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4―11
太陽ももうすぐ海の中に沈みそうであり、辺りが薄暗くなってきた。その中で唯一、祭壇の周りだけ焚き木が焚かれ、明るくなっていた。
そこでは数人の人たちが何かしらのお祈りをしており、見覚えのある顔の男性が足を投げ出しつつ海を眺めていた。
「ハキさんですよね?」
 僕が男性に声をかけると、男性は「そうだが、何処かで会ったのかな?」と返してきた。
「やっぱり、毎日人がたくさん来るから、僕の顔を覚えていないんですよね」
 僕が冗談交じりに言うと、ハキさんは「その通りだよ」と、笑顔で返してきた。
「毎日違う人が来て、違うものを見ていると、何だか心が騒がしく感じがするんだ」
「騒がしく、ですか?」
 僕が聞き返すと、ハキさんは「そう。毎日が騒がしく感じるんだ」と、言葉を続けた。
「最初は、毎日が楽しかったさ。でも、たまには静かに、海をずっと眺めていたい気持ちになる時があるんだ」
「それで、今も海を眺めていたんですか?」
「そう、海だけはずっと変わらないからな」
僕とトウさんも、ハキさんの隣に座って海を眺めた。風は冷たくなり、太陽もほぼ海の中に沈んでしまっている。
「ハキさん。三内には何処から何処まで人が来ているんでしょうか?」
 ハキさんはトウさんの言葉にすぐに答えず、手で円い形を造った。
「太陽なら、きっと何処から人が来て、どれだけいるか知っていると思う」
 僕もトウさんもそれ以上追及することなく、ただ海を眺めていた。
暗い中宿泊所に戻ると、中がとても暖かく感じられた。
「そりゃ、太陽が完全に海に沈んでからも海を見続けていたら、寒くなるに決まっているだろ?」
 グエさんに呆れられながら、僕とトウさんは荷の横で横になった。宿泊所の入り口には火の点いた松明があり、少しだけ中に火の光が差し込んでいた。
 僕は疲れているはずなのに、なかなか寝付けずに、上手く姿勢をずらして松明の火を眺めた。
「眠れないのか?」
 僕の横にいたトウさんが話しかけてきた。
「はい、ここにいる人たちのいびきが五月蠅くて」
僕は半分、本当の事を口にした。
「もしかして、寂しいんじゃないのか?」
 トウさんの言葉は、僕の心の中に突き刺さった。
「寂しくないかって聞かれたら、そうですね。でも、それ以上にやりたいことがあるんです」
 そう言うと、トウさんは納得したらしく「明日は、グエさんがたくさん漕いでくれるから、腕が痛くならないさ」と冗談を言い、しばらくして眠りについたようだ。
 僕の心の中は、本当にこれでよかったのだろうかという不安で膨れ上がっていた。
「僕はお父さんを嫌いになりたくないし、近くで見るよりも離れた方がよく見える事もあるんだ。レイも、僕がいけば助かるはずだ。レイは人間なんだ。神様扱いしちゃいけないよ」
 僕は自分を説得しつつ、次第に疲れのおかげで、眠ることが出来た。

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