上 下
258 / 375

カラSide 4-3

しおりを挟む
カラSide
4―3
「俺は、自分の妻と子を優先させたんだ。熊の肝は貴重で、いや、他にも病気や怪我をしている村人がいたにもかかわらず、俺は妻と子を優先させたんだ。しかも、自分には子供がいる。その考えを利用して、子熊を先に狙い、子熊を守る親熊を殺して、子熊も殺したんだ。そんな俺が酋長だなんて、どうしてあの時断らなかったのか。今でも後悔する時がある。こんな卑怯者に、どうして酋長なんて出来るんだよ?」
 お父さんは叫び声とも悲鳴とも使に声をあげ、身体を地面に投げ出すようにして倒れ込んだ。
「俺はカラの言う様に、何も変わっちゃいない。汚い手で、自分の事を優先させるんだ。シキ、お前が俺を赦さないように。カラが俺を軽蔑するような、俺はそんな人間なんだ」
 お父さんはうつ伏せに横たわったまま、泣くようにして叫んだ。僕は、何て声をかけたらいいのだろうか。今の話を聞いて、僕は頭の中の整理がつかなかった。
 そんな中、シキさんだけうつ伏せになっているお父さんに向かって口を開いた。
「そんなの、どうでもいい」
 シキさんはそう言いつつ、磯の海水を両手で掬い、無理やりお父さんの顔にかけた。
「う、鼻に、ゴホッゴホッ」
 お父さんは海水が鼻に入ったのか、咽ていた。
「お父さん、大丈夫?」
 僕が慌てかけよると、お父さんは鼻と口から海水を出していた。
「ヲンは、酋長の仕事をしていたと、俺は思っている」
シキさんは再び、海水を両手で掬った。
「だから、誰かに懺悔をして、罰を受けたいなら、俺がいくらでもやってやる」
 シキさんはそう言うなり、再び海水をお父さんの顔に向けて浴びせつけ、再びお父さんは咽た。
「もし、ヲンが酋長をしている事を気に入らなかったら、とっくに反対している人がいる。でも、いない。だから、ヲンは酋長でいいと思う。今の話を聞いても、俺はヲンが酋長でいいと思う」
 シキさんがまた海水を掬う前に、僕はシキさんの手を止めた。
「俺は、卑怯者だぞ?」
「なら、聞いて来い」
 シキさんはお父さんに言うと、村の方を指した。
「酋長を辞めたいなら、今の理由を言えばいい。でも、みんな止めると思う」
 シキさんはそう言って、村の方を見つめている。お父さんはシキさんの指した方を見て、僕の方を見た。
「お父さんは、シキさんとどうしていと思っているの?」
 僕の問いに、お父さんは「すまなかったと思っている」と答えた。
「違うよ。子供の頃の話じゃなくて、これからどうしたいかを聞いているんだよ。今は嫌われているけど、これからはどうしたいの?」
僕が再び尋ねると、お父さんは「いや、その・・」と、いつもの煮え切らない表情になった。
「ヲンは酋長でいい。でも、今のお前に好感は無い」
シキさんはそう言って、海の方を眺めた。
「お父さん、『今の』だって」
 僕がお父さんに言うと、お父さんは口を閉じ、何かを決めたかのような顔つきになった。
「俺は今から、12年前の真実を話してくる」
 お父さんはそう言い、「カラを頼んだ」とシキさんに言ってから、村の方へ歩いていった。
「お父さん、大丈夫でしょうか?」
 僕が不安そうに呟くと、シキさんは「俺の、知らない顔になった」と、短く答えた。
「それより、カラ。今日はどうするんだ?」
「どうするって?」
「寝る場所。ここで、寝るのか?」
 海からの風は冷たく、ここで寝たら、体調を崩してしまいそうだった。
「カラ、過去は変えられない。俺も、そうだ。変えられないなら、明日を見ていくしかない」
 シキさんは、お父さんの背中が見えなくなるまで見つめていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

法隆寺燃ゆ

hiro75
歴史・時代
奴婢として、一生平凡に暮らしていくのだと思っていた………………上宮王家の奴婢として生まれた弟成だったが、時代がそれを許さなかった。上宮王家の滅亡、乙巳の変、白村江の戦………………推古天皇、山背大兄皇子、蘇我入鹿、中臣鎌足、中大兄皇子、大海人皇子、皇極天皇、孝徳天皇、有間皇子………………為政者たちの権力争いに巻き込まれていくのだが……………… 正史の裏に隠れた奴婢たちの悲哀、そして権力者たちの愛憎劇、飛鳥を舞台にした大河小説がいまはじまる!!

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

処理中です...