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オクと一緒にキノジイの家に行くと、キノジイは家にいなかった。
「僕は洞窟だと思います」
「じゃあ、僕は近くの丸太置き場かな?」
僕たちはキノジイのいる場所を予想し合いつつ、まず洞窟に向かった。
「キノジイさーん」
オクの声は洞窟の中に響きわたったが、返事はなかった。
「じゃあ、丸太置き場に行こうか」
キノジイはキノコを千切り、花の種を土に植える様に、丸太にねじ込むようにして栽培もしている。
「キノジイ、そろそろのど渇いていない?」
僕が丸太置き場に声をかけたが、そこには誰もいなかった。
「何処に行ったんでしょうね?」
僕はオクの問いに答える事が出来ず、いったんキノジイの家に引き返す事にした。すると、いつの間にかキノジイは自分の家に戻っていた。
「キノジイ、いつ帰ったの?」
僕が尋ねると、キノジイはとぼけた顔で「はて、ずっと家におったがのう」と言いだした。
「キノジイさん。本当は近くの池に行っていたんでしょ。足に、泥が付いていますよ?」
オクがキノジイの足を見つめながら言うと、キノジイは観念した様に「オクにはかなわんわい」と言い、木の面の穴から舌を出した。
「カラなら、騙せたんじゃがな」
「キノジイ、いくら僕でも騙されないよ」
僕たちは言い合いつつ、キノジイから干しキノコを貰った。
「カラ。レイという子は、もう首しか動かないんじゃったな」
キノジイは思い出したかのように言い、僕は「そう、ハムさんが言っていたよ。もしかしたらと考えると、恐くなるって事も言っていた」と答えた。
「ワシもガンやキンに頼み、年寄り同士の話し合いでレイの病気について知っている人はいないか、尋ねてもらった。しかし、誰もおらんかった」
キノジイはそこまで言い、ため息をついた。
「人と人は、わかり合える。時間はかかってもな。それは、お前さんもハムも同じ意見のはずじゃ。が、病とだけはわかり合えない。
時間が経てばたつほど、苦しめるだけじゃ」
「キノジイは、レイの事を可哀そうだと思っているの?」
「わからない。と、言えば逃げている事になる。可哀そうだとは思っておる。どうしてワシの様な人間は長生きしておるのに、将来のある子供が病で苦しまなくてはならないんじゃ。理不尽だ」
キノジイは強い口調で言い、普段使っている木の棒を叩いた。
「僕は、レイがいたから成長できたと思っているよ。キノジイが言っていた『立派な子供』になれたかどうかはわからないけど、ハムさんも『責任』を背負える大人になったよ」
僕がキノジイに言うと、キノジイはまたしても木の棒を叩いた。
「それはわかっておる。しかし、でも、だが、いくら言葉を尽くしても尽くし切れない。ワシはレイに直接会った事はないが、お前さんら子供を見ていればわかる。ウドやヤンと違った視点で、物事を見ておる。ウドやヤンが劣っているというわけではない。わかってはいる。人間はいつか死ぬ。それが早過ぎる。そして、早過ぎるからこそお前さんらは今ここにいて、ウドやヤンとは違った成長をした姿をワシに見せておる。レイはお前さんらを成長させた。なのに、どうしてそのレイが早く死ななければならん。神がいるなら姿を見せろ。どうしてレイを殺そうとするんだ!」
キノジイは何かに憑かれた様に哭泣した。その様子を見て、オクはキノジイの背中を優しくさすり、落ち着かせようとした。
「すまんかった。お前さんたちにあたるつもりはなかったんだ」
キノジイは荒い息のまま、僕たちに謝った。
「僕も、キノジイと同じ気持ちだよ。レイが病気だったから、僕は今ここにいて、色んな事をして成長したんだ。でもそれは、レイが病気だったからなんだ。おかしいよね。自分以外の人が病気になっているから、自分が成長するなんてさ」
僕は自嘲気味に、キノジイとキノジイの背中をさすっているオクに言った。
「でもそれを決めるのは、キノジイでも僕でも無くて、レイなんだ。可哀そうだとも。自分が不幸だと思うのも。全部、レイが決める事なんだよ」
