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カラSide 5-1

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カラSide
 5―1
 是川に帰ると、イケがすでに帰って来ていた。ちゃんと僕たちが少し遅くなり、入江に行っていた事を皆に伝えておいてくれていた。
キアさんは僕の家にいて、お母さんとの再会を喜んでいた。ただ、お父さんとお兄ちゃんが、家から追い出されていた。
「だって、たまには女同士で話し合いたいし、寝ている時に、キアに足を乗っけるのがちょっとね」
 お母さんは苦笑しつつ、いつもよりも広くなっている家を見渡した。
「お母さんとキアさんは、どういう関係なの?」
 僕が尋ねると、キアさんが「もう一人の、お母さんみたいだったわ」と答えた。
「何言っているのよ。あなたたちが勝手に私の村に来て、私の後を追ってきただけでしょう?」
 お母さんは思い出すように、キアさんに言った。
「ノギさんが結婚するって聞いて、みんな驚いていましたし、私も含めて寂しかったです」
 キアさんはそう言って、少し顔を伏せた。
「お母さん。そういえばどうして、お母さんはお父さんと結婚したの?」
 僕が尋ねると、キアさんは「息子さんにも言っていなかったの?」と、少し驚いた声をあげた。
「だって、恥ずかしいじゃない」
 お母さんはそう言いつつも、僕とキアさんに、お父さんと結婚するに至った理由を話してくれた。
「お父さんはね、初めて見た時は三内でとても空威張りをしていて、とてもみっともなかったわ」
 お母さんに口からは、想像もしていなかった言葉が飛び出てきた。
「え、みっともないって。お父さんはみっともなかったの?」
「そうよ。三内で初めて見かけた時、『俺は強いんだ』って言って、他の村から来た人と取っ組み合いの喧嘩みたいなことをしていたの」
僕はそれを聞いて、今のお父さんと性格が違う事に驚いた。
「で、お父さんは強かったの?」
 僕が尋ねると、お母さんは舌を出して「弱かったわ」と答えた。
「負けても『船を漕いできて疲れていたんだ』って言って、言い訳ばかりしていたわ。ガンさんから『もうやめろ。恥ずかしい』って言われるまで、負け続けたわ」
「そんな弱い人に、どうしてノギさんは結婚したんですか?」
 キアさんは僕を見て「あ、ごめんなさい」と言い、お母さんは話を続けた。
「そうね。私はどうしてお父さんがあんなに空威張りをしていたのか、とても気になったの。何度負けても言い訳ばかりして、それでもまた取っ組み合って、何だか必死過ぎて、何か理由があるんじゃないかって思ったの」
 お母さんの話を聞いて、確かに僕もおかしいと思った。
 空威張りをしていて、負けたら普通しょげて逃げ帰るはずだ。そして、恥ずかしくて小さくなると、僕は思った。それなのに、どうして負けても空威張りをし続け、取っ組み合ったのだろう。
「お父さんはね、負けたがっていたのよ」
「負けたかった?」
 僕はお母さんに聞き返すように口を開き、キアさんも首を傾げていた。
「お父さんは、当時のこの村では弓も漁も、全部下手だったの。シキさんにも負い目があって、自分が全てにおいて劣っていると思っていたの。それでも、自分は何かが出来て、強いんだって思いたがっていたの。けれど、本当の自分はとても弱い事を知っていたの。なら、どうすればいいのか。お父さんは自分が全てにおいて劣っていると、自分で納得できる証明が欲しかったのよ」
 お母さんは少しため息をつきつつ、家の天井を見上げた。
「お父さんは、自分が弱い事を知っていた。でも、それを認めたくなかったってこと?」
 僕が尋ねると、お母さんは「そうね」と言い、頷いた。
「お父さんは自分が弱いと認めるために、空威張りをしていたの。そして、最後には誰も近寄らなくなって、ガンさんも『頭を冷やせ』って言って、お父さんを一人にさせたの」
 お母さんはそこまで言い、一息ついてから、再び口を開いた。
