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次の日、昨日の午後からウドさんとラドさんにも協力してもらい、夕暮れまで獲った魚を使い、山形から来た男性と一緒にアレを作った。
 作るには多量の塩が必要だったが、アマさんが「三内では、暇さえあれば造っているから」と言い、分けてもらった。その代わり、アマさんにも作り方を教えながら、一緒に作る事になった。
「魚の内臓も、取り除かないでいいのか?」
「はい、逆に取り除くとカビが生えるそうです」
 サキさんは入江で、自分が聞いた方法とは別の方法でも作れないか、試行錯誤を重ねたらしい。
「臭いと、食べられない人もいそうだが」
「この薬草を入れれば臭いは減りますが、味が少し薄くなります」
僕は早朝に、山から採って来た薬草を手に取って見せた。
「これを、涼しくて暗い所に置いておけばいいんだな?」
「はい、ただきつく蓋をしておかないと、上手くいかないそうです」
僕たちと男性は普通のアレと、薬草を入れた臭いの少ないアレを一緒に作り、あれの入った土器と、不可思議な土器と交換して別れた。
「雪の降る前に開けて、魚の干物につけて食べるといいですよ」
「わかった。美味しかったら、冬の保存食に最適だな」
男性は笑顔になり、小さな船に乗って帰っていった。
「あれじゃあ、この土器を積んでは帰れないな」
 ラドさんが呆れ気味に、遠ざかる男性を見送った。そして、大事そうにイケが抱えている土器にも目を向けた。
「で、その土器はそう簡単には造れないんだろ?」
 ラドさんが言うと、抱えているイケも「難しそうに見えます」と、文様を手でなぞった。
「だが、これは絶対に渡島の方には無いだろうし、レイってやつもこれを見て、何か思いつくかもしれないな」
 ウドさんはイケの持っている土器をまじまじと見つめ、右から見たり、逆さまから見たりしている。
「見れば見るほど、よくわからなくなるな。どういう発想でこれは造られたんだ?」
 身体を正面に直したウドさんが、またまじまじと土器を見つめた。
「俺も持っていいか?」
 ロウさんがイケから土器を受け取り、軽く揺さぶった。
「結構重いな。下の方に火の焦げ跡が付いているから、煮炊きにも使ったんだろう。でも、うーん」
 ロウさんも、造った人の考えが全く分からにと言った顔をしている。
 土器を手放したイケが、先ほどウドさんがやったように、土器を右から見たり、逆さまから見たりした。
「あっ」
 イケが土器を逆さまに見ている状態で、声をあげた。
「何かわかったのか?」
 あまり興味無さそうにしているラドさんが、イケに尋ねた。
「何だか、出産しているように見えます」
イケの言葉に、僕たち皆唖然とした。
「イケ、土器から赤ん坊は産まれないぞ?」
 ラドさんが揶揄う様に言うと、今度はロウさんが土器をラドさんに手渡してから、逆さまに見始めた。
「上が水の模様だとして、真ん中が母親の胎内だと考えて、最後は赤ん坊が羊水と一緒に出てくることを現している。という事か?」
ロウさんが言うと、イケは「僕にはそう見えます」と答えた。
「そうか。イケは妹が産まれる瞬間を見ていたんだっけ」
 僕が思い出すように言うと、興味が無さそうにしていたラドさんも、土器を僕に手渡してから、逆さまから見始めた。
「うーん。出産しているのか、俺には分からないな」
 僕が土器を持ち、それを男性三人が逆さまから見ているという奇妙な格好に、近くにいたお爺さんが「なんじゃ、新しい儀式でもやっておるのか?」と、怪しげに僕らを見つつ尋ねてきた。
 このお爺さんは先日、僕が土偶のそばで出会ったお爺さんだった。
「お前さんらがこの土器を手に入れたのか。そして、この土器が出産に見えるじゃと。馬鹿馬鹿しい。妊娠や出産は土偶で現すもんじゃ。土器で現すなんて聞いたことが無い」
 お爺さんはそう言いつつも、僕が持っている土器を逆さまから見た。
「どうですか?」
 イケが興味津々といった表情で、お爺さんに尋ねた。
「いや、これは土器ではなく土偶じゃ」
 お爺さんはそう言いつつも、土器を近くでまじまじと見つめ始めた。
「一度、見たんじゃなかったんですか?」
 僕が尋ねると、お爺さんは「土器には興味ないが、土偶なら興味がある」と言い、この土器を土偶と言い張り始めた。
「爺さん。どう見たって、これは土器だろ」
 ラドさんが呆れ気味に言うと、お爺さんは「最近の若いもんは」と言いつつ、口を開いた。
「土偶は『神』への捧げものであり、祈る対象だ。対して土器は『人間』が使う道具だ。この土偶は土器のような形をしておるが、自然を現し、人間の一生を現している。どうしてこれが『人間』の使う土器だと言える?」
 お爺さんは土器と自分の顔がくっつくくらい近づけ、最後には口をつけるような格好になってしまった。
 僕たちがお爺さんの行動に呆れていると、アマさんがやって来た。
「あら、お祖父ちゃん。何をしているの?」
「ほれ、新しい土偶を見つけたんじゃ」
 話を聞くと、どうやらこのお爺さんはアマさんの親類らしく、たまに三内に来るそうだ。

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