侯爵様と家庭教師

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侯爵様の誕生日

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 本編中で無理矢理だったのがよくないと知人に言われてしまったので、合意ありのお話を書いて別のサイトに投げておいたものになります。
 時系列的には、38話の翌日という感じですが、会話等に本編との矛盾を感じられるところが少々ございます。ご了承ください。

 性描写強めのお話になっていますので、苦手な方はブラバ推奨です。

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 以前、まだロンドンで暮らしていた頃に買っていて、ちょっともったいない感じがして使えずにいたカードを机の上に出して睨み合い始めて既に半刻ほど――リュネットはペンを手にしては戻し、戻しては手を伸ばし、と繰り返していた。

 マシューの誕生日を知ったのは昨日のことだ。そして、明日はその誕生日である。
 彼には今まで散々世話になってきた。今回のことだってそうだ。冤罪で捕まったリュネットを助けようと力を尽くしてくれたし、何年も会っていなかった祖母とも引き合わせてくれた。
 そういったことのお礼をするのに、誕生日というのはいい機会だと思ったのだが、知ったのが遅すぎた。贈り物もなにも考える時間などなかったし、用意も出来やしない。
 悩んだ結果、感謝と祝いの言葉をカードに書こうと思ったのだが、いざ書こうとなると、なかなかいい文面が思い浮かんでこないものだ。七枚目の下書きを見つめて首を捻る。

「お誕生日おめでとうございます。お祝いと、感謝の気持ちを込めて――うーん……無難だけど、素っ気ないかしら」

 カードだとそう長い文章は書けない。その為に簡潔に伝えることしか出来ないのだが、あまりにも簡素するのはやはり寂しい気がする。
 かといって、きちんとした手紙というのも違う気がする。手紙にするくらいだったら、口頭で直接伝えた方が誠意を見せられると思う。
 文章を書くのはそんなに苦手だとは思っていなかったが、こういうことはあまり得意ではなかったのだな、と自分の新たな一面を発見し、リュネットは溜め息をついた。

「エレノアさーん」

 八枚目の下書きの紙を丸めたところで、ノックと共にミーガンの声が届いた。

「もうお風呂の時間だけど」

「あ、今行きます」

 使用人達は夕食を終え、夜の課業も終えると、手の空いた者から順番に入浴を済ませて寝支度をすることになっている。リュネットはだいたいミーガンと時間を合わせて湯を使っていて、その為に呼びに来てくれたのだ。

 寝間着を持って部屋を出て、ミーガンと共に使用人の浴室へと向かう。
 女性の使用人だけでも二十人ほどいる。あまり時間をかけずに手早く髪や身体を洗い、すぐに次の人の為に空けるのがルールだ。

「まあ! こんなところでなにをなさっているんです、レディ・リュネット」

 服を脱ぎ、コルセットの紐を緩め始めたところで、モンゴメリに声をかけられた。彼女は呆れたような表情でこちらを見ていて、大きく溜め息を零した。

「え? お風呂を使わせてもらおうかと……」

「入浴でしたら上の浴室をお使いください。今準備をしますから」

 使用人達と一緒に入浴するなんて、とモンゴメリは少しきつい口調で窘める。
 何故、とリュネットは困惑した。今までもずっとこちらを使っていたのだし、何故そんなことを言われなければならないのか。

「未来の奥様に、使用人の浴室など使わせられませんよ」

 その言葉にリュネットは表情を曇らせた。
 確かにリュネットは、マシューからの求婚を受け入れた。将来的には彼の妻となることだろう。その話は家政婦であるモンゴメリと家令のハワードには帰宅時に伝え、他の使用人達にも今朝伝えられていた。

 それでも、リュネットは今まで通りで構わないと思っていたのに、急に態度を変えられたりすると戸惑ってしまうし、ほんのりと迷惑も感じてしまう。
 その気持ちが顔に出ていたのか、モンゴメリは小さく溜め息を零した。

「明日からは、入浴の前にお声かけください。準備致しますので」

 リュネットは内心嫌々ながらも頷いた。
 そんなやり取りをミーガンは少し複雑そうな顔で見ていたが、話が終わったと見て取ると、コルセットを緩めるのを手伝ってくれた。

「リュネット様……って呼んだ方がいい?」

 髪を洗い流していると、先に浴槽で温まっていたミーガンがそんなことを尋ねてくる。驚いて顔を上げ、目に石鹸の泡が入って涙が溢れた。

「大丈夫?」

「ええ……。変なことを言わないでよ、ミーガン。驚いたじゃない」

 ミーガンが渡してくれた水で目を洗い流し、リュネットは少し不機嫌そうな声を漏らす。

「でもさ……やっぱり、なんか、改めるべきかな、って」

 当然のことだが、屋敷の当主であるマシューと結婚すれば、リュネットの立場は変わってくる。それを考えると、きちんとしておいた方がいいのではないか、とミーガンは思ったのだ。
 綺麗に石鹸を洗い流したリュネットは、溜め息を零しながら隣の浴槽に浸かり、この屋敷に来てからずっと仲良くしてくれていたメイドへ目を向ける。

「侯爵やミセス・モンゴメリにとっては、私はレディ・リュネット・アメリアかも知れないけれど、ミーガンにとってはエレノア・ホワイトでしょう?」

 変な言い回しを使っているが、確かにそうだ。ミーガンにとってリュネットは『エレノアさん』なのだ。

「それでいいと思うの。私もそういう貴族のお嬢様とか、奥様のように振る舞うのは慣れていないし、好きじゃないし……ミーガンに態度を変えられたら、悲しいし、寂しいわ」

「エレノアさん……」

 ミーガンは嬉しくなる。関係が変わることをちょっと嫌だな、と感じていたのは、自分だけではなかったのだ。リュネットも同じ気持ちでいてくれたのだ、と思うと、とても嬉しかった。