僕の気持ちは複雑だった。どう言葉にしていいのかわからない。決めるのはレイで間違いない。けれど、周りの人はそれで納得するのだろうか。
気まずい沈黙を破る様に、オクが口を開いた。
「一緒に、いてあげて下さい」
「一緒にって、レイと?」
僕の言葉に、オクは頷いた。
「イケさんが言っていました。キノジイさんはダリが亡くなる前に、カラさんにダリと一緒にいた方がいいって、言っていたって」
「レイとダリは違うよ」
僕が言うと、オクは首を横に振った。
「僕とズイは、同い年の仲間を亡くしました。ずっと同じ家で看病していましたが、僕とズイは、キンさんから絶対逃げないようにと言われていました」
「逃げないようにって?」
「大切な人が亡くなる瞬間から、目を逸らすなって」
オクが言い終えると、キノジイは大きく息を吐いた。
「キンめ、厳しすぎるぞ」
キノジイはそう言って、背中を撫でているオクを、逆に撫で始めた。
「キノジイは、レイが死ぬって思っているの?」
僕は自分でも口にしたくない言葉を言い、キノジイにもわからないだろう疑問をぶつけた。
「死に至る病は全て、最後に身体が動かなくなり、意識も無くなり、呼吸が止まって死ぬ。レイの病はわからんが、おそらくそうなるじゃろうな」
キノジイは感情を無くした口調で答えた。僕もそうなるだろうと予期はしていた。でも、他の人から言われてしまうと、本当にそうなるかもしれないという思いが一段と強くなった。
「キノジイ、もし僕がレイと入江で冬を越したいって言ったら、わがままになるかな?」
「なるな。勝手に班長の任を投げ出した事になるからな」
キノジイは即答し、オクにやっていた手を、僕に向けた。
「是川に住む皆全員を説得し、今まで生きてきて、過ごした期間が一年にも満たない他人のために、厳しい冬を入江で越し、最後まで
見届ける覚悟はあるか?」
僕はすぐに答える事が出来ず、「ちょっと考えてきます」と言い、キノジイの家から出た。
キノジイの家からはオクの声が聞こえたが、何と言っているのかは分からなかった。
オクと一緒にキノジイの家に行くと、キノジイは家にいなかった。
「僕は洞窟だと思います」
「じゃあ、僕は近くの丸太置き場かな?」
僕たちはキノジイのいる場所を予想し合いつつ、まず洞窟に向かった。
「キノジイさーん」
オクの声は洞窟の中に響きわたったが、返事はなかった。
「じゃあ、丸太置き場に行こうか」
キノジイはキノコを千切り、花の種を土に植える様に、丸太にねじ込むようにして栽培もしている。
「キノジイ、そろそろのど渇いていない?」
僕が丸太置き場に声をかけたが、そこには誰もいなかった。
「何処に行ったんでしょうね?」
僕はオクの問いに答える事が出来ず、いったんキノジイの家に引き返す事にした。すると、いつの間にかキノジイは自分の家に戻っていた。
「キノジイ、いつ帰ったの?」
僕が尋ねると、キノジイはとぼけた顔で「はて、ずっと家におったがのう」と言いだした。
「キノジイさん。本当は近くの池に行っていたんでしょ。足に、泥が付いていますよ?」
オクがキノジイの足を見つめながら言うと、キノジイは観念した様に「オクにはかなわんわい」と言い、木の面の穴から舌を出した。
「カラなら、騙せたんじゃがな」
「キノジイ、いくら僕でも騙されないよ」
僕たちは言い合いつつ、キノジイから干しキノコを貰った。
「カラ。レイという子は、もう首しか動かないんじゃったな」
キノジイは思い出したかのように言い、僕は「そう、ハムさんが言っていたよ。もしかしたらと考えると、恐くなるって事も言っていた」と答えた。
「ワシもガンやキンに頼み、年寄り同士の話し合いでレイの病気について知っている人はいないか、尋ねてもらった。しかし、誰もおらんかった」
キノジイはそこまで言い、ため息をついた。
「人と人は、わかり合える。時間はかかってもな。それは、お前さんもハムも同じ意見のはずじゃ。が、病とだけはわかり合えない。
時間が経てばたつほど、苦しめるだけじゃ」
「キノジイは、レイの事を可哀そうだと思っているの?」
