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 今年は新しい男の子供が入らず、13歳になった僕が、再び班長をすることになった。と言っても、去年は僕が家出をしていたこともあり、僕が班長をしていなくてもいい様な体制を、ザシさんによって創り上げられていた。
「去年から新入りになったカラさん。泳ぐにはまだ寒そうですね?」
ヨウが少し意地悪気に、僕を見つめた。
 ヨウは僕が入江の船に乗り込んだ時に、真っ先に船に向かって泳いだそうだ。その時の速さは、まるで海を走る猪だったとイケが言っていた。
「もうよしてよ。それより、今日は山菜をたくさん採らないと」
僕はみなに指示を出し、僕とマオとカオとズイ、ヨウとイケとオクの二班に分かれた。それほど離れる場所で採るわけでもなく、僕がいない間にヨウとイケが班長の代わりをやっていたようなので、これで十分だと僕は思った。
「早く採らないと、固くて食べられなくなっちゃいますね」
ズイが籠を背負いながら、せっせと山菜を摘み取っている。
「全部採っちゃだめだよ」
「少し残さないと、来年生えなくなるんだよね」
 マオとカオがズイに言いつつ、二人も摘み始めた。マオとカオの声はほぼ同じなため、後ろから声をかけられたら、判別する事が難しい。簡単に判別出来るのは、海鳥の鳴き声を聞き分けられるヨウと、二人の両親だけだった。
 マオは先に行動する性格で、カオが先に話す性格だ。
「マオ、カオ。シキさんはどうしている?」
僕も山菜を摘みつつ、二人に尋ねた。
「湿りすぎた土を、取る作業をしているよ」
「僕たちには、まだ早いって言うんだよ」
 最後に、マオが口を尖らせた。
 僕はそんな二人を見ていて、ふと思ったことがあった。
「二人は何か選択しなくちゃいけない時、例えば右に行くか左に行くか迷った時って、どっちが決定するの?」
 二人はどちらかが先に声を出し、続けてどちらかが言葉を続ける事が多い。なら、迷った時はどちらが決定を下すのかが気になった
「どっちって、僕たちの意見が分かれる事なんてないよね。マオ」
「そうだよ。カラさんは考えすぎなんですよ」
 僕は二人に言われ、ちょっとした意地悪をしてみたくなった。
「じゃあ、もし僕が冬の間に造った黒曜石のモリを、一本だけ二人にあげるとしたら、どっちが使う?」
 僕が二人に尋ねると、僕が想像したものと違った表情をした。
「二人で順番に使うに決まっているよ」
「そうだよね」
 僕は二人の答えを聞き、『なら、どっちが先に使うの?』という質問を続けるのは野暮だと思った。二人の絆は、僕の想像以上に固く、信頼に満ちたものの様だ。
「という事は、カラさんがモリをくれるんですか?」
「やった。これで魚が獲り放題だ!」
 二人は僕が『もし』という仮定を言ったのにもかかわらず、さも決定したかのような喜びようだった。
 その二人を見ていたズイが、僕に向かって不満げに口を開いた。
「カラさん、石器が欲しいって言ったのは僕が先ですよ?」
 僕はズイに「もうすぐ出来上がるよ」と言い、この場を収めた。
僕が入江に滞在している間に、久慈村のバクさんや二ツ森の人たち、秋田から来た人たち、三内から来たハキさんらが、北黄金集落の『忘れ物』を探しに来た。そして、僕が偶然『忘れ物』を埋めてあった場所を見つけたのだった。その『忘れ物』は、四つの大きな黒曜石だった。
 その黒曜石は争いにならないように、三内の人たちが秘密裏に隠し、一つずつ分けようという話になった。四つの村から人出がきているので、それでちょうどいという話だったのだが、異論が出た。
「見つけたのって、カラだよね。たぶん、ここなんて誰も探さなかっただろうし、明後日くらいに俺たちは諦めて帰ろうとしていたんだ。カラにも、分ける必要があるんじゃないの?」
 三内で、バクさんが三つの村の代表に言った。また、入江に住んでいる人、ハウさんが北黄金集落の家系なので、そっちにも分けるべきじゃないかという話も出たそうだ。
 結果、四つの黒曜石を少しずつ割り、その欠片を二つずつ、入江と是川に渡すことになった。
「こんなに、貰えませんよ」
 冬になる前、三内から戻って来たバクさんに二つの黒曜石を渡された僕は、とても困惑した。
「なら、是川だけで使わずに、他の村との交易に使えばいいよ。いくらカラでも、使えきれないでしょ?」
 僕は半ば無理矢理黒曜石を渡され、バクさんは「じゃ、また春にね」と言い、笑顔で帰っていった。
 僕が戸惑いを隠せずにいると、お父さんが声をかけてきた。
「貰っておけ。聞くところによると、お前が偶然かもしれないが見つけたんだ。後から言い争いにならないように、バクは気を使ったんだろう。入江の人に渡したことも、そういう考えがあったんだろう」
 お父さんはそう言って、僕の肩を叩いた。 
「僕は、争いをしたくありません」
 入江で聞いた、ハウさんの家系の話や、三内で聞いたハキさんの話が、僕の心に重くのしかかっていたのだ。

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