「それより、ちょっと相談に乗って欲しことがあるんだけど」

 そろそろ次の人が来る頃だ、と出る準備を始めながら、リュネットは悩んでいるカードの文面について相談を持ちかけた。ミーガンは実家にいる幼い妹の為に、可愛らしいカードに短い文を添えて手紙にしているからだ。
 寝間着を頭から被りながら、ミーガンも首を捻る。

「そんなに凝った文面にしなくていいんじゃない? 感謝とお祝いの気持ちを込めてって、添えるんでしょ? だったらそれでいいと思うけど」

「やっぱりそう思う?」

 うん、とミーガンが頷くので、リュネットも納得する。
 なんだか物足りなさは感じるが、あまり長く書くのも変なものだし、それくらいで丁度いいのだろう。でも、あとひとことくらいはなにか書き添えたい。

「だったらさ、日付が変わる頃に渡したら? 一番におめでとうって言うの」

「一番に……?」

「そう。ちょっと特別な感じがしない?」

 他の誰よりも早く、一番に祝いの言葉を述べるのだ。確かに少し特別な感じがする。
 けれど、それを実行する為には、ひとつ大きな問題がある。深夜に男性の部屋を訪ねなければならなのだ。
 以前に一度、リュネットは深夜にマシューの部屋を訪ねたことがある。その結果がどうなったのかは、あまり思い出したくない記憶だ。

 溜め息を零しながら髪の毛の水気を拭き取り、他になにかいい案がないか、と考えてみる――あまり名案と呼べるものは考えつかなかった。
 考えながら西塔にある自分の部屋に戻ろうとしていると、ハワードに呼び止められた。

「お部屋を戻しますか? 旦那様はお気に召さないご様子なので」

 ちょっとした面倒があってから、リュネットの部屋はマシューの部屋から一番遠い西塔にすることになったのだが、元は使用人の部屋である為、マシューはそれが気に入らないらしい。そろそろそういうことを言われそうな気がしていたハワードは、諦観の顔をしてリュネットの意見を聞きに来たようだ。
 うーん、とリュネットは首を捻る。

「移動しないと、ハワードさんやモンゴメリさんが困りますか?」

 西塔の部屋は思ったよりも快適だった。広さも十分にあるし、使用人達の作業空間である場所までまっすぐに降りて行ける。家具も必要なものは揃っているし、新しく用意してくれた寝具もまったく問題ない。少し寒いことを除けば、魅力以外感じられない。

「いいえ。そんなことはございませんよ」

 マシューは使用人達を気遣ってくれるいい主人だが、リュネットが絡むと時折とんでもない我儘を言ったりする。今回のこれも、拒否をすればまた騒ぐのだろうか、と不安になるが、リュネットならそう言うだろうな、と予想していたのか、ハワードはなんでもないことのように答える。付き合いの長いハワードからしてみれば、それくらいはたいした問題にはならないのだろう。

「しばらくはまだ西塔の部屋でよろしいということで?」

「はい」

「まあ、その方がようございましょう。正式にご結婚されるまでは、適度な距離を持って接されるのが望ましいですからね」

 そう言って微笑むハワードに、リュネットも頷き返した。

「ただ、あの部屋は、逃げ場がないことだけはお忘れなさいませんように。寝る前には鍵を必ずかけてくださいね」

 塔の一番上にある部屋なので、なにかあってもすぐには逃げ出せない。唯一の出入り口を塞がれたりしたらもう終わりだ。そうならないように、内鍵をかけて誰からの侵入も許すな、とハワードは念を押してくれたのだ。リュネットは素直に頷く、
 家令の話はそれだけだったようで、湯上りに呼び止めて悪かった、と謝ったあとに踵を返した。リュネットも塔への階段を昇り始める。

 借りて来た湯たんぽをベッドの中に入れ、文面を悩んだまま出しっ放しになっていたカードの前に腰を下ろす。ミーガンの助言を参考に何通りか文面を考えたあと、簡潔に祝いの言葉と感謝の言葉を綴った。
 時計を見ると、あと十分ほどで日付が変わる頃だった。文面を考えているうちに随分と時間が経っていたらしい。

(さっと行って、ドアの隙間に挟んで来よう)

 カードを封筒にしまい、最近気に入っている肩掛けを羽織り直す。厚手で気持ちのいい肌触りのそれは、マシューにもらったものだ。
 部屋を出るとやはり少し寒かった。肩掛けでなくガウンを羽織ればよかったかしら、とほんの少し後悔しつつも、どうせちょっと行って帰って来るだけなのだから、と気にせずに階段を降り始める。時刻が時刻だけに、足音があまり響かないように気をつけながら降りて行き、マシューの部屋のある階の扉を開けた。
 一応周りを気にしてみる。つい先程ハワードから忠告を受けたこともあるし、こんな時間に男性の部屋の前を歩く姿は見られたくなかった。

 足音を忍ばせてマシューの部屋に近づくと、ドアの隙間から僅かに光が漏れている。やはりまだ起きていたか、と少しだけ緊張した。
 こんな時間なので、万が一呼び止められたら厄介だ。気づかれないようにしないと、と気配を殺しながらドアに近づき、その隙間から音を立てないように静かに手紙を滑り込ませる。

「リュネット?」

 これでよし、と満足しながら立ち上がったところに、後ろから声をかけられた。リュネットは思わず飛び上がった。辛うじて悲鳴だけは堪えて飲み込んだが、あまりの驚きから心臓がぎゅっと締めつけられるように痛む。

