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カラSide 5-1

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カラSIDE
 5―1
 仁斗田島の人たちの下痢が治る頃、今度は女性や小さな子供の元気が無くなっていった。虫が悪さをしなくなったはいいものの、食物を食べる力が減っていたのだ。
「去年から、キノジイと一緒にオクがキノコの栽培を始めていてよかったよ。いつもよりも余分に、干しキノコを貰ってこれた」
 沼津村から是川へと、すぐに帰ったコシさんの代わりに、ジンさんがとナホさんやって来た。僕は何となくだが、ジンさんが来てくれてほっとしていた。
「オクも『自分が欲しキノコの知識があるから連れて行って』と言って来たがっていたが、急ぎの用ってこともあって置いてきた。船でここまで来るには、波や岩礁があって危ないからな」
 僕たちはジンさんから干しキノコを受け取りつつ、女性がよく使う、僕には使い方のよくわからない物も受け取った。
「女性の手も必要でしょう?」
 ナホさんはそう言って、手早く元気の無い女性たちの元へ駆け寄っていった。
「兄さん、何か手伝う事はあるか?」
 ジンさんがザシさんに尋ね、ザシさんは「手がいくらあっても足りないさ」と苦笑しつつ、ここを仕切っているハムさんの元へと連れていった。
「何だか、ジンさんが来ると元気が出ました」
 干しキノコを湯が沸いている土器の中に放り込みつつロウさんに言うと、ロウさんは「アラが泣くぞ?」と、僕をからかってきた。
「けど、何となく俺もわかるな。ジンさんが『みんなのお兄さん』って感じだったからな」
 ロウさんも頷きつつ、煮立つ土器の中身を掻きまわした。
 干しキノコの汁が出来たはいいが、拒否する様な顔をしている人たちがいた。以前、毒キノコにあって酷い目にあった経験があるからそうだ。
「俺が最初に飲みますので、大丈夫ですよ」
 ジンさんはそう言ってから汁を飲みこんで、力こぶしが出来る様な恰好をとった。
 その様子を見て、次々と汁を飲む人たちが現れ、まだ迷っている人たちにも、ジンさんは飲むように、優しく語りかけていた。ザシさんは柔らかく煮た、薄味の魚や鳥肉を配っている。
「ハムさん、少し休んでください」
 僕はジンさんたちを見ている、ハムさんに言った。
「そうだな。俺の役割は終わりかな」
 ハムさんは肩の荷が降りて、楽になった顔に見える反面、どこか寂しそうに見えた。
「ハムさんが強引だったから、みんな不安を感じる暇もなく行動で来たんですよ」
 僕が言うと、ハムさんは少し頬をふくらました。
「お前は、じっくりと話し合った方が良いって考えじゃなかったのか?」
「はい。そう思っていましたし、今も変わりません。ですが、ハムさんの様なやり方も必要だって事もわかりました」
僕が言い終えると、ハムさんは鼻を鳴らした。
「これくらい、入江の人間なら誰でも知っているし、他人の介助も慣れているさ」
 ハムさんは背中を向け、ぶっきらぼうに言った。僕は年上の人に失礼かもしれないが、その背中に抱き付いた。
「ハムさんはこんなに温かい人です。例え、誰かがハムさんの悪口を言ったりしたら、僕はとても怒るでしょう」
 僕がそう言うと、ハムさんは僕を振り払う様に「お前は、俺を休ませないつもりか?」と言い、背中に抱きついている僕の手を、いとも簡単に外した。
「レイの介助や小さな子供の相手は、お前より慣れているからな」
ハムさんはそう言って、ジンさんの持ってきた敷物の上で横になった。
「カラ、あれが『責任』を持つ大人だ。来年から、お前もそうなるんだ」
 ロウさんが僕の肩を叩き、僕は力強く頷いた。

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