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サキSide 1
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サキSIDE 1
夜、太陽が海に沈んで星が見える日には、レイが解説係りになる星の観察が行われる。
今日はレイの身体が冷えないよう、お腹には鹿の毛皮が巻かれており、下にはハムが、レイを抱きかかえる様にして横たわっている。ハムがレイを、特別扱いしているわけではない。ハムが「レイの言う星の位置が、よくわからない」と言いだし、レイと同じ視点で星が見える様に、顔と顔を重ねる様にしているのだ。
「ハムさん、重くないですか?」
レイが心配そうに尋ねると、ハムは「軽すぎるくらいだ」と言い、レイに話しの続きを促した。
「あの山と山の間にある星が見えると、秋に是川から人が来るんだよ」
レイは言葉を口にし、ハムが「ああ、あれか」と呟きつつ、自分の手をその星に向けた。「レイさん。たまに星が流れて消えるのが見えますが、あれは何でしょうか?」
ユウがハムの隣で寝転びつつ尋ねた。
私たちの間では、流れる星は『人が産まれた瞬間』か、『人が死んだ瞬間』という、二つの考えがある。しかし、流れ星が見えた瞬間に産まれた赤ん坊はいないし、亡くなった人もいない。私たちの考えには、何の根拠も無いのだ。
「レイはどう思う?」
レイの下から、ハムが尋ねた。
「僕は、旅に出ているんだと思います」
「旅?」
寝転んでいたカトが立ち上がりつつ、レイをじっと見つめた。
「人が産まれるにしろ、亡くなるにしろ、どちらも新しい何かに向かって行くんだ。だから、星も何処かに行こうとして、流れていくんだと思うよ」
レイは少し、のどに痰が絡み付きながらも、カトたち子どもに聞こえる様に話した。
「北の星は動かないって言うけど、それはどうしてだ?」
ハムが北にある星に向かって手を伸ばすと、レイは「きっと、寒くて獣みたいに、冬眠しているんだよ」と言い、小さな子供たちが笑いだした。
レイの星の観察を、何の役にも立たないという大人もいる。しかし、私たちにはわからなくとも、小さな子供たち、その子供たちに、何かしらの影響があるのかもしれないと、私は考えている。
渡島と是川の間にある大きな海を越えて、カラとレイが出逢った様に、何かが起きるかもしれない。そんな漠然とした期待が、私の中にあった。
「ハムさんは、僕の言う星の動きをどう考えていますか?」
レイが下にいるハムに尋ねると、ハムは「道に迷わなくなるな」と、素直に答えた。
「星の動きに興味が無かったら、お前の下になんていないし、髪の毛を薬草で煎じたお湯で、洗おうとなんてしないさ」
ハムはそう言って、レイの髪の毛に息を吹きかけた。
すると、ユウがレイの下にいるハムの髪の毛の臭いを嗅いだ。
「ハムさんも、髪の毛を洗った方がいいですよ。少し、臭いますよ?」
ユウが言うと、ハムは「明日、洗おうと思っていたんだ」とぶっきらぼうに言ったが、レイも「ハムさん、上にいる僕にも臭いが気になりますよ?」と冗談を言い、ここにいるみなが笑った。
「レイ、お前もか?」
ハムは怒ったような口調でレイの耳を引っ張りつつ、自分の身体の位置を変えて「次は、南の星の事を教えてくれ」とレイに言い、話題を変えた。
「あの星が見えると、風の匂いが変わって来るんだ」
レイが言うと、子供たちは「どう思う?」と、囁き合った。
「その風が来ると、カラが来るのか」
ハムが呟くように言うと、レイは「そうですね」と言い、苦笑した。
「ハムさんは、カラの事がまだ嫌いですか?」
「嫌いだな」
レイの問いに、ハムは即答して頭を掻いた。
「だが、仲間外れにしたいほどの嫌いじゃない。何となく、だ」
ハムは少し言い淀みながら、レイに言った。
「僕はずっと、ハムさんがカラの事を『嫌いだ』って言ってくれた方が嬉しいです」
「どういう事だ?」
レイの言葉に、ハムも私も驚いた。
「だって、カラはみんなに好かれようとしているんです。そんな事は無理だって言ってくれる人がいないと、困る事になるかもしれませんよ?」
レイはそう言って、少し寂しそうに笑った。
大船村から来た人の中には、レイの身体の事を『呪いか何かなのか?』と、怪しむ人もいた。人は誰からも好かれたいと思うが、それは不可能だ。その事を、カラに伝えてほしいという思いなのだろう。
「お前自身が言えよ」
ハムが言うと、レイは「ずっと、言い続けて欲しいんです」と、珍しく懇願する様な声を出した。
「わかったよ。でも、そのうち好きになるかもしれないぞ?」
「その時はその時です。カラの事を嫌っている人を探して、伝えてあげて下さい」
レイが言うと、ハムはため息をついた。
「まったく、やっかいな子供たちだ。これもみんな、カラのせいだ」
ハムはそう言って、レイの身体を揺らした。
「あ、腰の辺りをもう少し強く揺さぶってくれませんか。最近、少し痛いんです」
「俺を按摩に使うな」
ハムはそう言って、レイに自分の頭の匂いを嗅がせるようにした。
「臭いますよ」
レイが言うと、ユウやカトといった子供たちもハムの頭の臭いを嗅いで、「洗って下さいよー」と言いだし始めた。