「こ……っ、侯爵……っ!?」

 声が裏返る。そんな様子にマシューは首を傾げた。

「なにしているの?」

「い、いえ……えっと、あの……」

 まさか背後から出くわすことになるとは思っていなかったので、リュネットは口ごもる。正面から出会ったなら言い訳の言葉なりすらすらと出て来たかと思うのだが、思いもよらなかった場所から声をかけられた故に、動転して上手く言葉が紡げない。

「会いに来てくれたのかな?」

 真っ赤になって口ごもっているリュネットの様子に、マシューはにっこりと嬉しそうな微笑みを向ける。
 そういうつもりは一切なかったので、違う、と否定したかったが、マシューの部屋の前にいるのは事実なのだから、信用はしてくれないような気がした。

 困惑しているうちに、マシューの手が頬へと伸びてくる。触れられたかと思うと優しく上向かされ、そのまま流れるように自然と唇が重なった。
 マシューの掌は相変わらず少しひんやりとしているのに、唇は温かい。その温もりが心地よいと感じると、離れ難くなった。軽く触れただけで離れて行こうとする唇に寂しさを感じて吐息を漏らすと、彼は微かに笑ったようだった。

「ねえ、リュヌ」

 鼻先が触れ合う距離でマシューが囁く。

「キスしてもいいかい?」

 リュネットは淡く頬を染めながら、目の前の深緑の瞳を睨んだ。

「たった今、したではないですか」

「これは挨拶だよ」

 そう言って笑いながら、頬に触れていた手が首の後ろの方へと滑り降りる。ひんやりとした掌に触れられ、思わず身震いすると、震えた腰ももう片方の手でしっかりと掴まれた。逃げることが出来なくなる。

「ずっときみにキスしたくて堪らなかったんだ」

 俄かに戸惑いを見せるリュネットの耳許で、マシューは囁く。その吐息の熱さにリュネットはもう一度身体を震わせた。

 はしたないと思いつつも、リュネットも彼と同じ気持ちだった。
 冤罪で十日ほど投獄されていた間、会いたくて堪らなかったのは親友のメグよりも目の前のマシューだったし、彼の腕に抱き締められたいとも思っていた。ひと月ほど前にはリュネットに酷いことをした男だというのに、その腕の温もりが恋しくて仕方なかったのだ。

 けれど、男女のことに疎いリュネットには、こういうときにどういう答えを返せばいいのかわからなくて、黙って見つめ返すことしか出来ない。戸惑いに瞳を揺らめかせながら、恋仲になったばかりの男の顔を見上げる。
 有難いことに、そんなリュネットの心中は、マシューにはすべてわかっているかのようだった。

 マシューはもう一度リュネットの唇に触れる。リュネットは僅かに震えながら瞼を閉じ、与えられる温もりを受け止めようと小さく息を詰めた。
 深く口づけられるとなにも考えられなくなる。こういったことに不慣れなリュネットにとっては少し不安に感じることでもあったが、マシューがしっかりと抱き留めてくれているので、戸惑いながらも身を委ねた。

(こんなところ、誰かに見られたら……)

 時刻は日付の変わる頃の深夜であり、廊下の端の方であるとはいえ、従僕達が就寝前には館内の見回りをするのだから、通りがからないとも限らない。さすがにこんな状況のところを見られたくはなかった。
 そんなリュネットの緊張が伝わったのか、マシューは唇を離し、リュネットの頭を抱き寄せる。彼の胸許に頬を押しつける形になり、リュネットは僅かに双眸を瞠った。

「リュヌ」

 マシューが名前を囁くのと丁度同じときに、日付が変わったことを報せる時計の音が深夜の館内に鳴り響いた。

「月が西に帰るにはまだ早いと思うんだ」

 時間的には、月は中天から僅かに西へと傾き始めている頃合いだろう。そんなことを突然言い出したマシューに、リュネットは内心で首を傾げる。けれど、彼の瞳に僅かに金色の虹彩が見え隠れたことに気づき、彼が今なにを思っているのかが窺い知れ、リュネットは頬を染めて目線を伏せた。

 月とはつまり、リュネットのことを指している。そして、西塔にある部屋に帰るにはまだ早い時間ではないか、と言いたいのだろう。鈍いリュネットの為にいつもなんでもストレートに告げるというのに、どうしてそんな含みを持ったような言い回しを使うのか。
 その仕種を承諾と受け止めたのか、マシューは部屋のドアを開けた。

「――…あれ?」

 リュネットを抱いて部屋の中に入ろうとしたところ、足許に封筒が落ちていることに気がつき、足を止める。あっ、とリュネットが小さく声を零すと、それを拾い上げた。

「きみの字だ」

 宛名を見たマシューは微笑み、リュネットに囁きかける。はい、と頷きながら、リュネットは気恥ずかしくて僅かにもじもじとした。

「その……、お誕生日と、お伺いしたので……」

「手紙を書いてくれたの?」

「はい……カードなのですけれど」

「ありがとう」

 本心から喜んでいる様子で礼を言うと、今度こそリュネットを抱き上げ、ドアを閉めた。

「きみのこういうところ、大好きだよ」

 リュネットは耳まで赤くなる。好きとか愛しているとか、そういう言葉には何度言われても慣れないし、どう反応すればいいのか未だによくわからない。以前は迷惑に感じていた言葉だが、言われれば嬉しいと感じるようにはなっているのだが、自分から同じ言葉を返すことは恥ずかしかった。それ故に、小さく頷き返すことが精一杯だ。

