侯爵様と家庭教師

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11 幸せな結婚式

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 考えてみれば、ジョセフは『レディ・リュネット』の顔を覚えていないのだし、屋敷に残されている母の肖像画に面影があったとしても、他人の空似で通してしまえばいいことなのだ。祭壇の前に立つメグの裾を直しながら、そのことに気づいた。
 何故そんな単純なことに気づかなかったのか。見つかることに怯えることばかりに気を取られていて、そんなことも考えつかなかった自分の狭い見識に呆れてくる。

 メグと共に入場して来たマシューは、花婿介添人アッシャーをしているジョセフの姿に気づき、リュネットに険しい表情を向けた。問題はない、という意味を込めて、僅かに頷き返す。

 牧師が結婚許可証を確認することから始まった式は滞りなく進行し、小さなサミュエルは新郎新婦に指輪を渡すという大役も全うした。
 指輪交換の際にメグの手袋を受け取ったリュネットは、親友の最高に幸せそうな笑みを一番の特等席で見ることが出来た。それだけで今まで抱えていた憂鬱な気分がすべて晴れるようだった。
 新郎新婦が誓いのキスを交わしたことで式は幕を閉じ、このあとは屋敷の広間へ移動し、食事会となるのだという。式に参列しなかった知人等もやって来るということで、立食形式の気楽なものだとか。

「時期がよければガーデンパーティーにしたかったの。ここのお庭は薔薇が綺麗だから」

 一度控えの間に戻って化粧直しをしているメグが、そんなことを残念そうに呟いた。
 本来は今年の六月頃に挙式の予定だったのだが、ヘンリーの祖母の体調が思わしくなく、時期をずらすことになったのだという。夏には無事に快復したので、改めて予定を立てた為にこの時期となったのだ。

 でもそれでよかった、とメグは微笑む。

「時期をずらしたお陰でリュヌが見つかったから。きっと神様が、リュヌを探す時間をくれたのだわ」

「メグ……」

 支度を手伝っていたリュネットは、改めて申し訳ない気持ちになった。音信不通になっていた一年以上の間を、この親友はどれだけ心配してくれていたことだろうか。再会してから何度も聞かされていた話だが、彼女の潤んだ瞳に頭が下がる思いだ。
 広間の支度が整ったことが伝えられたので、二人は揃って控えの間を出た。外にはヘンリーが待っていて、優しい笑みと共に新妻へと手を差し出した。

「ヘンリー、こちらがこの世で一番大好きな親友のレディ・リュネットよ」

 メグは夫に腕を絡め、きちんと顔を合わせるのは初めてとなる親友を紹介した。

「やあ、初めまして。お噂はかねがね」

 メグはヘンリーの額が少し涼しげだと評していたが、髪の色が淡いので気になるほどではない。背の高いメグに似合いの高身長のすらりとした体格で、細面の優しげな人だった。

「メグから聞いた通り、優しそうな方で安心致しました。どうぞお幸せに」

「ありがとう。今夜の宴会には参加なさいますか?」

 微笑んで挨拶を交わし合うと、唐突に今夜の予定を尋ねられた。そういえばメグがそんなことを言っていたな、と思い出す。
 本来なら新郎が友人達と挙式前に集まって独身最後の馬鹿騒ぎをする悪習があるのだが、ヘンリーは仕事の都合でそれが叶わなかった為、友人など同年代の男女を集めて気楽な宴会を催すことになっているのだという。日程の都合で新婚旅行の出発も少し先になるので、そういう話が持ち上がったらしい。
 パーティーは苦手だ。あまりそういうものに参加した経験がないし、知り合いもいないので少し苦痛にしか感じられない。また、同年代の友人というのもあまりいなかったので、どう接すればいいのかわからない。
 答えに窮していると、メグが助け舟を出す。

「リュヌはそういう場があまり好きではないのよね? 無理にとは言わないわ」

 夕方までに考えておいて、と言われたので、頷いておく。
 明日はなるべく早めの時間の汽車に乗って帰りたかったのだが、その宴会に参加したら遅くなりそうだ。あまり休むのもゴードンに悪いし、やはり辞退した方がいいだろうな、と思いながら、会食会場の広間へと辿り着く。
 広間には挙式には参列しなかった縁戚や友人知人なども集まっているらしく、先程よりも多くの人々が笑顔と共に祝福の言葉を口にした。

 リュネットはメグ達から離れ、部屋の隅の方へ向かう。少し疲れた。
 椅子が空いていたので腰を降ろさせてもらったところで思わず溜め息が零れたが、おめでたい席で憂鬱そうな表情はよろしくない。慌てて表情は改めた。

