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大人たちの会議は夜遅くまで続いたようで、僕が起きる頃でも、お兄ちゃんは僕の身体に足を乗っけており、お父さんまで僕の顔に手を乗っけたまま眠っていた。
「夜遅くまで、話疲れたのよ」
お母さんはそう言って僕をなだめたけれど、お父さんとお兄ちゃんは、何故かお母さんには手足などを乗っけたことが無い。それが不思議だった。
家の外で簡単な朝食を作り、僕は土器の中身をかき回しながら、湯気を家の中に入り込ませるようにした。こうすれば匂いが家の中に入り、お腹が空いて二人とも起きてくると思ったからだ。
「ああ、母さんとカラだけに作らせてごめん」
最初にお兄ちゃんが起き出し、すぐにお父さんがお腹を鳴らしながら出てきた。
僕は家族で朝食をとりつつ、お父さんとお兄ちゃんから、昨日の夜の会議について尋ねた。
「一番驚いたのは、何と言ってもシキがマオとカオに手伝わせたいって言った事だったな」
お父さんがさも不思議そうな顔で、マオとカオ、二人の両親のホウさんとコンさんの朝食の姿を遠望した。
「何だか、マオとカオが信用されていないみたい」
僕が少し不機嫌そうに言うと、お兄ちゃんが「そうじゃない」と、話を続けた。
「シキさんが漆の木の管理を継いでから、他の人の手を借りたことはほとんどないんだ。だから、子供に手伝って貰うって聞いて、みんな驚いたんだ。マオとカオが信用されていないってわけじゃないんだ」
お兄ちゃんもマオとカオを、遠望しつつ言った。
「そう言えば、シキさんは誰から漆の木の管理を継いだの?」
「ガンさんの義娘のイレさんだ」
「イレさん?」
僕が聞いたことがある様な、無いような人の名前の人だった。ガンさんには、すでに子供はいないはずだった。
僕が考えていると、お母さんが悲しそうな顔で口を開いた。
「イレさんは、ガンさんの息子のスガさんの妻だった方よ。女性には荷が重い仕事だったけれど、何時も懸命に漆の木の手入れをしていたわ。でも、スガさんが亡くなってから、ほどなくして後を追うようにして亡くなられたの」
僕はお母さんの話を聞き、12年前の話を思い出した。当時酋長だったスガさんが亡くなった事は聞いていたけれど、スガさんの妻がその後、どうなったかは聞いていなかった。
「シキは子供の頃から、イレさんと一緒にいたそうだわ。イレさんだけが、シキを笑わなかったからかしらね」
「笑わなかったから?」
僕はどういう意味だか分からなかった。
「シキの言葉遣いが、少し変な時があるのは知っているだろ?」
僕はお父さん言われ、「方言かと思ってた」と、半分本気で答えた。シキさんが、この村の生まれではないかとも思っていたからだ。
「俺たちは残酷な事をしてしまったと後悔している。たどたどしい言葉しか話せないシキを笑い、時には仲間外れにさえしてしまったんだからな」
お父さんはその時の事を思い出した様で、顔を曇らせた。そして、お母さんが話を継いだ。
「そんなシキを一人笑わずに、言葉が出るのをずっと待っていたのがイレさんだったのよ。私もイレさんの様な大人女性になりたいって思って、今の様な性格になったのかしらね」
お母さんが思い出すように話し始めた。
「イレさんの両親が漆の木を管理していて、それをイレさんが受け継いだの。でも、漆の葉っぱを触ると被れたりして、重労働になる時もあるの。それを支えていたのがシキなのよ」
僕はお母さんの話を聞いて、もしかしてシキさんはイレさんの事が好きだったんじゃないかと思った。でも、それをシキさん自身に尋ねる事は酷だと思った。
「カラ、あなたの思っていることはわかるわよ?」
お母さんが、僕の顔を覗きながら言った。
「スガさんはね、イレさんの漆で被れた手を舐めて結婚を申し込んだのよ」
「舐めて?」
「そう。私たち女性はイレさんの被れた手や腕を苦労の証と言うように、羨望の目で見ていたけれど、男性にはあまり好まれなかったわね」
お母さんは、お父さんを少しじっと見つめた。お父さんは居心地の悪そうな顔をした。
「シキはその様子を見ていて、イレさんに『これからは、俺が漆を管理します』って言ったの。確かに、シキはイレさんの事が好きだったと思うわ。でもそれは、恋愛感情と言うより、家族と同じような感覚だったかもしれないわね」
お母さんはいったん、村はずれにある漆の木がある方に顔を向けた。
「12年前にガンさんの息子のザシさんが亡くなって、それからほどなくしてイレさんも亡くなったわ。だから、たまにガンさんの家にシキはいるのよ。シキにとって、ガンさんは義父のような存在だからかしらね」