「わからない。と、言えば逃げている事になる。可哀そうだとは思っておる。どうしてワシの様な人間は長生きしておるのに、将来のある子供が病で苦しまなくてはならないんじゃ。理不尽だ」
キノジイは強い口調で言い、普段使っている木の棒を叩いた。
「僕は、レイがいたから成長できたと思っているよ。キノジイが言っていた『立派な子供』になれたかどうかはわからないけど、ハムさんも『責任』を背負える大人になったよ」
僕がキノジイに言うと、キノジイはまたしても木の棒を叩いた。
「それはわかっておる。しかし、でも、だが、いくら言葉を尽くしても尽くし切れない。ワシはレイに直接会った事はないが、お前さんら子供を見ていればわかる。ウドやヤンと違った視点で、物事を見ておる。ウドやヤンが劣っているというわけではない。わかってはいる。人間はいつか死ぬ。それが早過ぎる。そして、早過ぎるからこそお前さんらは今ここにいて、ウドやヤンとは違った成長をした姿をワシに見せておる。レイはお前さんらを成長させた。なのに、どうしてそのレイが早く死ななければならん。神がいるなら姿を見せろ。どうしてレイを殺そうとするんだ!」
キノジイは何かに憑かれた様に哭泣した。その様子を見て、オクはキノジイの背中を優しくさすり、落ち着かせようとした。
「すまんかった。お前さんたちにあたるつもりはなかったんだ」
キノジイは荒い息のまま、僕たちに謝った。
「僕も、キノジイと同じ気持ちだよ。レイが病気だったから、僕は今ここにいて、色んな事をして成長したんだ。でもそれは、レイが病気だったからなんだ。おかしいよね。自分以外の人が病気になっているから、自分が成長するなんてさ」
僕は自嘲気味に、キノジイとキノジイの背中をさすっているオクに言った。
「でもそれを決めるのは、キノジイでも僕でも無くて、レイなんだ。可哀そうだとも。自分が不幸だと思うのも。全部、レイが決める事なんだよ」
僕の気持ちは複雑だった。どう言葉にしていいのかわからない。決めるのはレイで間違いない。けれど、周りの人はそれで納得するのだろうか。
気まずい沈黙を破る様に、オクが口を開いた。
「一緒に、いてあげて下さい」
「一緒にって、レイと?」
僕の言葉に、オクは頷いた。
「イケさんが言っていました。キノジイさんはダリが亡くなる前に、カラさんにダリと一緒にいた方がいいって、言っていたって」
「レイとダリは違うよ」
僕が言うと、オクは首を横に振った。
「僕とズイは、同い年の仲間を亡くしました。ずっと同じ家で看病していましたが、僕とズイは、キンさんから絶対逃げないようにと言われていました」
「逃げないようにって?」
「大切な人が亡くなる瞬間から、目を逸らすなって」
オクが言い終えると、キノジイは大きく息を吐いた。
「キンめ、厳しすぎるぞ」
キノジイはそう言って、背中を撫でているオクを、逆に撫で始めた。
「キノジイは、レイが死ぬって思っているの?」
僕は自分でも口にしたくない言葉を言い、キノジイにもわからないだろう疑問をぶつけた。
「死に至る病は全て、最後に身体が動かなくなり、意識も無くなり、呼吸が止まって死ぬ。レイの病はわからんが、おそらくそうなるじゃろうな」
キノジイは感情を無くした口調で答えた。僕もそうなるだろうと予期はしていた。でも、他の人から言われてしまうと、本当にそうなるかもしれないという思いが一段と強くなった。
「キノジイ、もし僕がレイと入江で冬を越したいって言ったら、わがままになるかな?」
「なるな。勝手に班長の任を投げ出した事になるからな」
キノジイは即答し、オクにやっていた手を、僕に向けた。
「是川に住む皆全員を説得し、今まで生きてきて、過ごした期間が一年にも満たない他人のために、厳しい冬を入江で越し、最後まで
見届ける覚悟はあるか?」
僕はすぐに答える事が出来ず、「ちょっと考えてきます」と言い、キノジイの家から出た。
キノジイの家からはオクの声が聞こえたが、何と言っているのかは分からなかった。
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