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カラSide 6-3

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カラSide
 6―3
 どうしてサキさんが、僕の考えている事がわかったのだろうか。全部ではないけれど、僕の気持ちを代弁してくれた。誰かが言っていた、女の勘というものなのだろうか。
 でも、サキさんの言った通り、僕はこのままでは帰る事が出来ない。村の掟で、全員が帰って来てもいいと同意しなければ、僕は村に帰れない。自分の言葉で、自分の事を話さなければならないのだ。
「サキ。話はまだよくわからないけれど、カラ君の体調は悪いのは本当なんだから、元気になってからにしない?」
 サンおばさんの言葉で、僕は頭が一段とボーっとしてきて、軽く目眩を覚えた。
「ほら、早く横になって」
 サンおばさんに促され、僕は横になった。ただ、自分の感情を吐露したので、少しだけ気分が良くなっていた。
 しばらくして目が覚めると、家の中はレイだけだった。僕が起きたのに気がついたのか、レイが口を開いた。
「カラ、僕の身体を介助していて、どう思った?」
 入江に来て、季節は本格的な夏になろうとしていた。是川よりも遅い夏に戸惑いを覚えつつも、自分なりに頑張り、レイの介助も出来たと思っていた。
 しかし、レイの言う『どう思った?』は、『簡単だった』か、『大変だった』かの二択ではなく、僕自身が本心でどう思ったかを尋ねてきている様な気がした。
 僕は一度、レイの顔を見た。レイは「何を言われても、僕は怒らないよ」と、優しく僕に向かって言ってくれた。
「思ったよりも、レイは重かった。以前、入江に来た時にもレイの排便の介助をしたことがあったけれど、それよりも大変になっていた」
 僕が本心で話すと、レイは「続けて」と、僕を促した。
「レイは、誰かに介助してもらわないと生きていけない。それは僕もわかっている。でも今のレイは、それを苦にしていない気がした。何て言うか、介助されて当然みたいな雰囲気だった」
 今のレイは、僕の知っていたレイと少し違っていた。今までのレイならば、手を貸すだけで「ありがとう」等の言葉を口にしていたからだ。
しかし、今のレイにはそれが無い。そして、サキさんやサンおばさん、ゴウさんもそれを当然だと思っているようだった。
「そうだね。僕から言うのも変だけど、いつも介助してくれたらお礼を言うのって、僕も介助をしてくれる人も、どっちも疲れちゃうんだ。もし、介助をしてくれる度に僕が『ありがとう』って言っていたら、僕は一日に何度も『ありがとう』って言わなければならなくなる。介助してくれた人も、お姉ちゃんやサンおばさん、ゴウさんも何度も『ありがとう』と聞かないといけなくなる。うん、普段の挨拶と同じで、誰に何度言っても大丈夫だと思うかもしれないけど、やっぱりお互い疲れちゃうんだ」
 僕は今まででの、レイの介助を振り返った。レイは介助なしでは生きられない。そして、少し動くだけでも他人の手がいる。その度に「ありがとう」と言うとしたら、どうなるのだろうか。
自分はそうしないと生きられないのに、何度も「ありがとう」と言うのは疲れるだろう。言われる方も、レイに生きて欲しいから介助をしている。それなのに「ありがとう」と言われ続けるのは、互いに気分のいいものではないのかもしれない。
 レイは生きたいから介助を受け、介助をする方もレイに生きて欲しいから介助をする。それに、いちいちお礼を言うのはおかしいとは言わないまでも、互いの心にしこりが残りそうだと思った。
「僕も、カラに一言言っておくべきだったと思っているよ。僕は『いちいちお礼を言わなくなった』って。そのせいで、カラも少し疲れちゃったのかもしれない」
 レイは少し顔を伏せるようにして、身体を横たえた。
「お姉ちゃんもそうだったんだ。お父さんが生きていた時に、僕につきっきりで、まだ両腕が動くときも逐一僕に聞いてきたんだ。『あれがしたい?』『これがしたい?』って。僕も何度も聞かれると困るし、自分で出来ることは自分でしたかったんだ。でも、それをお姉ちゃんには言い辛くて、僕もお姉ちゃんも、少しずつ苛々としてきたんだ」
 レイはそこまで言って、軽く息を吐いた。僕は一度、この家を見渡した。
「けど、今はレイもサキさんも大丈夫なんだよね。何があったの?」
僕の疑問に、レイは「自分が嫌われていて、邪魔な存在だって思っていたのは、僕とお姉ちゃんだけだったんだ」と、何かを思い出すようにしながら苦笑した。
「ヌイさんが僕を『家々で預かり回す』って言ったんだ。お姉ちゃんはすぐさま反対したよ。僕の事を一番わかっているは私だって。でも僕から見ると、一番疲れているのがお姉ちゃんだったんだ」
僕は初めて会った時のサキさんと、今のサキさんを思い比べた。大人になったからというのもあるかもしれないが、レイに対する過剰な反応が、ほぼなくなったと言ってもよかった。
「僕が他の家にいる間、お姉ちゃんは最初ずっと気が気でなかったみたいなんだ。サンおばさんやエイさんがお姉ちゃんの話し相手になったりして、少しずつ疲れが抜けていったんだ。カラの村から来たナホさんに会ってからも刺激を受けて、自分の好きなような時間を持てて、交易品造りもするようになったんだ」
 僕はレイの話を聞きつつ、ふとした疑問が浮かんだ。
「今も、レイは持ち回りで介助を受けているの?」
 僕がゴウさんの家に来てからは、レイが他の家に行ったのは数えるほどしかなかった気がしたからだ。僕が尋ねると、レイは少し顔を暗くした。
「僕がお礼を言わなくなったせいなのかもしれないけど、リウさんが僕の態度を『神聖な物を造る人間なのだから当然だ』って思うようになって、僕を人間らしく扱わなくなったんだ。そして、ハウさんは僕のせいで、村は自然に反するようになったって思っているんだ。それで、互いが嫌な思いをしないように、僕は他の家にあまり行かなくなったんだ」
 僕はそれを聞き、レイが僕に何をして欲しいのかの本心がわかった。
「レイは、人間扱いされたい。僕も、レイは人間だと思っている。でも、そう思っていない人たちがいる。そして、僕に足りないのはサキさんが言ったように、互いの主張を理解してから、互いに理解しようとする事だ、僕が意見を言う、考えるだけじゃなくて、相手の意見や考えも聞かなければならないんだ」
 僕は自分の考えをまとめる様に言い、レイが「僕も当然だけど、手伝うよ」と言った。
 
 6部前半 了
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