上 下
292 / 375

3-2

しおりを挟む
3―2
 しばらく横になっていると、つい眠ってしまい、気がつくと宿泊所には多くの人がひしめき合っていた。
「おはよう。いや、こんばんわかな?」
 ラドさんが笑みを浮かべつつ、僕とイケを起こした。
「すみません、寝てしまっていて」
 ラドさんは「いいんだ」と言いつつ、ハキさんが近寄り、僕に用があると言った。
「ちょっと相談があるんだが」
 僕が『どういう事ですか?』と尋ねる前に、ロウさんが「カラの意見を無視しないでくださいね」と、ハキさんに言った。
 僕はハキさんに向き直り、「どういう事ですか?」と尋ねた。
「えーと、まずイケは土偶を見るために来たんでいいよな。ラドとウドとロウは情報集めをいくらでもして構わないんだが、カラにはちょっと相談事があるんだ」
 ハキさんは歯切れの悪く、困った顔をしていた。
「相談事って、僕に出来る事でしょうか?」
「うん、まあカラ以外に思い当たる人がいない。カラなら出来るって、入江の人たちの話を聞いて思ったんだ」
 僕はハキさんの相談事とは何なのかと気になりつつも、ハキさんの目線は僕の方ではなく、宿泊所の一角の集団を見ていた。
 そこには言い争っている様な男性らと女性がおり、その中で一人の男性が横になりながら怒鳴っていた。
「入江にいるレイって子供と同じではないが、あの男性も身体が動かなくなったんだ」
 ハキさんの言葉に、僕は驚きと、不安の入り混じった感情が沸き上がった。
 僕はまず、直接話を聞くのではなく、ある程度の情報を集めようと思った。『お前には関係ないだろ』と言われる事が、一番僕が恐れている事だ。
「動かないって、原因不明の病気ですか?」
ハキさんに尋ねると、首を横に振った。
「いや、海で漁をしていたら船から転落し、落ちた時に岩場に腰を打ち付けてしまったそうだ。そして、腰から下が動かなくなったらしい」
「骨が折れたから、動かないって事でもないんですか?」
「ああ、骨折ならとうに治っているほど時間が経っている」
ハキさんはそう言って、集団を眺めた。
「三内には、怪我を治すために来たんですか?」
「そういう予定だったらしい。だが、腰を大きく打ちつけると、動かなくなることがある事例を俺たちは知っている。獣と同じように、人間にも骨の中に筋や液体が入っているんだ。それが傷つくほど大きく打ちつけると、そこから先が動かなくなるんだ」
 僕はその話を聞き、「なら、上半身は動くんですか?」と尋ねた。
「そうだな。骨折の痕の腫れも引いているから、これ以上悪くなることは無いだろう」
「なら、どうしてあんなに喧嘩をしているんでしょうか?」
僕は徐々に大きくなりつつある喧騒に、目を向けた。
「その辺りも、カラに尋ねて来てほしいんだ。俺やアマが行っても『俺の気持ちがわかるもんか』って言って、同じ村の人間にも文句を言っていて、自分の妻にもあたっているんだ」
 ハキさんはため息をつき、「ちょっと、夜は静かにしてもらわないとな」と言い、騒いでいる集団に向かっていった。
「カラ、断ってもいいんだぞ。もめごとの処理は、ハキさんらの仕事だ」
 ロウさんが僕に言い、ウドさんやラドさんも頷いた。
 僕がハキさんの向かった集団を見ていると、「俺なんて何も出来やしない!」という怒鳴り声が、僕の耳に届いた。
「そうですね。僕には、解決することは出来ないでしょう」
 僕がそう言うと、イケが「僕にはって事は、誰か他に解決できる人を知っているんですか?」と、僕に尋ねてきた。
 僕は「そうだね」と言いつつ、イケの頭を撫でた。
「カラの他にって、レイの事か?」
ロウさんの言葉に、僕は頷いた。
「下半身しか動かないあの男に比べれば、レイはもっとひどい状態だと言える。でも、レイがあの男を説得し、落ち着かせることが出来るのか?」
 ロウさんに言われ、僕は「大丈夫だと思います」と答えた。
「サキさんから聞きました。レイはもう右腕しか動きませんが、生きる希望を捨てず、出来ることを頑張ると、サキさんに僕への託を頼みました。たぶん、僕とレイがあの男性を見たら、きっと同じことを思うと思います」
「同じ事って、なんだ?」
 ラドさんに尋ねられ、僕は短く答えた。
「出来ない事ばかり考えないで。って」
僕はそう言って、「静かになったみたいなので、もう寝ましょう。僕が明日、あの人たちに話してきます」と皆に言い、僕は横になった。
「そうだな。じゃあ、俺とイケは土偶等の造形物を見聞きしてきます。ウドさんとラドさんはどうしますか?」
 ロウさんが尋ねると、ウドさんが「イバから頼まれた、アワなどの雑穀の育て方を聞いてくる」と言い、ラドさんも「俺も、そうするか」と言い、明日は三手に分かれて行動する事になった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

ドレスを着たら…

奈落
SF
TSFの短い話です

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

ロシアの落日【架空戦記】

ぷて
歴史・時代
2023年6月、ウクライナとの長期戦を展開するロシア連邦の民間軍事会社ワグネルは、ウクライナにおける戦闘を遂行できるだけの物資の供給を政府が怠っているとしてロシア西部の各都市を占拠し、連邦政府に対し反乱を宣言した。 ウクライナからの撤退を求める民衆や正規軍部隊はこれに乗じ、政府・国防省・軍管区の指揮を離脱。ロシア連邦と戦闘状態にある一つの勢力となった。 ウクライナと反乱軍、二つの戦線を抱えるロシア連邦の行く末や如何に。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

延岑 死中求生

橘誠治
歴史・時代
今から2000年ほど前の中国は、前漢王朝が亡び、群雄割拠の時代に入っていた。 そんな中、最終勝者となる光武帝に最後まで抗い続けた武将がいた。 不屈の将・延岑の事績を正史「後漢書」をなぞる形で描いています。 ※この作品は史実を元にしたフィクションです。

処理中です...