春の落とし子

suomi

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第一章 春の遅れ①

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ほの暗く、厚い雲が空を覆っている。風は冷たく、季節はまだ全てのものを眠らせたままだ。その寒さを際立たせるように、森の木が枝をゆらし、枯れた音をたてる。
「帰ってきたぞー」
森の中から馬の手綱を引いた一人の男が現れると、その男を見つけた村人が叫んだ。男の紺色の装束は薄汚れ、一歩一歩に疲労感が漂っている。
その声に答えるように、黒く硬そうな木材で建てられた家々から住人が一人、また一人と出てくる。皆、一様にどこか不安げな表情を浮かべていた。いつの間にか、人々は男を取り囲む程の人だかりをつくっていた。人だかりは中央から二つに割れ、その中心から杖をついた老人が進み出た。
「よく戻ってきた。詳しいことは中で聞こう」
老人の丸まった背中に導かれ、男は奥に見える村で一番大きな高床式の館の中に入っていった。男と老人の後に続き、他に何人かの村人もその中に入ると、館の扉は閉ざされてしまった。
「さて、デズヤよ、お前が町で見聞きしてきた全てを話しておくれ」
老人がきり出した。どうやら、老人はこの村の長のようであった。
館の中に家具はなく、その代わりに、赤地に白いはん点がある巨大な獣の毛皮が壁にかけてあった。その毛皮の前には、供え物といっしょに、丸太に手足を付けたような黒い女性の像が祭られていた。館の中心には細長い長方形をした囲炉裏があり、わずかな日の光しか射さない室内を朱色に染めていた。
「私が行った町も含め、どこもかしこも季節は巡っておりませんでした。やはり、都にも春は訪れていないようです。いまや、大陸中が大きな騒ぎになっていると聞きました。おそらく、この世界全てに、春は訪れていません。
村長、あくまで商人たちから聞いた噂なのですが、どうやら国王が病に倒れたとのこと。もしもそれが本当ならば、春の神が訪れないことと何か関係があるのではないでしょうか」
「ふむ。上春の月を十と五日も過ぎたというのに、いまだ春の神の訪れがないとはかつて一度もなかったこと。それらの話からも、やはり春の神に何かが起こったということだろうか」
村長は、そう言うと囲炉裏の火に目をやり、なにやら深く考え込んだ。室内ではパチパチと火がはじける音がし、外からの風が壁を叩いていた。
「村長、このまま季節が巡らなければ、家畜も養えず、畑に種をまくこともできません。いずれ食糧もなくなりましょう。そうなれば、生きるために、我らが先祖から受け継いだこの土地を捨てなくてはなりません。これは一大事です」
白髪混じりの背の低い女性が、静けさに耐えられなくなり立ち上がった。村長は、ゆっくりと周囲を見回した。そして、入り口近くの右端に座っていた男に目をやり、言った。
「この世界に異変がおきていると考えるのが妥当のようだ。もはや、猶予はあるまい。春の神を捜し出し、この異変をおさめてくれまいか。春の神と話すことを許された、春の祝福を受けし者、ンドレよ」
 ンドレは、ただ一言「わかりました」とだけ答えた。その真っ直ぐに見据えた目は、春の祝福を受けた者の証である緑色をしている。それは、春の神の目と同じ色で、新緑を表す色だった。
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