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2―11
 二ツ森から三内までの道のりは、足場は悪かったものの、迷う事はなさそうに思えた。
「谷間に沿って、歩いていけば良さそうですね」
僕がラドさんに言うと、ラドさんは頷いた。
「そうだ。以前、三内でそう聞いたバクが『それなら、陸路で帰れそうだ』って言って、一人で帰ろうとしたんだ。まったく、俺は村にいたから知らなかったけど、どうして他の大人は止めなかったんだか」
ラドさんは思い出したように文句を言いつつ、長い棒で岩場の部分を突っついた。
「ま、ここも大水になったら、川みたいに水が流れて危険になるかもしれないってバクは言っていてな。それがわかっただけ良しとするか」
 僕はラドさんの言葉で、自分の足元に砂や小石など、川底にありそうな砂利がある事に気がついた。
「バクさんは、色々と観察しながら歩いたんですね」
「そうだな。帰ってきたら真っ先に俺の所に来て『一緒に三内まで歩いていかない?』なんて言ってきたんだ」
 ラドさんは首を横に振りつつ、ため息をついた。
「ラド。さっきから聞いていると、お前はバクの事を嫌いとは思っていなくて、むしろ好きそうに見えるな」
 ウドさんが笑いながら尋ねると、ラドさんは「好きか嫌いかで答えろと言われたら、好きと答えるかな」と言いつつ、歩を進めた。
 山道の途中、数軒の家の跡がある場所に着いた。
「ちょうどいい、ここで少し休もうか」
 ラドさんが荷物を降ろし、僕も荷を降ろした。
 ウドさんが廃屋を覗き、「腐っていて、入れそうにない」と言い、鼻をつまみながら駆け寄って来た。
「どうして、ここは捨てられたんでしょう?」
 イケも他の家を覗き、鼻をつまみながら戻って来た。
「さあな、この近くには三家族くらいの小さな、『村』とも呼べない規模で住んでいる人たちがいるんだが、話も曖昧でな。ここにも人が住んでいた事は知っている人はいても、いついなくなっていたのかは知らないそうだ」
 ラドさんは水筒の水を飲みつつ、腐りかけている廃屋を眺めた。
「でも、危ないですよね。もし動物が冬眠に使ったりして、春にここを通りかかった人に襲いかかったらと思うと、今のうちに壊した方がいいと思いますよ」
 ロウさんは全部の家を覗き、中に何か動物がいないか、使えそうなものはないかを探していた。
「そうだな。確か、渡島の方だと家を焼く習慣があるって聞いたんだが、カラは知っているか?」
 ラドさんに尋ねられ、僕は去年の事を思い起こした。
「聞いた事はあります。病人がでたり、家族に不幸があったりした家を焼いて清める習慣があったそうです。ただ、燃やすのは勿体ないからって、今はほとんどそういう事はしないそうです」
 入江にも誰も住んでいない家があったが、そこは倉庫として利用されていた。主に、臭い物が置かれていた。
「こんなに湿って腐ってたら、燃えませんよ」
 イケがまだ鼻をつまみながら、傾いている廃屋を眺めた。
 僕とウドさんも廃屋に近づくと、異様な腐った匂いに鼻が曲がりそうだった。しかしよく見ると、崩れかけている家の側に、大きな石がぽつんと置かれている事に気がついた。
「ここにも人が住んでいて、誰かが亡くなって、ここに埋めたんでしょうね」
 僕が呟くように言うと、ロウさんも近寄って来た。
「ああ、これはお墓だろうな。イケ、お前の近くにある花、そう、それを摘んで持ってきてくれないか」
 ロウに言われたイケは、片手で鼻をつまみつつ、花を持ってきてくれた。
「何だか寂しいな。誰も知っている人がいなくなるなんて」
ラドさんも近寄ってきて、僕たち皆がお墓に祈りを捧げた。
「僕の所に来ない?」
 イケが、お墓に向かって言った。
「僕の所って、どういう事だ?」
 ラドさんが不思議そうに尋ねると、イケは「もうすぐ、弟か妹が産まれるんです」と答え、ラドさんは何か納得したような表情となった。
「さあ。そろそろ行かないと、野宿も出来ない岩場で夜を明かすことになるぞ」
 ウドさんの号令で、僕たちは誰も住んでいない、誰の物かもわからないお墓を後にした。

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