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「こういうのって、親不孝者って言うんだよね?」
小さな子供に言われ、僕は少し言葉に詰まった。
「そうだな。でも、逆の立場ならその事を、お前は正直に話せるのか。カラさんはお前に同じような事をしてほしくないから、今話しているんだ」
小さな子供の兄だろう子供が、僕を擁護する発言をしてくれた。
「僕はその子の言う様に、親不孝者だ。だからこそ伝えたいんだ。人に理解してもらいたいなら、まず自分から相手を理解しないといけない事を」
僕は家出の事を包み隠さず話し、いつの間にか太陽が海に沈む直前になっていた。
「今日はもう、終わりにしようか」
 僕が話し終えると、先ほどの小さな子供が口を開いた。
「明日も、聞いていい?」
「え、家出の話はもう終わったけど?」
「ううん。他の事ももっと知りたい。三内や、仁斗田島の鞭中の話も、もっと知りたいよ」
 その子が言うと、他の子供も聞きたがっている様子だった。
「うん、俺も聞きたいな。仁斗田島の事は詳しく聞いていないからね」
 いつの間にか、子供たちの輪の中にバクさんが混じっていて、ラドさんに引っ張られていた。
「カラ、明日は大人たちで船の仕事をするから、子供はカラの話を聞いておくといいと、他の村の大人たちも言っていたぞ」
 ラドさんがそう言うと、子供たちは「二ツ森の話も聞きたい」など、声をあげてきた。
「わかりました。でも、大人たちが仕事を手伝ってほしいといったら、そっちを優先するからね」
 僕がそう言うと、子供たちは返事をして、村々の大人たちの元へ帰っていった。
「あと、バクは土器を造ってもらうぞ」
「え、もう終わったんじゃないの?」
「一個だけ造って終わりだなんて、言っていないぞ。それに、焼き終わるまでが土器造りなんだぞ?」
 ラドさんがじっと、バクさんを見つめた。
「うーん。焼き終わるまでの時間がもったいないじゃん。その分、狩りをした方がいいと思うけどなぁ」
 バクさんはそう言い淀み、僕の方を見た。
「僕はちゃんと、自分で村に帰る事を決めて、自分で謝罪をして村に新しく入りました。だから、バクさんにも自分で最後まで土器を造ってほしいと、僕は思っています」
 僕がそう言うと、バクさんは観念したように「わかったよ」と、珍しく口を尖らせて答えた。
「バクさんは、土器造りが嫌いなんですか?」
 僕が思いついたように尋ねると、代わりにラドさんが口を開いた。
「嫌いと言うより、待つ事が嫌いなんだよな?」
 ラドさんがそう言うと、バクさんは「そうなんだよ」と言って、口を開いた。
「待つって、何だか何もしていないみたいで落ち着かないんだ」
バクさんは心底、そう思っているようだった。
「バクさん。これはレイが言っていた事ですが、火を見ていると次第に心が落ち着くそうです。身体が思う様に動かせなかったり、嫌な事があっても、火から出る小さな黒いすすを見ていると、気が楽になるそうですよ」
 僕が言うと、バクさんは「そうなのかなぁ?」と半信半疑で僕を見つめ、ラドさんを見つめた。
「ああ、俺も火を見ていると落ち着くぞ?」
 ラドさんも賛同し、バクさんは先ほどとは違った口調で「わかったよ」と言った。
ラドさんからは後で「ありがとうな」というお礼の言葉を貰ったのだが、秋頃には「火の傍から離れなくて困っている」という話を、イケから聞いた。
「僕もバクさんと火を眺めていると、何となく土偶や土器の模様を描くきっかけが生まれそうなんです」
 僕はその話に聞いて苦笑しつつも、秋に入江に行ける事になった喜びが湧きあがっていた。
 入江に行くのは子供では僕とウル、マオとカオになった。マオとカオはシキさんから「俺の造った漆を、どう使っているか見てきてほしい」と頼まれたそうだ。
「船は揺れるって聞いていますが、大丈夫でしょうか?」
 ウルは心配そうな顔つきだったが、僕は「船に合わせて身体を動かせば大丈夫」と言い、ズイも「船の動きに合わせるんだ」と言った。
「もし船から落ちても、カラさんが泳いで助けてくれるから大丈夫だよ」
 ヨウは力強く、ウルの肩を叩いた。僕もヨウのおかげで、ずいぶんと泳ぎが得意になった気がする。
「じゃあ、僕はオクと一緒にキノジイの所に干しキノコを貰って来るから、他の子どもはイバさんの手伝いをしておいて」
 僕が言うと、マオとカオが「虫を取ればいいんだよね」と言い、細くて鋭い石器を、腰の籠から取り出した。
「あれ、そんな石器いつ造ったの?」
 イケが僕とマオとカオの方を見て『カラさんが造ったの?』と、言いたげな顔をしていた。
「自分で造ったんだよ」
「毛虫は潰すと悪い汁を出すから、抓んだり突き刺したりして取っているんだよ」
 僕はいつの間に、二人がこれほどの石器を造れる様になったのかと、とても驚いた。
「色々とやっているのは、もうカラさんだけじゃないんですよ?」
ヨウが子供たちを見渡しつつ、僕に言った。

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