「私には、どうして負けるために取っ組み合うなんて理由が分からなくて、直接尋ねてみたの。そしたら『過去をやり直すことは出来ないが、これからをやり直したいんだ』って言ったの。『これから』なんてやり直すことは出来ないのにね。まだ、何もしていないんだから」
 お母さんは、その時の事を思い出したかのように微笑んだ。
「だから、私はまっさらになって、何も無くなったお父さんがこれから何をして、どう生きていくか気になったの。私はね、キアの思っている様な女性じゃないのよ。本当は、誰にも嫌われたくないから、誰にもでも優しく接していたの。この村にいたイレさんみたいな。本当に優しい人なんかじゃなかったのよ」
 お母さんの話を聞いて、キアさんは口を開いた。
「でも、私たちはノギさんを本心で、もう一人のお母さんみたいに思っていました」
「そうね。私は『子供たちの、小さな子供たちお母さん』みたいになろうとしていたのよ。あなたは気が付かなかったかもしれないけど、私は他の子を煩わしく思っていた事もあったわ」
 お母さんの話に、キアさんは少し考え込むような仕草をした。
「お母さんは、今もそうなの?」
 僕が恐る恐る尋ねると、お母さんは「今は、もうそんな事は無いわ」と、はっきりと否定した。
「私はみっともないお父さんを見て、誰からも見向きもされなくなった姿を見て、私はそうならないように生きてきた事を突き付けられた気がしたわ。私は勝手に理想の女性を創り上げて、そうなる様に生きたんだって気がついたの。そして、私自身はこれから自分に、誰に、何をして生きてくのか考えるきっかけが出来たの。そしてこの人と一緒なら、一緒になって考えていけるかもしれないって思ったの」
お母さんが話し終えると、ノギさんが口を開いた。
「私は気がつきませんでした。ノギさんは私たちが困っていると、自分も一緒になって考えてくれる。優しいお母さんみたいな人でし
た」
 ノギさんは困惑した様に、お母さんを見つめた。
「私はね、おかしな話かもしれないけどお父さんと会っているうちに、一緒に考えていきたいって互いに思う様になったの。空威張りをして全てを失ったお父さんが、これからどう考えて生きていくのか。理想を勝手に創り上げた自分が、真っ白になったお父さんと何を考えて、どう生きていくか。アラとカラがどう成長していくのか。生きている間、ずっと一緒に考えていきたかったの。一人で考えていくのは辛い。だから、私と一緒にずっと考えてくれる。誰よりも私の弱さを理解してくれた、お父さんと結婚する事に決めたのよ」
 僕は初めて、お母さんとお父さんが結婚した理由を知った。
「お母さんは、お父さんと結婚して良かったと思ってる?」
 僕が尋ねると、お母さんは「後悔はしていないわ」と言い、話を続けた。
「ただ、予想よりも考える事が多かったわね。去年なんて、カラは家出しちゃうし。考えすぎて頭が破裂しそうだったわ。帰って来ても、カラの事を間違って『サラ』って呼んだりもしたわね」
 お母さんが言うと、僕は恥ずかしいのか後ろめたいのかよくわからない気持ちになり、キアさんは「え、家出なんてしたの?」と、驚きの声をあげた。
「本当に、あの時は考えたわね。キンさんから『この村だけでなく、男はみんな自分の弱い所を隠そうとする生き物だ』って聞いていたけれど、本当だったわね。キアも気を付けた方がいいわ」
お母さんは僕を見つめつつ、キアさんに言った。
「カラ君は、どこまで家出をしたんでしょうか。そんなに、ノギさんを考えさせるって・・」
 キアさんが僕に尋ねてきて。僕は「入江です」と小さな声で答え、キアさんをさらに驚かせた。
「ほら、男は弱い所隠そうとして、小さな声で物を言って、弱みを見せないように何でもするのよ?」
お母さんは怒ってはいなかったけれど、僕はもう二度とお母さんを考えこませないようにしなければならないと、改めて心に誓った。

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