「侯爵」

「うん?」

「あの……お誕生日、おめでとうございます」

 リュネットが少し躊躇いながら告げると、マシューは嬉しそうに微笑む。

「ああ、日付が変わったっけね。ありがとう」

 その礼の言葉を聞き終える前に、リュネットは僅かに伸び上ってマシューの頬にキスをした。マシューが驚いたように見つめ返して来るので、頬を染めて俯く。

「贈り物をなにも用意出来ていなくて……こんなものがお祝いになるとは思わないのですけれど」

「可愛らしいことをしてくれるね」

 いつの間にか辿り着いていたベッドの上に降ろされ、ハッとして僅かに戸惑いを見せると、それを抑え込まれるようにキスをされた。リュネットは反射的に目を閉じ、小さく震える。

「愛しいリュネット、僕の可愛いお月様リュヌ

 マシューの熱のこもった声音で名を呼ばれ、リュネットは鼓動が大きく跳ねるのを感じた。全身がじわりと熱くなる。それが恥ずかしくて、マシューからそっと顔を背けた。

「きみを抱きたいんだ」

 目の前の淡く染まった耳朶に口づけながら、マシューは囁く。その吐息交じりの声音にリュネットは打ち震えた。

「愚かな男だと思うだろう。でも、愛しいきみが僕の傍にいてくれるのだと実感するのに、肌を重ねることが一番なんだ。きみの温もりをこの腕に感じたい」

「侯爵……」

「でも、嫌なら逃げて?」

 囁きながら、マシューの手が胸許に伸びてくる。彼の長い指先は、リュネットの寝間着の釦をそっと外し始める。抵抗するならば今しかない。
 けれどリュネットは、三つ目の釦が外されたとき、身体に巻きつけていた肩掛けをするりと肩から滑り落とさせた。
 その様子にマシューは微かに驚いた表情を覗かせる。だが、目の前の少女の覚悟を感じ取ったらしく、その震える細い手を取って口づけた。

「……いいんだね?」

「訊かないで、ください……」

 マシューの腕はリュネットを安心させてくれる。そんなマシューがリュネットと肌を重ねることで安心を得られるというのなら、彼を受け入れるのは当然のことのように思えた。

 自分のしようとしていることは、決して正しいことではない。けれど、彼に身を委ねることに対する抵抗が、今夜はほとんどないことも事実。だから部屋に招き入れられるままに従ってしまったのだ。
 それでも、初めて彼に抱かれたときの記憶は苦々しいものであり、とても恥ずかしいことだったし、苦痛としか言いようがないことだった。その状況に再び対峙しようという心境はなかなかに複雑だ。


「震えているね。恐い?」

 額に優しい口づけを落としながら尋ねてくれる。リュネットは頷いた。

「そうだよね。この前は、痛い思いも、苦しい思いもさせたから、恐くて当然かな」

 ごめんね、と囁き、緊張から強張る肩を撫でてくれる。その触れ方は好もしいと思えた。
 リュネットは静かに目を閉じ、マシューの胸に身を預ける。服地越しに鼓動の音が聞こえてくると、強張っていた肩からゆっくりと力が抜けていく。
 その様子を感じ取ったマシューは、優しく宥めるようにリュネットの背中を撫でて落ち着かせていく。リュネットはこういう触れ合いは嫌いではないと思った。

 このあと、どうすればいいのだろう――リュネットは開かれて素肌が見えている胸許を見下ろしながら、ほんのりと不安と戸惑いを感じていた。
 寝間着を脱げばいいのだろうか。それとも、そういうことはすべてマシューに任せればいいのだろうか、と考えていると、マシューが足許に跪く。

「侯爵?」

 不思議に思ってその様子を見守っていると、彼はリュネットの足から室内履きを脱がせ、恭しくその爪先に口づけた。その姿にリュネットは双眸を瞠る。
 やめさせようと声を上げる前に、彼の手が寝間着の裾を捲り上げ、爪先に口づけていた唇が脛の方へと触れる。そのまま徐々に上へと伝い、膝頭にも口づけた。リュネットはその感触にふるりと身を震わせる。

「侯爵、なにを……」

 それ以上捲り上げられるのは困る。寝間着なので下着は身に着けていないのだ。

「こういうときは名前を呼んで欲しいって言っただろう?」

 なにをしようとしているのかわからずに困惑しているリュネットに向かい、マシューは笑みを向ける。その様子にリュネットはますます困惑した。
 捲り上げられていく裾を留めようと手で抑えるが、それよりも早く、マシューはリュネットの太腿を持ち上げ、胸の方へと倒したのだ。思わず「きゃっ」と小さく悲鳴を上げて頬を赤らめるが、そんな程度の反応では済まない事態に置かれたことに遅れて気がついた。

「いやっ。見ないでください」

 足首まで覆いつつも、引っ掛かりや締めつけのないデザインの寝間着は、脚を高く抱え上げられたことで裾が捲れてしまい、腹のあたりで蟠った。それ故に、臍のあたりまで下半身は丸見えになってしまっている。
 どうしてこんなに恥ずかしいことをさせるのか、と非難がましい目つきで睨みながら、隠そうと必死に裾を引っ張る。その手をマシューがやんわりと止めさせた。

「今度はきみに苦しい思いをさせたくないんだ。だから大人しくして、僕に任せて欲しい」

 マシューがなにを意図しているのかなど、初心なリュネットにはちっともわからないし、わかる筈もない。ただ、どうしてこんなことをするのか、とそればかりが嫌な気分だった。

 ちゅっ、と音を立てて、マシューの唇が太腿の内側を吸う。少し痛みを感じるくらいに強く吸われたので、リュネットは僅かに眉を寄せた。
 肉の柔らかい太腿の内側には、小さな緋色の刻印が刻まれる。
 恥ずかしくて堪らずに目を閉じ、両手で顔を覆った。隠すことが出来ないのならば、自分がそれを視界に納めないようにしてしまえ、としたことなのだが、なんの意味も為していないことに、リュネットは愚かにも気づかなかった。それ故に、次にマシューが何処にどう触れるのか、まったく予想が出来なかった。