 楽しげに談笑し、食事を進める面々を見回しながら、自分の知り合いがまったくいないことに気落ちする。話し相手になってくれそうな人が見当たらないのは、ほんの少しだけ寂しいと感じた。つくづく自分は上流階級とは無縁なのだと思い知らされる。
 メグはヘンリーと共に友人達に囲まれているらしい。同年代の女性達と笑い合っている。その友人と思しき女性達にリュネットは見覚えがないので、メグが社交界で作った友人なのだろう。近づいて行くのはなんとなく躊躇われる。

 ぼんやりしていると、不意に目の前にグラスが差し出された。

「飲み物をどうぞ、お嬢さん」

 そう言って立っていたのはマシューだった。
 またお酒ではないだろうかと警戒しながら見ていると、彼もそれに気づいたのか、笑みを浮かべて「果実水ジュースだよ」と告げた。
 それなら飲んでも問題ない。礼を言って受け取った。

「食事は?」

「そんなにお腹が空いていませんので」

「きみはもう少し食べた方がいいと思うけどね。痩せ過ぎだ」

 呆れたように零しながら隣の椅子に腰を下ろす。リュネットは思わず眉間に皺を刻んだ。

「……メグの傍にいなくていいんですか? 父親代わりでしょう?」

「ヘンリーがいるから問題ない。式が終われば親なんて出番がないものなんだ。初めて知ったけどね」

 そう言って近くを通りかかった給仕係から自分の分のグラスを受け取り、完全にこの場に居座る体勢になる。リュネットはうんざりした。

「ジョセフ・スターウェルとはなにもなかったかい?」

 自分から何処かへ行った方がよさそうだ、と立ち上がろうとしたところへ質問が投げかけられる。その言葉にリュネットは浮かしかけた腰を下ろし、溜め息を零した。

「意外と気づかれないものなんですね。さすがに先日お会いしたことは記憶されていましたが、それ以上はなにも……」

「そう。祭壇の前にいるのを見たときは驚いたよ」

 何事もなかったのならよかった、とマシューは微笑んでワインを口にする。本当に安堵しているような表情だった。
 リュネットもグラスの果実水を飲みながら、そっと横目でマシューを見つめた。

 以前から気になっていた。いくら妹の友人だからといって、どうしてここまで気にかけてくれるのだろうか。
 こんなによくしてくれても、リュネットは彼になにも返すことは出来ない。恩を受けているばかりでは申し訳ないし、とても心苦しい。

