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 ゴウさんに言われた集合場所に行くと、すでに子供たちは全員集まっていた。
「すみません。遅くなりました」
 僕が謝ると、トウさんは「みんなが、いつもより早いだけだよ」と、冗談っぽく言った。
「さて、今日からカラが新しく入るけど、カラからは何か聞きたいことがある?」
 トウさんに言われ、僕は「まずは、みんなの名前を知りたいです」と、正直に言った。
「そうだな。ついでにカラも自己紹介をしてもらおう」
 こうして、まずトウさんからもう一度それぞれが自己紹介をし、最後に僕が自己紹介をした。
「トウさん、僕はまずカラは何が出来るかが知りたいです」
同い年というムウが、じっと僕の顔を見つめてきた。
「そうだなぁ、カラって、何が出来る?」
 トウさんに尋ねられ、僕は答えに窮した。自分でも何が出来るかと言われれば、何と答えていいのかよくかわからなかった。
僕はどちらかというと、狩りや漁が上手いのではなく、考えて、計画する性格だったからだ。
「おいおい、カラが困っているぞ。とりあえず、僕たちの方から何が出来るかを見せてもいいんじゃないのか。いつも通りの子供の仕事をやって、互いに知ればいい。急ぐ事なんてないんじゃないのか?」
 1歳年上のハムさんの言葉で、僕は心の中で『助かった』と、よくわからない安心感を得た。
「そうだな。まず、一緒に僕たちのいつも通りの仕事をしてみよう」
トウさんもハムさんの助言を聞き入れてくれ、僕たちはまず湖へと向かった。
 湖に来るのは、これで二回目だ。ここでヨウが湖の中に潜り、中々あがってこなくて、入江の子供たちを困らせていたことがあった事を思い出した。
「カラは、網を使って漁をしたことはあるか?」
 トウさんがいつの間にか網を握っており、土錘も一番年下のボウが抱える様にして、漁の準備をしていた。
「磯部で練習した事はあります」
 正直に答えると、トウさんは「海と少し勝手が違うから、まず僕たちのやり方を見ていてくれ」と言い、僕とハムさんを除いた子供たちが道具を持って行き、そのうち半分の子供は向こう岸に行った。
「追い込み漁と似たようなものですか?」
 隣にいるハムさんに尋ねると、ハムさんは「そうだ」と、意を介さない声色で答えた。何となく、ハムさんの機嫌が悪いように、僕には思えた。
「よし、岸に向かって追い込むぞ」
 トウさんの号令で、子供たちは網を上手く操りながら、魚を追い込み始めた。
「一度に、どれくらい獲れるんでしょうか?」
「獲れる時もあるし、獲れないときもある」
 またも、ハムさんは機嫌が悪そうに答え、少し僕はムッとした。
土錘の下から魚が逃げないように追い込みつつ、僕とハムさんは岸から湖に入り、持っていた軽めの石斧で水面を叩き、魚を死なせない程度に気絶させた。
「どうだ。同じ感覚か?」
 トウさんに尋ねられ、僕は「波が無い分、動きやすそうです」と、正直に答えた。
 獲れた魚は小ぶりで、数は少なかったものの、子供たちの表情を見る限りこれで十分な量なのだろう。
 籠に魚を入れ、僕たちは村に戻る事となった。魚の入った籠は僕が持ったけれど、海の魚と違い、泥の匂いが強かった。
「このまま食べるんですか?」
 僕がトウさんに尋ねると、トウさんは「生じゃ食べないさ」と冗談を言いつつ、「こっちに入れるのさ」と、村の近くの茂みを指した。  そこには湧き水が流れており、とても透き通っている小さな池となっていた。
「ここに入れて、どうするんですか?」
 僕が尋ねると、他の子供たちは不思議そうな顔になり、ムウが「あ、カラの村には湖の魚を食べないから」と、何かを思い出したような声を出した。
「湖の魚って、そのまま焼いたり茹でたりして食べるんじゃないんですか?」
「食べてもいいけど、ちょっと泥臭いんだ。まず、奇麗な水に入れて泥を吐かせてから食べるんだ。カラが交易で是川から来た時に出した煮魚も、事前に魚から泥を吐かせてあったんだよ」
 ムウに説明され、僕は「初めて知った」と驚いた。魚は干物にする以外は、すぐに焼くか煮るかして食べるに決まっている。そう、思っていたからだ。
「で、カラ。何か気になった事はあるか?」
 もうすぐ村に入る寸前で、トウさんに尋ねられた。
 僕は少し今日の漁の様子を思い出しつつ、気になる点を聞いてみようと思った。
「いつも、決まった場所で網を使った漁をするんですか?」
「いや、毎日違う場所でやっている。今日は村から近い所で漁をしたんだが、それがどうしたんだ?」
 僕はトウさんの言葉を聞き、二ツ森の漁の様子を思い起こした。
「海に繋がっている湖の話しですが、二ツ森という村では、鳥がいる場所で漁をするそうです。魚を獲る鳥がいる場所には、必ず魚が近くにいるそうです」
 僕が言うと、他の子供は何かを考え込み、しばらくしてカトが口を開けた。
「以前、湖に潜りすぎたっていう是川の子供も、同じことを言っていた気がします」
 僕はカトの言葉を聞き、「たぶん、ヨウの事かな」と苦笑した。
「そうだな。鳥がいるところに魚はいるはずだ。他に、何かあるか?」
僕は再度、トウさんに尋ねられた。
「うーん、後は栄養の豊富な場所に魚はいるって言っていました」
僕が言うと、ムウが「それは、海と川の間の話じゃないのか?」と聞き返してきた。
「いえ、これも二ツ森の話と、川が近くに無くて湧き水で生活をしいる小さな村の話です。大きな魚は小さな魚を食べて、小さな魚は小さな虫を食べています。小さな虫がたくさんいるところに魚はやって来ます。落ち葉などの腐葉土がたくさんある所には虫がたくさんいて、そこに水の中で生きる虫や小魚がやって来ます。それを食べに、大きな魚もやってくるはずです」
 僕の言葉に満足したのか、トウさんが大きく頷いた。
「うん、その通りだ。でも、偶然かもしれなくて、大人たちも自信が持てていなかったんだ。他の村でも同じような事をやっているなら、きっと正しい情報なんだろう」
 トウさんが言い終えると、「これからは、そういう場所を探して、場所を変えつつ漁をしましょう」と、カトが網に手を絡ませつつ元気よく言った。
 僕も何となくだが、これでこの村の子供の一員になれた気がした。しかし、ハムさんだけが少し浮かない顔をしていた。

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