味だ———と思った途端。
オニキス様がサファイア様にべったりになった。
噂など払拭するように仲の良い所を見せつける二人に、やがて私こそ二人の仲を裂こうとする邪魔者なのだと囁かれるようになった。
「悪役令嬢のくせに」
中庭でオニキス様に膝枕をするサファイアに、思わず言葉が漏れる。
そんな私に気づいたサファイアがこちらを見たけれど、興味なさそうにすぐに視線をオニキス様へと戻した。
むかつく。
悪役令嬢のくせに———オニキス様の隣にいるのは私のはずなのに。
人の良さそうな顔をしていたって、どうせ中身はあのサファイアなのだ、オニキス様だって騙されているに違いない。
だから私は、オニキス様にサファイアから虐めを受けていると伝えた。
実際はマナーを注意されただけだけれど…どうせ内心は他の女達と同じ、私を見下げているんだ。
オニキス様は最初信じられないようだったが、やがて私の言葉を信じてくれるようになった。
「ではこれからは誰にも見られないよう、内密に会おう。君が傷つくといけないからね」
私達はひっそりと愛を育んでいった。
隠れて会うのは不満だけれど、オニキス様が私を気遣ってくれているのだ。仕方ない。
そうして卒業一ヶ月前。
「君を私の愛妾として迎えたい」
オニキス様はそう言った。
「愛妾…?」
愛人?妃ではなくて?
私はがっかりした。
しかもあの女は正妃だとか。
まあでも、確かに私にはお妃なんて面倒な事は出来ない。
それに私が住むのは、国王の愛する人だけが入れるという後宮だ。
あの女は王宮に住む…つまり表向きだけの関係という事だ。
…仕方ないか。
「君が私の愛妾になる事は誰にも言わないように。君に危害を加えようとする者が出てくるかもしれない」
本当は言いふらしたいくらいだけれど。
確かに元平民の私が愛妾になるなど知られたら…虐めどころでは済まないかもしれない。
義理の家族にだけ知らせて、卒業式が終わると私はそのまま迎えの馬車に乗り後宮へ入った。
平民で花屋の娘である私は平民の学園へ通っていた。
この国では、優秀な平民の子供を貴族や大きな商会の養子として引き取る事は珍しくない。
だから学園では皆必死に勉強するし、私と主席争いをしている男子も既にある大きな商会の婿養子となる事が決まっていた。
自分でいうのも何だが、私は見た目もいい。
だから私は政略結婚の駒として貴族の養女になるのだろうと周囲も、そして自分も思っていた。
ロジエ子爵家の領地は辺境近くの小さなものだが、鉱山を持つため裕福なのだという。
子供は息子一人で、他の貴族との繋がりを得るための娘を探しており、私が選ばれたのだと学園長に聞かされた。
すぐに別の貴族の元へ嫁に出されるのだろうから、養父には期待していなかったが。
とても優しそうなその顔を見て私は思い出した。
前世、日本という国で生きていた事———そして私が前世で読んだ漫画のヒロインである事を。
私が嫁ぐのは貴族どころではなく、この国の王太子、つまり私は未来の王妃になる。
———それは何と夢のような話だろう。
編入初日。
挨拶をしながら教室を見渡して———すぐに『彼』を見つけた。
漫画の姿そのものの、銀色の髪と綺麗な顔立ち。
私と目が合った黒い瞳が見開かれた。
…ああ、そうだ。
私達は一目で惹かれあうんだ。
やはりここは漫画の世界で間違いなかったのだ。
けれど、彼———オニキス様はすぐに学園に来なくなった。
何でも、国王代行を務めている王弟が怪我をしたため代わりに公務を行なっているらしい。
漫画ではそんな事は起きなかったのに…
オニキス様が学園に来ないと二人の関係も進まない。
その事に覚えた苛立ちに拍車をかけるように、他の女生徒達から悪意ある言葉を投げかけられるようになった。
どうやら元平民の私が彼女達より成績がいい事が気に入らないらしい。
———そんなの、自分達の努力不足のせいじゃない。
そう反論したいけれど、爵位が上の彼女達に逆らってはいけないらしい。
これだから貴族は嫌いだ。
「こんな所で何をしていますの?」
