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 僕の体調が良くなったのは、それから一週間後だった。頭がぼーっとしており、少し体も痛くなってきて、中々動くことが出来なかった。排便がし辛くなったと思ったら、死にかけの鞭虫がお尻の穴から出てきた事もあった。
「疲れがたまっていたんだよ」
 矢を火で焙っているレイに言われ、僕は入江に来てから、自分の身体の調子が良すぎていた事に気がついた。例え疲れていても、無意識に『頑張らないと』と思い、子供の仕事や漁を行っていたのだろう。
 寝ている間にも、僕はレイと今までの事を話し合った。それで分かったのは、レイが家々を回っていた時に、自分の心境に変化が出たという事だ。
「あの時は、本当にごめんね」
 『あの時』とは、僕が完全にレイから拒絶され、『帰って』言われた時の事だ。
 僕はそれでもレイの事が嫌いになれず、レイも次の年に、僕に伝言を頼んできた。
「やっぱり、一人で悩まないで、お姉ちゃんと二人で悩んでいても駄目なんだ。お父さんも口にはあまり出さなかったけど、とても悩んでいたと思う。僕が動けない代わりに、無理に漁に出ていたこともあったから」
 そこまで言うと、レイは少し顔を暗くした。
 僕はキノジイから言われた『一人で悩んでいても駄目だし、二人で悩んでいたとしても駄目だ』という言葉を思いだした。その言葉が、今になってようやくわかった気がした。
「レイは僕と喧嘩をしてから、どうやって他の子と仲良くなったの?」
 僕が尋ねると、レイは少し恥ずかしそうな顔をした。
「前にも言ったけど、僕は自分を『役立たず』だと思っていたんだ。それに、お姉ちゃんがずっとつきっきりで、自分では何もできないって勝手に思っていたんだ。でも、他の家で『あれを取って』や『火の番をしてくれる?』って簡単な事をしておいてくれって頼まれて、少しずつ自分でも出来ることがあるんじゃないかと思ったんだ。そこで、まだ両腕が使える頃だったから、石器造りをしてみようと思ったんだ」
 レイの話を聞き、僕は「レイが造った石器、すごかったよね」と、思い出すように言った。去年、入江から来た人からレイに石器だと言われて渡された石器の事だ。 
「僕は石斧とか大きな石器は造れないし、使えもしない。だから、小さな石器を造ろうと考えたんだ。村のみんなは石を叩き割って、軽く磨く程度だったけど、僕が使うとしたら、力が無ければ使えない。でも、鋭くすれば僕でも殺傷能力のある石器を使えるんじゃないかと思って、造ってみたんだ」
 レイはそう言って、家の隅から右手で石器を取った。いつ造ったのかはわからないが、小さいがとても鋭く、刺すというより刺し込めそうだった。
「僕はこの石器があれば、子供でも獲物が狩れると思って、たくさん造ったんだけどな」
 レイはそこで、少し寂しそうな顔つきになった。 
「レイの石器や道具が使いやすすぎて、リウさんらは神聖視して、ハムさんのお父さんは自然に反すると言うようになった。僕は、どちらも間違っていると思うし、どちらもあっていると思う」
僕の言葉に、レイは少し驚いたようだ。
「僕たちは海の神様にも、山の神様にもお祈りをする。それは、たぶんどちらの派も同じだと思う。神様の力を得たいから、レイの石器を神聖視する。逆に、獲物を簡単に獲りすぎる事は海や山の神様に失礼で、人間だけ豊かになる事は自然に反すると否定する。どっちも、極端になっているだけなんだと僕は思う」
 僕が言い終わると、レイは少し考え込み、「海の神様を盲信して魚だけを食べるか、山の神様を盲信して獣だけを食べるかみたいなもの?」と僕に聞いてきて、僕は「そうかもしれない」と言い、互いに笑い合った。
「どっちも食べる事が、人間だと僕は思う。だから、どっちか一方しか食べない、食べてはいけないっていうのはおかしいと思うんだ」
僕の例えもおかしいのかもしれないが、二つの派の根幹の考えは同じで、人間としての生き方を両極端に考えてしまっているだけなのかもしれないと、僕は考えた。
僕とレイが笑い合っていると、家の入口に誰かが立ち、家の中に影が映った。
「うん、カラは相変わらず面白い事を考えるね」
 この特徴的で、誰の意も介さない様なしゃべり方をする人を、僕は一人しか知らない。
どうして入江にバクさんがいるのだろう。

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