私たちは満天の星空の下で、その星空に負けないくらい明るかった。
夜、太陽が海に沈んで星が見える日には、レイが解説係りになる星の観察が行われる。
今日はレイの身体が冷えないよう、お腹には鹿の毛皮が巻かれており、下にはハムが、レイを抱きかかえる様にして横たわっている。ハムがレイを、特別扱いしているわけではない。ハムが「レイの言う星の位置が、よくわからない」と言いだし、レイと同じ視点で星が見える様に、顔と顔を重ねる様にしているのだ。
「ハムさん、重くないですか?」
レイが心配そうに尋ねると、ハムは「軽すぎるくらいだ」と言い、レイに話しの続きを促した。
「あの山と山の間にある星が見えると、秋に是川から人が来るんだよ」
レイは言葉を口にし、ハムが「ああ、あれか」と呟きつつ、自分の手をその星に向けた。「レイさん。たまに星が流れて消えるのが見えますが、あれは何でしょうか?」
ユウがハムの隣で寝転びつつ尋ねた。
私たちの間では、流れる星は『人が産まれた瞬間』か、『人が死んだ瞬間』という、二つの考えがある。しかし、流れ星が見えた瞬間に産まれた赤ん坊はいないし、亡くなった人もいない。私たちの考えには、何の根拠も無いのだ。
「レイはどう思う?」
レイの下から、ハムが尋ねた。
「僕は、旅に出ているんだと思います」
「旅?」
寝転んでいたカトが立ち上がりつつ、レイをじっと見つめた。
「人が産まれるにしろ、亡くなるにしろ、どちらも新しい何かに向かって行くんだ。だから、星も何処かに行こうとして、流れていくんだと思うよ」
レイは少し、のどに痰が絡み付きながらも、カトたち子どもに聞こえる様に話した。
「北の星は動かないって言うけど、それはどうしてだ?」
ハムが北にある星に向かって手を伸ばすと、レイは「きっと、寒くて獣みたいに、冬眠しているんだよ」と言い、小さな子供たちが笑いだした。
レイの星の観察を、何の役にも立たないという大人もいる。しかし、私たちにはわからなくとも、小さな子供たち、その子供たちに、何かしらの影響があるのかもしれないと、私は考えている。
渡島と是川の間にある大きな海を越えて、カラとレイが出逢った様に、何かが起きるかもしれない。そんな漠然とした期待が、私の中にあった。
「ハムさんは、僕の言う星の動きをどう考えていますか?」
レイが下にいるハムに尋ねると、ハムは「道に迷わなくなるな」と、素直に答えた。
「星の動きに興味が無かったら、お前の下になんていないし、髪の毛を薬草で煎じたお湯で、洗おうとなんてしないさ」
ハムはそう言って、レイの髪の毛に息を吹きかけた。
すると、ユウがレイの下にいるハムの髪の毛の臭いを嗅いだ。
「ハムさんも、髪の毛を洗った方がいいですよ。少し、臭いますよ?」
ユウが言うと、ハムは「明日、洗おうと思っていたんだ」とぶっきらぼうに言ったが、レイも「ハムさん、上にいる僕にも臭いが気になりますよ?」と冗談を言い、ここにいるみなが笑った。
「レイ、お前もか?」
ハムは怒ったような口調でレイの耳を引っ張りつつ、自分の身体の位置を変えて「次は、南の星の事を教えてくれ」とレイに言い、話題を変えた。
「あの星が見えると、風の匂いが変わって来るんだ」
レイが言うと、子供たちは「どう思う?」と、囁き合った。
「その風が来ると、カラが来るのか」
ハムが呟くように言うと、レイは「そうですね」と言い、苦笑した。
「ハムさんは、カラの事がまだ嫌いですか?」
「嫌いだな」
レイの問いに、ハムは即答して頭を掻いた。
「だが、仲間外れにしたいほどの嫌いじゃない。何となく、だ」
ハムは少し言い淀みながら、レイに言った。
「僕はずっと、ハムさんがカラの事を『嫌いだ』って言ってくれた方が嬉しいです」
「どういう事だ?」
レイの言葉に、ハムも私も驚いた。
「だって、カラはみんなに好かれようとしているんです。そんな事は無理だって言ってくれる人がいないと、困る事になるかもしれませんよ?」
レイはそう言って、少し寂しそうに笑った。
大船村から来た人の中には、レイの身体の事を『呪いか何かなのか?』と、怪しむ人もいた。人は誰からも好かれたいと思うが、それは不可能だ。その事を、カラに伝えてほしいという思いなのだろう。
「お前自身が言えよ」
ハムが言うと、レイは「ずっと、言い続けて欲しいんです」と、珍しく懇願する様な声を出した。
「わかったよ。でも、そのうち好きになるかもしれないぞ?」
「その時はその時です。カラの事を嫌っている人を探して、伝えてあげて下さい」
レイが言うと、ハムはため息をついた。
「まったく、やっかいな子供たちだ。これもみんな、カラのせいだ」
ハムはそう言って、レイの身体を揺らした。
「あ、腰の辺りをもう少し強く揺さぶってくれませんか。最近、少し痛いんです」
「俺を按摩に使うな」
ハムはそう言って、レイに自分の頭の匂いを嗅がせるようにした。
「臭いますよ」
レイが言うと、ユウやカトといった子供たちもハムの頭の臭いを嗅いで、「洗って下さいよー」と言いだし始めた。
私たちは満天の星空の下で、その星空に負けないくらい明るかった。
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