 そのことを改めて伝えようと口を開きかけると、離れたところから「エレノアお姉さーん」と幼い声が聞こえて来た。ヴァイオレットだった。

「あ、マシュー伯父様」

 駆け寄って来てからマシューも一緒にいるのに気づき、小さな淑女レディは礼儀正しくお辞儀をした。

「久しぶりだね、お姫様。今日は大事なお役目をご苦労様」

「上手に出来ていたかしら?」

「ああ、とても素晴らしかったよ。さすがは可愛いヴィオラだ」

「可愛いのとお役目が果たせたのは違うと思うの」

 自分が可愛いということは否定しないらしい。微笑ましくて思わず笑ってしまう。

「なにかご用でしたか、ヴァイオレットさん?」

「あ、そうだった。お母様がエレノアお姉さんにお話があるそうなの。丁度いいから伯父様も一緒にいらして」

 こっちこっち、と小さな手に袖を掴まれ、彼女の母であるカトレアの許まで連れて行かれる。カトレアは夫であるギリンガム伯爵と談笑していた。

「お母様、エレノアお姉さんを連れて来ました」

「ああ、ありがとう」

 声に振り返ったカトレアは微笑み、駆け寄って来た娘を抱き締めた。

「なにかご用と伺いました、レディ・ギリンガム」

 リュネットはスカートを抓まんで一礼し、同じく彼女の夫にも礼を取った。

「そうなの。お兄様もご一緒で丁度よかったわ」

 カトレアはにこにこと微笑みながら夫を振り返る。

「こちらね、メグちゃんのお友達のレディ――いいえ、エレノアさん、だったかしら?」

「はい。エレノア・ホワイトです」

「そうそう、エレノアさん。家庭教師ガヴァネスをしていらっしゃるのだけど、今はちょっと事情があって、お兄様のところで働いていらっしゃるの。ね?」

 尋ねるように視線を向けられたので、マシューは頷いた。

「うちの管理人の後任が決まるまで、補佐役を頼んでいるんですよ」

 カトレアの夫であるチャールズに説明すると、ああ、と彼は納得したように頷いた。

「後任の方が決まれば、エレノアさんはまた家庭教師のお仕事に戻られるのよね?」

「ええ、そのつもりです」

 それまでに実家のことが片付いていればそのつもりだが、仕事探しはまた難航するだろう。そのことを思って少し憂鬱な気分になった。

「もしよかったら、我が家の家庭教師をお願いしたいと思ったの。いつ頃後任の方は決まるのかしら?」

 その申し出には素直に驚く。双眸を大きく瞠ってカトレアを見つめ返すと、彼女はその視線が意外だったのか、小首を傾げる。

「どうかなさった?」

「い、いいえ……。ただ、紹介状もなにも見てもいないのに、そんな大事なことを決めてしまってよろしいのかと思いまして」

 いくら妹の友人であるとはいえ、対面したのは今日が初めてだ。簡単に雇ってもらえるほどの信頼関係があるとは思えず、戸惑ってしまう。
 カトレアはころころと笑い声を零した。

「嫌な顔せずに娘の相手をしてくださっていましたもの。それだけで雇う理由にはなりますわ」

 事情を聞くと、ヴァイオレットの家庭教師をしていた女性が、已むに已まれぬ事情で数日前に辞職したところだったらしい。なるべく早くに新しい人を探そうと思っていたのだが、第三子の妊娠発覚とメグの結婚式への列席の為にバタバタとしていて手配が遅れ、まだ求人広告を出せていなかったのだという。
 書き取りなどはヴァイオレット一人でも出来るので、そのあたりは進んで自習しているのだが、計算や歴史の勉強などは、やはりきちんと教えてくれる人がいてくれる方が心強い。外国語の綴りや発音などもそうだ。
 新任の家庭教師が決まるまでは、刺繍やピアノに歌などを中心に、女性らしい教養を身につけさせようとしていたのだが、ヴァイオレットはどうもこちらの方はあまり好きではないらしく、ダンス以外は不熱心なのだとか。

「エレノアお姉さんが先生になるの?」

「そうお願いしているところよ」

 傍で話を聞いていたヴァイオレットが目をキラキラとさせる。

「エレノアお姉さんはお勉強が得意なのですか?」

「え? ええ、そうですね。お勉強はとても楽しいです」

「私と一緒ね!」

 ヴァイオレットはにっこりと笑うとリュネットの手を握り、嬉しそうに飛び跳ねた。行儀が悪いですよ、とカトレアに窘められるが、にこにこ顔は止まらない。
 そんなやり取りにマシューは少し思案する表情になる。

「お兄様? ご都合がよろしくないかしら?」

「いいや、それはリュネット次第だろう。ただ、後任の選出が難航していてね」

「まあ……」

 それは残念だ、とカトレアが気落ちした表情になる。リュネットも少しがっかりだ。
 少し前にハワードに尋ねたところ、後任の選出に渋っているのはゴードンの方らしい。マシューとハワードがよさそうだと判断しても、ゴードンのお眼鏡に適わず、採用を見送った人材も何人かいるとか。
 来年の社交シーズンが始まり、マシューが領地を離れる時期までには決めたいと思っているらしいのだが、あまり上手くいっていないので困っているという話だった。
 リュネットも来年の夏ぐらいまでにはお暇して、貴族達が領地に戻る夏の終わりまでには就職先を決めたいのだが、どうなることやら。

「カティのところに勤めるのなら、僕も安心だ。きみはどうにも危なっかしいからね」

 なんだか引っかかる言い方をするものだ、と思わず双眸を眇めるが、付け足すように「それならメグも安心するだろうし」と言われ、黙って頷いた。
 ヴァイオレットはもう既にリュネットが家庭教師になってくれるものだと思っているらしく、くるくるとまわりを回っている。ちょっと一緒にいただけなのに、懐かれたようだ。
 そんなヴァイオレットの様子を見て、チャールズも「是非とも我が家の家庭教師をお願いしたいな」と目を細めた。何事も相性がいい相手が好ましいと思ったのだろう。
 こんなにも歓迎されているとなると嬉しくなる。リュネット自身も是非とも引き受けたいと思うところなのだが、まだカートランド家での仕事があるわけで、そちらが片付くまでははっきりとした返事が出来ない。契約終了の時期が決まっていればいいのだが、それも明確には決まっていないので、申し訳なく思いながらも返事を保留にさせてもらった。

