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カラSide 1-3

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カラSide
 1―3
 どうして、僕の目の前にバクさんがいるのだろう。そんな僕の驚きを気にせず、バクさんは「よっと」と言いつつ、入り口から家の中に入った。
「久慈村の家と違って、入り口が高いんだね。それだけ冬は寒いから、下に穴を掘っているのかな?」
 バクさんは笑みを浮かべつつ、僕とレイの顔を眺めた。
「えーと、どうしてバクさんがここにいるんですか?」
 急な展開で、僕は困惑しながらバクさんに尋ねると、入り口にもう二人の影が映った。
「ちょっと、勝手に入らないでくださいよ」
 サキさんの声が鋭く飛び、トウさんが「まあまあ」と、サキさんをなだめている声が聞こえた。
「え、カラに会って欲しいって言ったのは君たちじゃない?」
 バクさんはそう言って家の隅に行き、二人に降りてくるように促した。
 サキさんはため息をつきつつ、家の中に入った。トウさんも後に続き、偶然にもバクさんを家の隅に追いやる様な格好になった。
「カラ、元気そうだね」
 バクさんが言うと、レイが「元気なら、横になって寝ていませんよ」と口を尖らせた。
「俺には元気に見えるよ。だって、目にはやる気が出ているからね」
バクさんは、僕の目をじっと見つめている。
「バクさんは僕に『どうして頑張るのか』って聞いて、次の年に僕が久慈村に行った時にも僕の目を見て、同じことを言いましたよね」
僕が言うと、バクさんは「よく覚えていたね」と、今度は忘れていなさそうに答えた。
「どうして、バクさんが入江に来たんですか?」
 気になっていたことを再度尋ねると、バクさんは胸を張って口を開いた。
「久慈村から二ツ森まで歩き、二ツ森から三内まで歩く陸路を完全に把握できたんだ。これで、海が荒れている時も、歩いて三内まで行けるようになったんだ」
 そう言えば、僕が知っている限りで三内に歩いていった人はバクさんだけだった。
 バクさんによると、久慈村と是川の人たちが共同して二ツ森へ行き、二ツ森から三内に行く道を確立させようという提案が成され、バクさんとラドさん、ロウさんが二ツ森まで歩いたそうだ。
 そして、二ツ森で「一緒に、三内まで歩いて行きませんか?」と誘われ、二ツ森で大人の男性を加えて、三内まで歩いて来たそうだ。
「俺はラドも入江に来ないかって誘ったんだけど、『三内まで行けた事を報告する義務があるだろ?』なんて言ったんだ」
 バクさんが口を尖らせて言うと、レイが「それはそうでしょ」と、バクさんをたしなめた。
「だって、せっかく何の対価も無しに渡島に来られる事になったんだよ。こんな機会は、もうないかもしれないのに」
「対価無しって、何があったんですか?」
 このままだと、バクさんの話が要領を得なくなりそうなので、僕が質問をして話を進めることにした。
 三内に着いたバクさんらは、三内の管理人の一人のハキさんが、秋田から来た人と話をしているのを目撃したらしい。
 その話とは『北黄金集落には、多くの忘れ物が残されているかもしれない』という話だった。
 僕も入江に来て聞いた話だが、以前この近くにはもう一つ村があったが、人口が減ってしまい、廃村にする事に決定したそうだ。
 その村から入江に来た家族もおり、ハウさんのお祖父ちゃんも、移住してきた家系らしい。
 移住した人の中には新しい場所を求めて、秋田まで行った人もいたそうだ。そこに居ついた人の元酋長のお祖父ちゃんの話から『忘れ物を置いてきてしまった』との情報があり、その秋田の村の人と、三内の人が共に北黄金集落に行ってみることにしたそうだ。
 ハキさんは以前『情報が交易品となる』と言っていたが、まさにこれがそうだろう。
「それで、どうしてバクさんと、二ツ森の人まで来たんですか?」
「僕たちの村周辺では『忘れ物』がとれない。だから、忘れてあるなら貰っちゃおうかなって話になったんだ」
 僕とレイとサキさんとトウさんが『虫のいい話だな』という顔をしたのか、バクさんは慌てて口を開いた。
「もちろん、残っていたら元の持ち主の秋田の人と、直接交易の相談をするさ。黙って持っていったりはしないよ。忘れ物を忘れた、というより埋めてあった場所を掘るためには人手がいるから、みんなで協力して、出てきたら優先的に交易してもらおうって話になったんだ。でも、入江についたら帰る人もいるから、俺も帰る事になるかもしれないな」