「――…ッ!?」

 あり得ない場所に熱を感じ、リュネットは息を詰めて身を強張らせた。
 閉じていた双眸を見開き、なにが起こったのか確かめようと視線を向け、短く悲鳴を上げる。あられもなく開かされた脚の間に、マシューの頭があったのだ。リュネットは信じられなくて、嫌々と首を振った。

「侯爵、なにを……っ、いやっ!」

「恐いことはしないから大丈夫だよ」

「そん、な……あっ、あっ! いやっ!」

 リュネットはマシューから逃れようと身体を捩り、手を伸ばしてみるが上手く力が入らず、マシューに秘処を押しつけるという間抜けな結末に終わる。しかも太腿を掴まれているのでたいした抵抗にはならず、更に追い詰められただけだった。
 花弁が折り重なるようにして閉じ合わされたリュネットを、マシューの舌先がゆっくりと丁寧に暴いていく。熱く濡れてざらりとした感触の肉厚の舌に舐られると、リュネットは堪らず悲鳴を漏らし、逃れようと懸命に身を捩った。その動きがマシューに媚肉を押しつけ、彼がしようとしていることの助けになっていることもわからずに。

「ひぁっ、あっ、や……いや、いや!」

 助けを求めるように藻掻いて手を伸ばすが、縋りつく場所はなく、身を捩ってシーツを掴んで耐えるので精一杯だ。マシューの舌先が秘裂を拓くように愛撫する度に腰が震え、爪先が跳ねて力が籠もり、リュネットの中をわけのわからない不安でいっぱいにさせる。それが恐くて堪らなくて、シーツを握り締めながら涙を溢れさせた。
 マシューの唇に小さな肉芽を吸い上げられると、臍の下のあたりがきゅうっと縮み上がるような感覚に襲われ、リュネットはわけもわからずに仰け反り、声にならない悲鳴を零した。

 なにがあったのだろう――しかし、放心する間もなく、マシューは更にリュネットを苛む。リュネットは再びお腹の奥の方が竦み上がるような感覚に悩まされながら、マシューの与える行為に必死に抵抗しようと試みるが、どうすることも出来ず、自分のものではないような悲鳴を何度も聞く羽目になった。

 リュネットが三度目に痙攣のように身体を縮こまらせたあと、マシューは抑え込んでいた脚をようやく解放してやり、弛緩したようにだらりと身体を投げ出しているリュネットを見下ろしながら、口許を濡らす蜜を手の甲で拭った。
 教え甲斐があるな、とマシューは心の内で笑った。
 今までマシューがベッドを共にして来た女性達は、房事を生業にしている女性だったり、恋の手管を知り尽くした寡婦だったりと、経験豊富な人達が多かった。
 実のところ、処女を抱いたのはリュネットが初めてだ。それ故に、今まで関係のあった女性達とどう違うのか予測がつかない面もあったのだが、リュネットの身体は思ったよりも柔軟に快楽を享受するようだということがわかった。

 焦点の定まらない潤んだ瞳で天蓋を見つめているリュネットの頬を撫でると、彼女はゆっくりとマシューを振り返り、戸惑いと非難に染まる視線を投げかけてくる。

「うそつき」

 リュネットの唇が小さく動き、そんなことを囁き零す。
 なんのことだ、と瞬いたマシューの目の前で、リュネットはぽろぽろと涙を流し始めた。

「恐いことはしない、って、言ったのに……」

 酷く裏切られた気分で、リュネットはマシューを責めた。
 ああ、とマシューは吐息を漏らし、力なく投げ出されている細い肢体を抱き寄せる。

「恐かったの?」

 僅かに汗の滲む額に口づけながら尋ねると、リュネットは眉間に皺を寄せながら頷いた。少し機嫌が悪くなってきているようだ。ごめんね、と告げてもう一度口づけると、小さな頷きが返される。
 あやすように肩や背中を撫でながら、散々に嬲った秘処へと手を滑らせた。
 マシューの手が脚の間に入り込んだことに気づいたリュネットは身体を強張らせ、寄せつけまいと膝を閉じ合わせようとするが、痩せた所為で骨っぽくなった太腿には厚みが足りず、無遠慮な手を押し留めることは叶わなかった。その手が拓かされた秘裂に触れ、指先がその奥の小さな隧道へと至る。
 リュネットは全身に緊張を走らせ、嫌々と首を振るが、その細く狭い隧道はマシューを受け入れてしまう。リュネットの嫌悪や戸惑いなどお構いなしに、ねっとりとした水音をさせながら入り込んでくると、身体の奥に違和感を生じさせた。

「リュヌ、感じる?」

 マシューが指先をゆるゆると抽挿させると、ぬちぬちと粘着質な音が零れ、リュネットの中の違和感を更に大きくさせた。それがとても変な感覚であった為、リュネットは眉間の皺を更に深くする。

「きみの身体が、僕を受け入れてくれる為の準備をしてくれている」

 ほら、と目の高さに手を翳し、糸を引く蜜で濡れた掌を見せた。
 リュネットは瞬き、その手を思わず凝視した。

「この前は僕も余裕がなかったから、きみにはとても苦しい思いをさせてしまったけれど、今夜はそんなことをしないと約束するよ」

 優しい笑みを浮かべながらそんなことを言ったかと思うと、抱き直され、寝間着を更に捲り上げられた。リュネットが少し驚いて息を飲むと、すっかりと視界に現れた乳房が微かに震えた。それをマシューが慣れた手つきで掬い上げ、丸い形を確かめるように掌を這わせながら、先端の色づく部分へと指先を辿らせていく。
 指先が抓むようにして先端を扱くとふくりと勃ち上がり、色づいた木苺のように可憐なその姿を見せる。その様子にリュネットは頬を赤らめ、恥ずかしげに顔を背けた。