「そういえば、あなた。サミュエルはどうしたの?」

 つい話し込んでいて気に留めていなかったが、息子の姿が見当たらないことにカトレアが気づく。ああ、とチャールズは頷き、庭を指差した。

「テオドールと遊んでいるよ。ほら」

 言われた先に目を向けてみれば、マリゴールドの息子と一緒になって駆け回っている小さな姿がある。今日の為に仕立てたばかりの礼服が泥塗れになっていて、カトレアは思わず眩暈がした。

「どうして止めてくださらなかったのですか。着替えさせなくちゃ……」

 あんなに泥だらけで祝いの席にいさせるわけにはいかない。しかし、特に着替えは用意して来ていない。使いの者に着替えを取りに行かせるくらいなら、本人も飽きてきているようだし、新郎新婦に暇の挨拶をして帰宅した方がよさそうだ。
 そのことを夫に提案すると、彼は快く了承する。もっとも、彼はこのまま居残り、親戚付き合いの歓談を続けることになるのだが。

「エレノアさんはどうなさる? お顔の色がよろしくないみたいだけれど……戻られるなら、お送りしますわよ」

 話を振られたリュネットは少し驚く。確かに、思わぬ形でジョセフと再会した為に緊張して変な疲労感があるが、大親友の祝いの席を途中退出するのは少し気が咎める。
 返答に躊躇いを浮かべていると、横からマシューの手が伸びて来た。

「――…確かに、あまり顔色がよくないな。屋敷で休んだ方がいいんじゃないか?」

 顎を掴んで上向かされ、リュネットは言葉を失う。どうしてこうも簡単に触れて来るのだろう。失礼ではないか。
 感じ悪く思われない程度にその手を振りほどきながら、リュネットは耳朶が熱くなっているのを感じる。驚いて頭に血が昇ったらしい。

「確かに少し疲れたみたいです。お言葉に甘えさせて頂いてもいいでしょうか、レディ・ギリンガム?」

「ええ、もちろんよ。メグちゃんに挨拶して来ましょう」

 ちょっと待っててね、とヴァイオレットをチャールズとマシューに預け、二人でこの会の主役である花嫁のところへ向かう。先程まで友人達と歓談していたメグの前には、今は姉のマリゴールドがいるだけだ。

「あら、カトレア姉様。何処にいたの?」

「あちらの方で、お兄様と」

 礼拝堂から出たときに別れてしまい、そのまま広間の中で親戚や知人などの相手をしているうちに、お互いの姿が見つけられないでいたのだ。

「メグちゃん、ヘンリーさん、今日は本当におめでとうございます」

「今日は来てくださってありがとう、カトレアお姉様」

 祝い酒の所為なのか、幸せそうに微笑むメグの目許は薄っすらと赤い。

「少し早いのだけれどお暇するわ。サミーが服を泥だらけにしてしまっているのよ」

 苦笑して肩を竦め、庭の方へ視線を向ける。その視線を追ったメグとヘンリーも泥だらけで駆け回る子供の姿に目を止め、あら、と苦笑した。

「いやだ。うちの子もだわ……」

 同じように庭に視線を向けたマリゴールドも溜め息を零す。ケーキを取りに行く、と少し前に消えて行ったのだが、いつの間にか従兄弟同士合流してあんな事態になっていたらしい。男の子はちょっとでも目を離すとなにをしでかすかわからない。

「あれでは馬車が汚れてしまうでしょう。今、タオルを用意させますね」

 ヘンリーは給仕をしていた下僕の一人を呼び止め、大判のタオルを二枚用意し、ついでにお菓子を少し包むように命じた。それを聞いた二人の母は「お気遣いありがとうございます」と僅かに頬を染めて礼を言った。

「リュヌも帰ってしまうの?」

 姉とやって来た親友の姿に、メグは少しだけ寂しそうな顔をした。申し訳なく感じつつも頷くと、やはり残念そうに大きな溜め息が零れた。

「ごめんなさいね。ちょっと疲れてしまったの」

「そう……それなら仕方がないわね」

 突然に花嫁介添人ブライズメイドなど頼んだし、疲れるようなことをやらせた自覚はあったので、それ以上はなにも言わなかった。
 ただ、少し寂しそうに微笑む。
 またしばらく会えなくなることを考えると、やはり別れは名残惜しい。それは二人とも同じ気持ちだった。
 リュネットはメグの手を握る。

