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 バクさんは砂場に船を乗り上げさせ、「やっぱり一人だと、漕ぐのに疲れるね」と呟きつつ、僕たちに「ちゃんと着いたんだね」と言い、笑顔を向けた。
「バク。お前は村で、土器作りを学んでいたんじゃなかったのか?」
ラドさんが困惑しながら尋ねると、バクさんは「うん、終わったよ。だから、みんながちゃんと三内に着けた気になって、来てみたんだ」と答えた。
「それに、誰かが怪我をして、帰れなくなっていても困るでしょ?」
バクさんは自分以外に二、三人は乗れそうな船を漕いできていた。ウドさんがそれを見て口を開いた。
「ちょうどいいかもな。イケ、バクに乗せてもらえ」
ウドさんがイケの肩を叩きながら、そう言った。
「僕は歩いて帰れますよ」
 イケは口を尖らせたが、ウドさんはイケの足の一部分を指でつまんだ」
「痛いっ」
 イケは飛び跳ねる様にして、痛みを訴えた。
「ほら見ろ。今は歩けるが、帰る途中で歩けなくなった方が困る。ここはバクの船に乗せてもらって、帰った方がいいだろう」
 ウドさんの言葉に、イケは渋々といった表情で「わかりました」と言った。
「よかった。俺の腕はもうパンパンなんだ。帰りはイケにお願いするね」
 バクさんはそう言って、イケの腕を手で触った。
「え、僕一人で漕ぐんですか?」
「大丈夫。俺が漕ぎ方を教えるから」
 驚いているイケに、バクさんは優しく答えた。
「イケは足を痛めているが、腕は痛めていないから大丈夫だよな?」
ウドさんはそう言って笑いつつ、イケの腕を触った。
「じゃあ、俺とウドさんとラドさんは、入江に行くカラの帰りを待ってから帰る事にする。イケはその事を、是川の酋長に伝えてくれ」
ロウさんがそう言い、イケは「わかりました」と答えた。
「あれ、またカラは入江に行くのかい?」
 バクさんが不思議そうな表情を浮かべたので、僕はこれまでの事を簡潔にバクさんに話した。
「そうなんだ。あ、そうだ。キアさんも是川に行かせた方がいいじゃないの。秋田にいると、夫の事がどうしているかずっと気にかかるだろうし、気分転換に他の村で過ごすのもいいじゃないのかな。確か、カラのお母さんも秋田出身だったよね?」
 バクさんがそう言うと、キアさんは「そんあ、これ以上迷惑になるわけには」と、小さな声で言った。
「俺はいいと思うぞ。ノギさんも久しぶりに故郷の人と話が出来るし、俺たちは是川の村と、他の村と交流を深めようとしているんだしな」
 ウドさんがそう言って、ロウさんは「キアさん次第ですけど」と、付け加えた。
「あのう、ノギさんってどういう女性ですか?」
 キアさんが少し、困惑したような顔つきで尋ねてきた。
 僕は「僕のお母さんです」と前置きをしてから、お母さんの特徴を話した。
 僕の話を聞いていた秋田の人たちは「おいおい、ノギって、是川に嫁いだノギで間違いないな」と、口々に言い始めた。
「え、お母さんを知っているんですか?」
 僕も驚きの声をあげ、秋田の人たちに尋ねた。
「そうだ。ノギは俺たちの隣村の出身だ」
 僕は突然の事に驚きつつも、キアさんに声をかけた。
「僕のお母さんなら、キアさんの事をないがしろにはしないと思いますよ」
 僕が言うと、キアさんは「ノギさんとは子供の頃、仲良くしてもらっていました。でも迷惑にならないかしら?」と、何度も呟いた。僕はキアさんが介助疲れで、かなり参っているように見えた。
「キアさん。このままですと、コマさんが元気になっても、キアさんの元気が無くなってしまいます。それだと、困るのはキアさんだけでなく、コマさんも困ってしまいます。だから、僕たちの村に来て、休んで、気分転換をしませんか?」
 僕がそう言うと、他の秋田から来た人たちも「それがいい」と言い、キアさんも少しためらった後、「よろしくお願いします」と言った。
「決まりだね。じゃあ、俺がイケがとキアさんを是川に送り届けるからね」
 バクさんはそう言って、船の櫂をイケに渡した。
「え、本当に僕だけが漕ぐんですか?」
「え、疲れている女性にやらせるの?」
 バクさんとイケは、互いに困惑した表情で見つめ合った。
「バク。途中途中で休憩して、イケが疲れたらちゃんと代わってやれ」
 ラドさんがため息をつきながらバクさんに言い、バクさんは「じゃあ、そうするね」と答え、キアさんを船に乗せた。
「イケ。ちゃんと俺たちが考えた事、やろうとしている事を一人で伝えられるか?」
 ロウさんが少し、心配そうな口調でイケに尋ね、イケは「大丈夫です」と答えた。
「カラさん、絶対に帰って来てくださいね」
 イケはそう言い残し、キアさんとバクさんを乗せて船を漕いでいった。
「ちゃんと帰るって」
 僕が呟くように言うと、ロウさんが僕の頭を抑えた。
「カラ、まだ心配する子供も多いんだ」
 ロウさんはそう言って、僕を真剣な目で見つめてきた。
「そうですね。少なくとも、僕は約束したことを、必ず守らなければなりませんね」
 少しずつ遠ざかる船を見つめつつ、僕はロウさんと、自分自身に言った。

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