「きみの身体は何処も彼処も可愛いね。早く食べてしまいたいよ」

「食べ、る……?」

 恐ろしい発言を聞き咎め、リュネットは困惑気に振り向いた。

「比喩表現だよ」

 初心で真面目な反応を返すリュネットの様子が可愛らしくて堪らない。
 マシューはその重たげな乳房を撫で摩り、やんわりと揉みしだく。リュネットはますます顔を赤くした。
 恥ずかしくて堪らずにその行為を見守っていると、マシューが愛らしく色づく胸の先端を口の中に含んだ。皮膚には歯の硬い感触が当たり、熱い舌先が胸の形を確かめるように蠢く。

 食べられてしまう、とリュネットは恐ろしさに震えた。
 人間の肉など食べても美味しいとは思えないのだが、マシューはそうするつもりのようだ。自分の身体が引き裂かれる様子を想像し、リュネットはますます震え上がった。

 そんなリュネットの妄想とは裏腹に、マシューは皮膚の上に歯を立てはするが噛み千切るようなこともなく、それよりも舌先が執拗に皮膚の上を舐り、乳首を転がすように舐めたり、噛んだりする。その感触にリュネットはまた腹の奥がきゅっと竦み上がるような心地を抱いた。
 その竦み上がるような感覚が、自分が食べられることへの恐怖心だと勘違いしたリュネットは、瞳を潤ませながらマシューを呼んだ。

「た、食べないで、ください……っ」

 怯えた瞳で訴えかけてくる愛しい少女の姿に、マシューは少し呆気に取られた。そうして苦笑じみた笑みを浮かべ、その震える頬に口づける。

「そんなに怯えないで」

 囁かれる言葉にリュネットはますます震えた。食べられてしまうというのに、怯えないでいる程に肝が据わってはいない。
 マシューは重たげな乳房に愛撫を施しながら、もう一度リュネットの下腹部へと手を伸ばした。その様子にリュネットはまた身を捩って抵抗しようとするが、動きを制限されるように圧し掛かられているので叶わず、再び恥ずかしい思いをすることになる。

 マシューの手が太腿の間を擦ると、ぬるぬると濡れた感触がするのがわかった。気づかぬうちに粗相をしてしまったのか、と青くなるが、マシューに深く唇を塞がれ、それ以上を考えられなくなる。いやいやと首を振るが、それすらも難なく抑え込まれた。
 この部屋に招き入れられたとき、こんなことが自分の身に降りかかるなんて想像出来てはいなかった。先夜、彼に抱かれたときに、痛かった記憶はあるのだが、こんな恥ずかしい思いをしてはいなかったからだ。
 深緑色の瞳に金の虹彩が混じっている様子を見て、彼がリュネットになにを望んでいるのかわかっているつもりだったのに、今の状況はまったく想像していなかった。どうしてこんなことになってしまっているのだろう。

「リュヌ、愛しているよ」

 不安と混乱と、責め立てるような快楽の波に揉まれているリュネットの耳許に、マシューの熱を帯びた声音が囁きかける。リュネットは涙に濡れた瞳を瞬かせ、こちらを見つめているであろうマシューの顔を見つめ返した。
 見慣れた深緑の瞳は熱っぽく潤み、感情が昂っているのか、いつもより明るい色合いに見えた。

「――…マシュー……」

 リュネットが囁くように名前を呼んで手を伸ばすと、彼は優しいキスをしてくれた。それがなんだか心地よくて、リュネットは静かに瞼を下ろした。

「リュヌ――リュネット」

 マシューが上から覆い被さるように抱き締めてきて、耳許で名前を呼んでくる。その声に応えるように、リュネットはマシューの背中を抱き返す。
 すっかりと寝間着を脱がされてしまっていた自分の胸と、シャツを肌蹴たマシューの胸がぴったりとくっつき合い、お互いの熱と肌の感触を受け止め合う。それがとても安心するものだとリュネットは思った。
 肌を重ねると安心を得られる、とマシューは言っていた。その言葉の意味がなんとなくわかったような気がして、リュネットは細く嘆息する。

 その間にも、マシューの掌はリュネットの形を確かめるように、滑らかな肌の上を忙しなく撫で摩る。その動きに擽ったさを感じつつも、触れられることは嫌ではないとリュネットは思っていたし、同じようにマシューの背中に手を伸ばしてみたりした。その様子にマシューは笑みを零す。

「いいよ、リュネット。僕にしがみついていて」

 耳許で囁かれ、そのまま耳朶を甘く噛まれる。耳殻をなぞる熱い舌の感触に身を震わせ、背中に回した腕に思わず力を込めた。

「あっ……なに……?」

 マシューが僅かに身体を起こした直後、脚の間を擦られる感触に目を見開く。
 先程までリュネットを苛んでいたマシューの手ではない。なにがなんだかわからず、リュネットは不安げにマシューを見上げた。

「大丈夫だよ、リュネット。僕のことだけを考えていて」

 マシューは僅かに掠れた声音で囁き、揺れる濃紺の瞳を覗き込んだ。リュネットは不安を抱きながらも頷き返し、まっすぐに見つめてくる瞳を見つめ返した。
 脚の間にじっとりと熱が広がる。不快とまでは思わなかったが、それでもなにか違和感のようなものを抱いて仕方がなかった。
 マシューは僅かに息を詰め、腹を打つほどに反り返って張り詰めた肉茎をリュネットの秘裂に這わせ、溢れる蜜で柔らかく濡れそぼつ隧道にゆっくりと埋め込んでいく。
 下腹部を圧し拡げてくる存在に、リュネットは無意識に身体を強張らせ、逃れようと身を捩った。

