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サキSide 1

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サキSide 1
カラが寝込んでから一週間ほど経った。村の様子は変わりないが、大人同士で漁や狩りをする時に、二つの派が出来てしまっているように感じた。
「サキさん、カラの様子はどう?」 
 子供の班長のトウが心配そうに、私に尋ねてきた。この村の中では一番中立で、カラの事を信頼しているのがトウだと、私は思っている。 
「少し、疲れがたまっているみたい」
 私が正直に話すと、トウは「やっぱり、頼りすぎちゃったのかな」と言い、顔を暗くした。
「頼りすぎたって、どういう事?」
「うん。カラは僕より年下なのに、僕よりも何でも上手いんだ。カラに聞くと、カラにはたくさんの年上の子供たちが今までいて、今も年下の子供たちがいて、色んな経験をしていたんだ。それに比べて僕は、ただ年齢が上だから班長になっただけで、無為に子供の仕事をしていたんじゃないかって思っちゃたんだ」
 私から見ても、トウはそんなことは無いと思う。トウは、班長の仕事をきちんとしているように見える。
「カラから、たまには大人の仕事も体験した方がいいって言われて、そうしたら僕の考え方や視野も広がったんだ。カラからの提案も、子供だけでなく、大人の視点からも見られるようになった。僕はその事を考えたりして、班長の仕事をカラに任せることが多くなっちゃたんだ」
 トウが少し、遠くを見る様な目をした。
「トウ、ハムがカラの事を嫌っているのは知っていたでしょう。あなたはその事について、何もしなかったの?」
 私の批判ともとれる言葉に、トウは顔を苦痛そうに歪めた。
「僕は勝手に、カラなら解決してくれるだろうって思っていたんだ。僕も大人たちの派が二つに分かれていて、それが子供たちにも及んでいた事はわかっていたけど、僕にはどうすればいいのかわからなかったんだ。そんな時にカラが来て、カラなら僕の出来ない事をしてくれるって思っちゃったんだ」
トウは後悔するように、顔を伏せた。
「トウ。私とレイ、カラはその二つの派を無くそうとするつもりなのよ。それに、あなたは協力してくれるかしら?」
私は少し、挑発的にトウに言葉をぶつけた。
「もちろん協力するよ。元々、僕が解決しなきゃならない問題だったのに、僕は逃げるようにして、カラに任せてしまったんだ。それに、ハムがレイの事を最初に『笑うな』って、僕たち子どもに言ったんだ。きっと、何か理由があるはずなんだ」
 トウは顔をあげ、私の顔を見つめてきた。その顔は、来年大人になるだろうトウに相応しいものだろうと私には感じられた。
 その時、海岸から声が聞こえてきた。
「おい、あれってどこの船だ?」
 私たちも海を見ると、海には多くの船が海上にあり、こちらに向かって来ていた。
 船から降りてきた人たちは三内、秋田、二ツ森、久慈村という四つの地域の集団であった。
「何の目的ですか?」
 モニさんが酋長の代理として、彼らと話し合う事になった。
「少しの休憩と、ここから近くにあったという北黄金集落について話が聞きたいのです」
 ハキさんという三内を管理しているという男性が、代表として答えた。
 この人たちは、過去に入江近くにあった北黄金集落に『忘れ物』があるという情報があると聞き、ここに来たようだ。その情報は、一緒に来た秋田から来た人たちから聞いた話らしく、みな『忘れ物』に興味があるそうだ。
 一方、二ツ森と久慈村から来たという人たちは、元は違う目的だったそうだ。この二つの村は三内から渡島に来た経験が無く、交易の下準備として訪れたそうだ。『忘れ物』を一緒に探すという条件の元、三内の人から操船の技術を教えてもらっているとの事だ。
「ふーん、ここが入江か。夏なのに何だか寒いね」
男性が一人、海を遠望しつつ呟いていた。
「三内から歩いて来られたら、どれくらいかかるんだろうなぁ」
彼は見る物全てが珍しく感じるのか、目をきょろきょろとさせつつ、私とトウに目を止めた。
「やあ、俺はバクっていう名前だ。久慈村から来た人間だ」
 バクと名乗った男性は邪気の無い笑みを浮かべたまま、トウと私に握手を求めてきた。その手はとても温かく、悪人から一番縁の遠い人に思えた。
「この村にカラが来ているって是川で聞いたんだけど、元気にしているかい?」
 私とトウはその言葉に驚き、その驚きがバクさんに違う意味に伝わったのか、「え、カラに何かあったのかい?」と、不安感を与えてしまったようだった。
 
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