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カラSide 4-1

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カラSIDE
 4―1
 船に乗っていたのは、ハムさんと同じくらいの大人の若い男性に見えた。
「ここで、何をしているんだ?」
男性は僕たちを少し警戒しつつ、僕たちに向かって口を開いた。ロウさんが少し前に出て、男性に向かって口を開いた。
「俺たちは是川という村から、交流を目的としてきました。あなたの村は、交流を断絶していると聞いていますので、無理に交流を求めようとは思っていません。ですが、何処の村とも交流せずに生きていけるのか、非常に興味があります。村に入らなくとも、話だけでも聞きたくて、ここに来ました」
 ロウさんが言うと、男性は少し考え込むような格好になって、顔を伏せる様な仕草をした。
「ああ、俺たちの村は交流を断絶している。巫子がこの村の安全を祈願しているから、大丈夫だ」
 男性は言い終えると、急にお腹を抑え始めた。
「大丈夫ですか?」
 僕が心配になって近寄ると、男性は「近づくな!」と大きな声を出し、まるで僕を威嚇するようだった。
「この村は今、呪いがかかっているんだ。池を造った、罰を受けているのさ」
 男性は自嘲するように言い、そのまま横たわった。
「おい」
 ハムさんが一目散に男性に走り寄り、男性の顔を見つめた。男性の顔からは玉の様な汗が噴き出ており、痛みをこらえている様に見えた。
「カラ、とりあえず水を持ってこい」
 ロウさんに言われ、僕が残っている水を持ってこようとした時だった。
「水は持ってくるな。ここの水は、呪われているんだ!」
 男性はそう叫び、お腹を抑えながら僕を引き留めようとした。
「水が呪われているってどういう事だよ。俺たちも飲んじまったぞ?」
 ザシさんが不安そうな声を出すと、男性は奇妙な笑声で「お前らも、呪われたな」と言い、顔を一段と歪めてお腹を抑えた。
「俺から離れろ!」
 男性はハムさんを突き飛ばし、身体を横たえたままお腹を抑え、下半身を露わにした。そして、下痢の様な音を出しつつ、水の様な便を出した。
「うぐぅ・・」
 男性はそのままお腹を抑えつつ、さらにお尻から何かが飛び出て来た。それは白っぽく、薄い蛇か何かの様に見えた。
「それが、原因か?」
 ハムさんが呟くように言い、近くに落ちていた木の棒を使って、男性のお尻から取り出そうとした。
「無駄だ。何度取り出しても、腹の中に入って来るんだ。これが、呪いじゃなくてなんだっていうんだ?」
 男性が息も絶え絶えになっている中、白い何かは男性のお尻の中に潜り込むようにして戻っていった。
 僕には、その白いものに見覚えがあった。おそらく、誰でも見覚えのあるものだろう。 
「鞭虫か?」
 ザシさんが男性の身体を海水で洗いつつ、口を開いた。
「鞭虫なんてもんじゃない。あれは呪いだ」
 男性はお尻がきれいになった所で、ようやく人心地ついたようだった。
「お前らも、ここの水を飲んだんだろ。もう、呪いが身体を虫食んでいるだろうよ。この近くの村でも、呪いにかかった奴もいるだろ
うな」
 男性はヤコと名乗り、自嘲気味に僕たちを見渡した。
「おい、鞭虫なら俺も出た事があるぞ。引っ張って遊んだ事さえあるぞ?」
 ザシさんはそう言いつつ、ヤコさんの出した下痢状の便を見つめた。
「は、そんなものとは違うさ。俺たちはここの水を飲んで、呪いにかかった。他の村から来た人間も、ここの水を飲んだら呪われただろう。もう、毎日が下痢だ」
 ヤコさんは目がうつろになりつつあり、僕は身体を支えた。
「だから、交流を絶っているんですか。これ以上、呪われる人が出ない様に」
 ハムさんが尋ねると、ヤコさんは「そうだ」と答えた。
「初めは、流浪しながら生きていけないかって試していたんだ。だが、仁斗田島に定住してみようとした結果がこれだ。俺たちは呪われたんだ。流浪の生活を止めるべきじゃなかったのさ」
ヤコさんはそう言って、身体を横たえた。
「鞭虫なら、ヨモギを煮出した汁を飲めば良いって聞いていますが」
僕が言うと、ヤコさんは「そんなものは、とっくに試したさ」と反論した。
「それで、お前らも呪われたが、これからどうする。是川って村から来たんなら、呪いを持ちかえる事になるぞ?」
 ヤコさんは自暴自棄に僕たちに言い、僕はどう返答しようか考え、ザシさんとロウさんの顔を見つめた。そして、いつの間にかハムさんの姿が見えなくなっていた。
「ハムさん?」
ハムさんはなんと、ヤコさんが出した便を木の棒で掻き回しつつ、何かを探すような仕草をしていた。
「おいおい、呪いが深まるぞ?」
 ヤコさんはそう言って、ハムさんに近づいた。
「これが呪いで、あんたの村はこれが広まらない様に、あの島に閉じ籠もっているってことか?」
 ハムさんは半ば挑発的に、ヤコさんに尋ねた。
「ああ、これ以上呪いが広まらない様に。そして、呪いを解いてもらおうと必死に毎日、巫子と共に祈りを捧げているのさ」
 ヤコさんが言い終わるや否や、ハムさんがヤコさんを拳で殴り倒した。
「馬鹿野郎。これは呪いなんかじゃない。鞭中だ。それも、とびっきり悪さをするな!」 
 ハムさんは顔を抑えているヤコさんに掴みかかった。
「おい、お前の村の酋長に会わせろ。これは呪いなんかじゃない」
僕たちはハムさんの突然の行動に茫然としていたものの、すぐにヤコさんと引き離した。
「呪いじゃないだって。お前に何が分かるんだ?」
「お前らはこのままだと死んじまうぞ。俺は生きられるのに生きようとしない奴が、一番嫌いなんだ!」
 僕たちはハムさんを抑え、ヤコさんは「なら、来てみるか?」と言い、僕たちに村に来るよう船で案内した。

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