「リュネット、力を抜いて。恐くないから」

 全身に力が入ってしまっているリュネットを宥めながら、マシューはじりじりと腰を進めていく。その感覚に、リュネットはいやいやと首を振った。
 けれど、リュネットの身体はマシューを受け入れることに抵抗がないようで、本音では恐くて震えているというのに、引き裂くように入り込んでくる熱塊に媚肉が纏わりついた。濡れた音を溢れさせるリュネットの狭い蜜口は、蠢きながらマシューを内へと誘う。
 それでもやはり恐いものを感じてしまい、リュネットはいやいやと首を振り続ける。身体を許そうと覚悟を決めてここにいるというのに、やはり恐怖の方が勝り、拒絶の心が強くなる。
 マシューは浅いところをゆるゆると擦っていたが、この状態はなかなかにつらいものがある。怯えるリュネットの緊張が解けるのを待ってやりたい気持ちはもちろんあるのだが、それがいつになるかはわからないし、ずっとこのままでいるのはお互いに負担になるに違いない、と判断し、少し乱暴な手段に出ることにした。

 震えながら喘ぐ唇を塞ぎ、深く口づける。リュネットは驚いたように双眸を瞠ったが、すぐにマシューに翻弄され始める。
 キスに酔う、という感覚は、こういうことを指すのだろうな、と思いながら、リュネットはだんだんと鈍っていく思考を感じ取る。マシューに深く口づけられるといつもこうだ。頭の芯が麻痺したようにぼうっとなり、なにも考えられなくなっていく。

 リュネットの意識が鈍麻してきたのを感じ取ったマシューは、そのまま一息に奥深くまで自身を埋め込む。
 衝撃にリュネットは仰け反り、唇を塞がれているが故に苦しげな呻き声を漏らし――達してしまう。
 精液を搾り取ろうとするかのように蠢動する肉壁の圧迫感に堪え、マシューもぐっと息を詰める。まだなにもしていないというのに、このまま吐精して堪るか、と唇を噛んだ。

「――…ああ、リュネット……リュヌ」

 僅かに汗ばんだ額を撫でながら囁き呼ぶと、涙に濡れた瞳が彷徨うようにして声の主の姿を探す。その少し不安げな表情が可愛いと思う。

「感じる? 僕が、きみの中にいること」

 そんな言い方をしないで欲しい、と頬を染め、リュネットは恥ずかしげに目を伏せた。そんな仕種も愛しくて、マシューは吐息を漏らして頬に口づけた。

「動いてもいいかい?」

 探るような質問に、リュネットは僅かに瞬く。

「動く……?」

「うん、こんな風に」

 頷きながら、マシューはゆるりと腰を引いた。リュネットの内深くに納まっていた肉茎が引き抜かれて行き、身体の中を異物が擦る感触を強く感じたリュネットは身体を強張らせる。

「リュネット。そんなに締めつけないで」

 マシューが苦しげな声で喘ぐように告げるが、無自覚にやっているリュネットは、その言葉に応じることが出来なかった。
 仕方がない、と思ったマシューは、ゆっくりと小刻みに腰を動かした。リュネットが慣れるまでは強い刺激を与えるのは得策ではない。

「んっ、んっ……や、ぁ……っ」

 小さく喘ぎ声が零れ、リュネットは恥ずかしそうに口許に手を伸ばしたが、マシューはその手を掴み、口を抑えられないようにしてしまう。
 なにをするのだ、と濡れて鮮やかな群青になった瞳が非難の色を浮かべて睨んでくるが、マシューは気にしない。手首を抑えてしまったのをいいことに、少し強めに腰を打ちつける。リュネットの細い腰がシーツの波間から浮き上がり、肋骨の浮いた細い腹が撓った。

「は、離して……マシュ、……ん、あっあっ」

 僅かながらの抵抗を試みるリュネットを無視し、マシューはゆるやかに、けれど時折強く腰を打ちつけ、その度に可愛らしい嬌声を導き出した。
 意思に反して自分の唇から零れるあられもない声にリュネットは赤面し、こんな声を出すのは嫌だ、と恥ずかしげに首を振り、離して欲しい、と何度もマシューに訴えかける。けれどマシューは答えの代わりに、更に強く腰を打ちつけた。

「あっ、いやっ、離し……ってぇっ!」

「駄目だよ、リュネット。もっと可愛いきみの声を聞きたいんだ」

「いやっ、あっ」

 自分の声ではないような甲高い声に、リュネットは困惑している。そんな声を出している自分が信じられなくて、恥ずかしくて、とても嫌だった。それなのに、マシューは更に追い詰めようとする。

「いっ、や、あっあ……っ、あん、やっ、あぅ……っ!」

「そう……もっと啼いて。もっと」

 マシューの声音に情欲の色が滲んでいる。その低く囁くような掠れた声音に、リュネットは腹の奥が竦み上がるような感覚を抱く。

(また、この感じ……)

 腹の奥が竦み上がると、全身が強張るように力が入る。それがちょっとだけ嫌な感じで、無意識に自分の身体がそうなることが恐かった。
 こんなにも恐いのにマシューは許してくれない。先夜のように引き裂かれるような痛みはない。けれど、苦しいし恐いのは変わらない。それがリュネットを更に怯えさせている。