 僕はようやくバクさんが来た理由がわかり、他の三人も納得したようだ。でも、僕は一抹の寂しさを覚えた。
「ロウさんは、来なかったんですか?」
 バクさんの話だと、ロウさんも三内まで来ていたはずだ。
「ラドと同じで、来なかったよ」
 バクさんは即答し、僕の心を曇らせた。
「ロウは『バクさんが渡島に行くなら大丈夫です。俺には俺のやることがあります。俺は当分、三内にいます。伝言があれば、聞いてから是川に帰ります』って言ったんだ。ロウが何をやるのかはわからないけど、俺が行くなら大丈夫って、どう言う意味なんだろうね?」
バクさんは心底分からないという顔をしつつ、呟いている。僕はバクさんの顔を見ていると、何となく気が楽になった。
「バクさんは、すぐに帰るつもりですか?」
 僕が尋ねると、バクさんは「どうしようかな」と、少し考え込んだ。
「せっかく渡島に来たんだから、色んなものを見たいな。『忘れ物』を探すのも手伝いたいし。でも、帰らないとラドに怒られちゃうかもしれないなぁ」
「帰る人に、三内にいるロウさんに伝言を頼めば大丈夫だと思いますよ」
 僕が言うと、バクさんは「あ、それはいいね」と言い、破顔した。
「帰る人にロウに伝言を頼んで、二ツ森に行って、是川に帰るついでに久慈村への伝言も頼めるね。久慈村にはザシとジンがよく行くし、ちょうどいいね」
 バクさんは決まったかのように言葉を紡ぎ、ふと何かに気がついたかのように、僕の方を見た。
「何だかカラは、俺に帰ってほしくない。と言うより、何かやって欲しいというか、困った事でもあるみたいだね?」
 バクさんは僕の目の奥の頭の中を見るように、じっと僕の目を覗いてきた。
 僕はレイとサキさんと一緒に、村が二つに分かれている、派を無くそうとしている事を話した。それと、自分が是川から飛び出した理由も、たどたどしい言葉となってしまったけれど、正直に話した。
「もちろん、子供の班長の僕も協力します」
 サキさんが話したのか、トウさんも協力してくれることになっていた。
 バクさんは僕たちの話を聞いた後、しばらく腕を組み、黙り込んだ。そして、僕の目を見ながら口を開いた。
「なんで、カラはそんな事をするのさ。自分の事も出来ていないのに、他人の事なんて出来るの?」
 バクさんの言葉は重く、僕の胸に突き刺さるものだった。しかし、バクさんは僕を問い詰めているというより、自然と出た疑問を口にしただけの様だ。それが、バクさんの長所でもあり、短所でもあった。
「はい、僕は自分の事も出来ずにいます。ですが、友達が困っているのに、自分だけ帰るなんて出来ません。今帰ったとしても、僕は自分の事を赦せません。レイとサキさん、トウさんや、今ここにいませんがサンおばさんやゴウさんも協力してくれます。リウさんもハウさんも、本当は困っていると、僕は思っています。だから、僕やレイを違う目で見てきます。それを放っては帰れませんし、このまま是川に帰っても、何も解決はしないと思います。だから、僕はやりたいと思ったんです。自分の意見を言うだけじゃなくて、相手の意見も聞いて、解決しなければならないんです」
 僕の言葉を、バクさんは僕の目を見ながら聞いている。バクさんの目に、ふと陰りが見えた気がした。バクさんは、少し僕たちと違う何かがあるのだ。
「もしかすると、バクさんも何か特別な目で見られていた事があるのかもしれません。ですが、バクさんは久慈村でみんなから村の一員として、特別扱いされていないように見えました。だから、僕はバクさんにも協力してほしいと思って、帰ってほしくないんです」
僕は自分の気持ちと考えを、素直にバクさんに話した。例え、バクさんが協力してくれなくとも、僕はやるつもりだし、バクさんに強制は出来ない。バクさんには、バクさんの考えと、過去があるからだ。
「いいよ」
「え?」
 バクさんのあっけらかんとした声に、僕を含めた皆が驚いた。
「いいんですか?」
 僕がバクさんに尋ねると、バクさんは笑顔で頷いた。
「友達が困っているのを見過ごせないさ。それとも、カラは俺の事を友達だと思っていなかったの?」
 バクさんの言葉に、僕は「そんな事ありません」と、大きな声で言った。そして、目頭が熱くなったのを感じた。

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