「少し横になれば元に戻るわ。迷惑でなければ、夜のパーティーに参加してもいい?」

 その言葉に、メグの顔にパッと花が咲いたように笑みが浮かぶ。

「ええ、もちろんよ! 待っているわ」

「じゃあ、また夜に来るわね」

「ええ。でも、無理はしなくていいからね? 具合がよくなかったら、ゆっくりしてて」

「わかっているわ」

 お互いに挨拶を終えると、カトレアからヴァイオレットを連れて来るように頼まれる。リュネットは快く頷き、先程までいた場所へと戻って行った。
 その様子を見送りながら、三姉妹はさっと視線を交わし合う。

「どうだった?」

「私はよくわからなかったけど、彼女はいい子そうだわね。嫌いではないわ」

「カトレアお姉様は?」

「メグちゃんの言う通りかも知れないっていうのが、私の所感よ。お兄様は彼女のことを随分気にかけているみたい」

「やっぱり?」

「なに? 内緒話ですか?」

 急に小声でひそひそと始めた新妻姉妹を眺め、ヘンリーが少しの疎外感を抱きながら尋ねる。あら、とメグが慌てて顔を上げる。

「仲間外れにしたわけじゃないのよ、ごめんなさい。でもこれは、いつまでもフラフラしているお兄様を落ち着かせる為の、とても大事な作戦なの」

「それは重大だ」

 愛しい妻からの説明に、ヘンリーは神妙な面持ちで頷いた。マシューの女性関係の噂はヘンリーもよく知っている。
 三人はまた顔を寄せ合い、メグの作戦を支持することを決めた。

「帰ってから夫と相談してみるわ。上手く行きそうだったら連絡する」

「お願いね、マリゴールドお姉様」

 そんな取り決めを交わしているところに、リュネットがヴァイオレットと一緒に戻って来た。

「お待たせ致しました」

「いいえ、大丈夫よ。じゃあね、メグちゃん。新婚旅行が終わる頃にでも、ゆっくり会いましょう」

「ええ、お土産楽しみにしていてちょうだい。ヴィオラもね」

「はぁい」

 元気よく返事をする幼い姪の頭を撫でてやり、メグは微笑む。
 今夜また会うことになっているので大袈裟な別れの挨拶はせず、リュネットも手を振って親友と別れた。

「――…ところで、その大事な作戦とやらを、僕も聞いていいかな?」

 すれ違う親戚達に暇の挨拶をしながら立ち去って行く姉と親友の姿を見送っていると、隣で同じように見送っていた夫が話しかけてくる。あら、と意外な思いで振り返った。

「興味があるの?」

「うん、まあね」

 そう言って悪戯っぽい笑みを向ける。メグは笑った。

「いいわ。仲間にして差し上げる」

「有難き幸せ」

「でも、お兄様に気づかれないようにしてね。あの人、変なところで勘が鋭いから」

了解です、奥様イエス・マム

 くすくすと笑い合っていると、声をかけられる。ヘンリーの母方の親戚にあたる老婦人達だった。二人はにこやかに振り返り、老婦人達からの祝いの言葉を有難く受け取り、今日の式に参列してくれたことに対して礼を言った。

 食事の方が粗方落ち着いて来ると、何処からともなく軽快な音楽が流れ始める。先程まで祝いの席に相応しい明るめの曲を演奏していた楽団が、ダンスに適した曲に切り替えたようだ。自然と広間の中心部に空間が出来始め、そこへ何人かの男女が出て来て楽しそうに踊り始める。まわりからは手拍子が沸き始めた。
 メグも手拍子を打ちながら、今日は深夜までこういう調子なんだろうな、と考えてしまう。自分達で計画したことだが、昼から深夜までパーティーとなると、少し疲れてしまうような気がするのだ。まだ若いから無理が利くとはいえ、明日は昼過ぎまで寝てしまいそうだ。

 笑顔を浮かべながら、視線は広間の中を彷徨い、兄の姿を探す。
 マシューは窓際のところでチャールズと、マリゴールドの夫であるアンソニーと一緒に談笑している。

(お兄様だけが独身なのよね……)

 三人は同年代だ。そう思うと思わず溜め息が零れてしまう。
 結婚しなければ半人前、などという世間の考えに感化されているわけではない。あの兄は若くして家督を継ぎ、当主として立派に務めて来たのだ。誰が相手であろうともその兄を半人前などと言わせはしない。
 けれど、あの女好きで浮ついている性格は早々にどうにかしなければ、と妹達は揃って思っている。

(リュヌには悪いけど、ちょっと協力してもらいましょう)

 招待客達がすっかりダンスに興じ始めたのを見計らい、メグはヘンリーに姉達と練っている計画についての概要を耳打ちした。


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