 嘘つき、とまたリュネットはマシューを詰った。
 その声を聞いた筈なのに、マシューは一向にやめてくれない。暖炉の灯りに淡く染まる寝室に、蜜洞を掻き混ぜられる粘った水音と打擲音が響き、その合間にリュネットの嬌声が混じる。その淫靡な音にリュネットはますます耳を塞ぎたい気分になるが、抑えつけられた手首ではどうすることも出来ず、そんな行為を強いる男を恨めしく思いながら身を捩った。

 マシューが突き上げる度に目の前がチカチカとするように感じる。肌がぶつかり合う感触を得る度に背筋が震え、いやらしい水音が響くと共になにかわけのわからないものが確実に蟠っていくのを感じる。それが恐くて堪らなかった。

「はあ、あっ……マシュ……、もぅ……っ許し、てぇっ」

 呂律が回らなくなってきている声で、もうやめてくれるようにとなんとか訴える。けれどその頼りなげな様子は、マシューを煽るだけだった。

「ごめん、リュヌ。聞けない」

 苦しげな声で囁くとようやく手首を離してくれた。そのことに一瞬気を取られている隙に、膝が胸の方へと押され、腰がシーツの上から浮き上がる。
 不安定な姿勢に驚くよりも先に、上からマシューが圧し掛かってきた。
 無理な体勢で体重をかけられた所為で息が苦しくなる。同時にマシューがより深くに入り込み、ますます苦しくなる。内側からも外側からも圧迫されるリュネットは身動きが取れず、マシューにされるがままになるしかなかった。
 今までになく深く交じり合った結合部は疼痛を感じさせるほどで、それがまたリュネットを追い詰めた。

「ああ、リュヌ――リュヌ、リュヌ」

 リュネットを圧し潰そうとしているかのように肉楔を穿つマシューは、微かに上擦って掠れる声音でリュネットを呼ぶ。今にも泣き出しそうにも聞こえるその声に、リュネットは僅かに困惑を感じながらも、また腹の奥の方が竦み上がるような感覚を抱いた。

「も、いやあっ……、んぁ、あ……はあっ、んぅっ」

「いいよ、リュヌ。僕も、もう……っ」

 互いに昇り詰めたところで、マシューはリュネットにキスをした。苦しげに喘いでいたところを塞がれたリュネットには堪ったものではなかったが、マシューの熱い舌先に乱暴に口腔内を犯されると、くらくらと意識を失いそうになる。
 強く抑えつけられていた所為で僅かに痺れを感じる指先で、マシューの首筋に触れようとする。そのとき、一際強くマシューが腰を押しつけた。
 マシューが小さく声を漏らす。同時にリュネットはなにか変な感覚に襲われた。

 しばらくするとマシューはゆっくりと身体を起こし、リュネットの中から雄身を抜き去った。蜜壁を擦られる感触にリュネットは僅かに震えるが、それ以上は身体に力が入らず、ぐったりと手足を投げ出すこととなった。
 いったいなんだったのだろう――先夜とはあまりにも違いすぎる状況に、リュネットは茫然とした。
 不道徳なことを強いられる恐ろしさと悲しみと、無垢な身体を圧し拓かれる苦痛に苛まれたあの夜と違い、痛みはなかったのだが、わけのわからない感覚に翻弄されることが恐ろしいひとときだった。

「リュネット」

 荒い呼吸に上下する肉づきの薄い腹に指先を這わせ、はっきりと浮き上がっている腰骨の内側をなぞりながら、マシューは囁いた。

「初めの子供は、きみに似た女の子がいいな」

 リュネットは潤む視界でマシューを見上げる。
 なにを言っているのだろう、と心底疑問に思い、説明を聞こうと起き上がろうとすると、やんわりと「駄目だよ」と押し留められた。

「今起き上がると、零れてしまうから」

 怪訝そうにするリュネットを押し留めながら、にっこりと微笑む。
 いったいなんのことだろう、と眉間に皺を寄せると、脚の間を生温かいものが伝い落ちるのを感じた。

「ああ、ほら。零れて来た」

 粗相をしたのか、と再び青褪めるが、マシューが指先でそれを抑える。そのまま中にまで入り込んでくるが、すっかりと柔らかくなっている肉襞は、リュネットの意思に反して受け入れてしまう。再び感じる異物感に引け腰になるが、そこを掴まれて戻され、今度は指先の代わりにもっと太くて硬いものを押し当てられた。
 息を飲む間もなく、熱い楔は再びリュネットの内を穿つ。

「あっ、いやぁ……! また……っ」

 ようやく解放されたと思っていたのに、そんなことはなかったのだ。リュネットは仰け反って思わず涙を零した。

「ねえ、リュネット。これが子供を作る行為だってことは、きみもわかっていただろう?」

 秘めやかな花芯を指先で刺激しながら、マシューは微笑む。
 その言葉にハッとする。知識としてはおぼろげに理解していたが、改めて言われると恐ろしくなった。

 マシューからの求婚を受け入れはした。けれど、まだ嫁入り前の身で、子供が出来るような行為に身を委ねてしまったのだ。なんと恥ずべきことだろうか。
 リュネットは今更ながらに、自分の行動の愚かさに気づく。

 さっと青褪めて震え始めたリュネットの頬に口づけを落とし、マシューはゆるゆると腰を揺する。

「恐がらないで、リュネット」

 再び蹂躙しようとしている不埒な男の優しげな声音に、リュネットは戸惑いの目を向ける。

「大丈夫だよ。腹が大きくなる前に挙式をすればいいことなんだから」

 マシューはうっとりと微笑みながら言った。



 誕生日を祝うカードを置きに来ただけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう――リュネットは掠れて痛む喉で喘ぎながら、カーテンの隙間から朝陽が差し込み始めていることに気づいた。



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