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 次の日の朝、僕が外に出るとダロが入江から来た丸木舟の臭いを嗅いでは、くしゃみをするようにしていた。鼻水を垂らして、また嗅いではくしゃみをしている。
「ダロ、どうしたんだい?」
 僕が尋ねるようにしてダロに近寄ると、ダロは僕に一度吼え、船の一点の染みを鼻先で示した。
「何か臭うのかな?」
 独り言を言いつつ、僕が鼻を近づけると、とてつもない異臭で、鼻が千切れそうになった。
「ああ・・!」
 僕は声にもならない言葉を叫びつつ、海水で鼻を洗い、海水で咽てしまった。
「なんだ、今の叫び声は?」
 ヤンさんも起きており、僕の悲鳴を聞きつけたようだ。
「カラ、ダロに顔を舐められたぐらいで悲鳴をあげるなよ」
 僕の隣にはダロがおり、いつも通りにダロが僕の顔をびちゃびちゃに舐めまわしたかと思ったのだろう。
「違います。この船の、この染みを嗅いでみて下さい」
 僕が息も絶え絶えに言うと、ヤンさんは「この辺りだけ、削って焼いた後があるな」と呟きつつ、染みに顔を近づけた。
「ごはぁ?」
 ヤンさんも叫び声をあげ、海水で鼻を洗い、僕と同じように咽た。
「どうしたヤン。船に襲われたのか?」
 ウドさんが石斧を振り上げながら、僕たちの元に駆け寄ってきた。
「なんだ。船に襲われたわけじゃないのか。って、船が人を襲うわけがないか」
 ウドさんは自分の発言をおかしく感じつつ、僕たちに近寄った。
「二人と一匹で、何をして遊んでいるんだ?」
ウドさんが尋ねると、ヤンさんが僕と同じような事を言い、ウドさんも染みの臭いを嗅いだ。
「ふはぁ?」
 結局、ウドさんも巻き添えになった。
 入江から来た人たちも僕たちの叫び声で起き出し、件の染みを見た。
「ああ、削り忘れていた部分があったのか」
 グエさんは本当に申し訳ないといった表情で、僕たちに頭を下げた。
「これは何なんですか?」
 僕が染みを指しながら尋ねると、グエさんは「氷の大地に住む人たちからの贈り物の痕さ」と言い、サキさんら他の人たちの顔を、様々な表情にさせた。
「贈り物って、こんなの贈りつけられたら争いになるだろ?」
 ウドさんは今にも染みの一点を、石斧で叩き壊そうとしていた。
「いや、本当に善意の贈り物なんだ。アザラシの腹に大量の海鳥を詰め込んで、保存させたものだ。仲良くなって、いらないと言っても、また隠すように船に置かれていたんだ」
グエさんはそう言って、ため息をついた。
「ムウ、それって食べ物なの?」
 僕は入江から来た人たちの中にムウの姿を見つけ、話しかけた。
「一応、食べられる。でも、好きなのは酋長くらいだよ」
ムウは何かを思い出したかのように、鼻を指でつまんだ。
「私のより、臭いわよ?」
 サキさんがそう言って、何かを思い出すように空を見上げた。
「どれくらい、臭いんでしょうか?」
 僕が恐る恐る尋ねると、サキさんは「私とレイなら、我慢できるくらいよ」と言った。
 我慢できるくらいとは、それでも臭いのだろう。
 染みの部分はウドさんが石斧で叩き壊すことなく、ジンさんが慎重に黒曜石で削り落とし、航海に支障が出ないように止めた。
「考え方を変えると、最強の害獣予防にならないか?」
 ジンさんはそう言って、削り落した木片を持ち、イバさんにアワを植えた場所に置かないかと提案した。
「この臭いには、海鳥の肉の臭いも混じっていた。逆に、寄ってくるかもしれない」
 海水で鼻を洗って咽終えたイバさんは、ジンさんの提案を否決した。

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