その日も廊下で女達からの理不尽な罵声に耐えていると、ふいに綺麗な声が聞こえた。
「…サファイア様…」
女の一人が顔を青ざめさせた。
そこに立っていたのはオニキス様の婚約者…漫画の悪役令嬢、サファイアだった。
「淑女なのですから、そのような言葉は使わない方がよろしいわ」
この学園でオニキス様に次ぐ立場のサファイアの言葉に、女達は何かごにょごにょ言いながら慌てて立ち去っていった。
「ガーネットさん、だったわね」
サファイアが私を見た。
「はい…あの、ありがとうございます」
漫画ならば私を虐めるのは彼女のはずだ。
だがオニキス様と会話すらした事のない今、サファイアとの接点もない。
おそらくサファイアは善意で私を助けてくれたのだろう。
私はお礼を言った。
「慣れない貴族の生活は大変でしょうけれど…頑張ってね」
ふわりとした笑みを浮かべてそう言うと、サファイアは立ち去っていった。
漫画のサファイアはいかにも悪役令嬢といった、目つきがキツイ美女だった。
だが実際の彼女はとても穏やかな表情で愛らしいという言葉がぴったりの、金髪碧眼の美少女だった。
———これが本当にあのサファイアなのだろうか。
漫画との違いに戸惑う内に夏となり、長い夏季休暇明け。
ようやくオニキス様が学園に戻ってきた。
オニキス様はすぐに私に話しかけてきた。
私たちが親しくなるのに時間はかからなかった。
オニキス様と親しくなればなるほど私への虐めは酷くなっていった。
けれどもサファイアは決して私へは関わらなかった。
私とオニキス様が一緒にいる所に遭遇しても、ちらとオニキス様を見るだけ。
その瞳にはオニキス様への親愛の感情が宿っているけれど、私へは一切視線を合わせない。
———それは自分が婚約者だと…私など取るに足らない存在だと言う自信の現れなのか。
そんなサファイアの態度に苛立ちを覚えていたが、やがて私を虐めているのがサファイアの指示だ、二人は不仲だという噂が流れ始めた。
やはり悪役令嬢、いい気味だ———と思った途端。
オニキス様がサファイア様にべったりになった。
噂など払拭するように仲の良い所を見せつける二人に、やがて私こそ二人の仲を裂こうとする邪魔者なのだと囁かれるようになった。
「悪役令嬢のくせに」
中庭でオニキス様に膝枕をするサファイアに、思わず言葉が漏れる。
そんな私に気づいたサファイアがこちらを見たけれど、興味なさそうにすぐに視線をオニキス様へと戻した。
むかつく。
悪役令嬢のくせに———オニキス様の隣にいるのは私のはずなのに。
人の良さそうな顔をしていたって、どうせ中身はあのサファイアなのだ、オニキス様だって騙されているに違いない。
だから私は、オニキス様にサファイアから虐めを受けていると伝えた。
実際はマナーを注意されただけだけれど…どうせ内心は他の女達と同じ、私を見下げているんだ。
オニキス様は最初信じられないようだったが、やがて私の言葉を信じてくれるようになった。
「ではこれからは誰にも見られないよう、内密に会おう。君が傷つくといけないからね」
私達はひっそりと愛を育んでいった。
隠れて会うのは不満だけれど、オニキス様が私を気遣ってくれているのだ。仕方ない。
そうして卒業一ヶ月前。
「君を私の愛妾として迎えたい」
オニキス様はそう言った。
「愛妾…?」
愛人?妃ではなくて?
私はがっかりした。
しかもあの女は正妃だとか。
まあでも、確かに私にはお妃なんて面倒な事は出来ない。
それに私が住むのは、国王の愛する人だけが入れるという後宮だ。
あの女は王宮に住む…つまり表向きだけの関係という事だ。
…仕方ないか。
「君が私の愛妾になる事は誰にも言わないように。君に危害を加えようとする者が出てくるかもしれない」
本当は言いふらしたいくらいだけれど。
確かに元平民の私が愛妾になるなど知られたら…虐めどころでは済まないかもしれない。
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