僕は初めて聞いた話ばかりで、少し頭が混乱した。でもその中で一つ大きく膨らんだのは、お父さんたちがシキさんを笑い、仲間外れにしたという事だ。
「お父さん」
僕は産まれて初めて、お父さんに怒りの感情を向けたかもしれない。
「カラ」
お兄ちゃんが僕の名前を呼んだけれど、僕の耳を通過するだけだった。
「わかっている。辛い目にあわせてしまったのはわかっている。だが、どう償っていいのかわからないんだ」
お父さんの顔は悲痛に満ちていたものの、それよりもシキさんの方が、悲痛な目にあっていただろうと僕は思った。僕は子供の仕事をしていて、仲間はずれにする、されるという行為の愚かさと恐さ、疎外感を知っているからだ。
「カラ、過去は変えられないのよ。ザシさんが亡くなった後、お父さんが酋長になったのも、罪滅ぼしのためなんじゃないかしらね」
お母さんはそう言って、朝食に使った器を片付け始めた。僕はまだ、心の中に残った感情が消えなかった。
大人たちの会議は夜遅くまで続いたようで、僕が起きる頃でも、お兄ちゃんは僕の身体に足を乗っけており、お父さんまで僕の顔に手を乗っけたまま眠っていた。
「夜遅くまで、話疲れたのよ」
お母さんはそう言って僕をなだめたけれど、お父さんとお兄ちゃんは、何故かお母さんには手足などを乗っけたことが無い。それが不思議だった。
家の外で簡単な朝食を作り、僕は土器の中身をかき回しながら、湯気を家の中に入り込ませるようにした。こうすれば匂いが家の中に入り、お腹が空いて二人とも起きてくると思ったからだ。
「ああ、母さんとカラだけに作らせてごめん」
最初にお兄ちゃんが起き出し、すぐにお父さんがお腹を鳴らしながら出てきた。
僕は家族で朝食をとりつつ、お父さんとお兄ちゃんから、昨日の夜の会議について尋ねた。
「一番驚いたのは、何と言ってもシキがマオとカオに手伝わせたいって言った事だったな」
お父さんがさも不思議そうな顔で、マオとカオ、二人の両親のホウさんとコンさんの朝食の姿を遠望した。
「何だか、マオとカオが信用されていないみたい」
僕が少し不機嫌そうに言うと、お兄ちゃんが「そうじゃない」と、話を続けた。
「シキさんが漆の木の管理を継いでから、他の人の手を借りたことはほとんどないんだ。だから、子供に手伝って貰うって聞いて、みんな驚いたんだ。マオとカオが信用されていないってわけじゃないんだ」
お兄ちゃんもマオとカオを、遠望しつつ言った。
「そう言えば、シキさんは誰から漆の木の管理を継いだの?」
「ガンさんの義娘のイレさんだ」
「イレさん?」
僕が聞いたことがある様な、無いような人の名前の人だった。ガンさんには、すでに子供はいないはずだった。
僕が考えていると、お母さんが悲しそうな顔で口を開いた。
「イレさんは、ガンさんの息子のスガさんの妻だった方よ。女性には荷が重い仕事だったけれど、何時も懸命に漆の木の手入れをしていたわ。でも、スガさんが亡くなってから、ほどなくして後を追うようにして亡くなられたの」
僕はお母さんの話を聞き、12年前の話を思い出した。当時酋長だったスガさんが亡くなった事は聞いていたけれど、スガさんの妻がその後、どうなったかは聞いていなかった。
「シキは子供の頃から、イレさんと一緒にいたそうだわ。イレさんだけが、シキを笑わなかったからかしらね」
「笑わなかったから?」
僕はどういう意味だか分からなかった。
「シキの言葉遣いが、少し変な時があるのは知っているだろ?」
僕はお父さん言われ、「方言かと思ってた」と、半分本気で答えた。シキさんが、この村の生まれではないかとも思っていたからだ。
「俺たちは残酷な事をしてしまったと後悔している。たどたどしい言葉しか話せないシキを笑い、時には仲間外れにさえしてしまったんだからな」
お父さんはその時の事を思い出した様で、顔を曇らせた。そして、お母さんが話を継いだ。
「そんなシキを一人笑わずに、言葉が出るのをずっと待っていたのがイレさんだったのよ。私もイレさんの様な大人女性になりたいって思って、今の様な性格になったのかしらね」
お母さんが思い出すように話し始めた。
「イレさんの両親が漆の木を管理していて、それをイレさんが受け継いだの。でも、漆の葉っぱを触ると被れたりして、重労働になる時もあるの。それを支えていたのがシキなのよ」
僕はお母さんの話を聞いて、もしかしてシキさんはイレさんの事が好きだったんじゃないかと思った。でも、それをシキさん自身に尋ねる事は酷だと思った。
「カラ、あなたの思っていることはわかるわよ?」
お母さんが、僕の顔を覗きながら言った。
「スガさんはね、イレさんの漆で被れた手を舐めて結婚を申し込んだのよ」
「舐めて?」
「そう。私たち女性はイレさんの被れた手や腕を苦労の証と言うように、羨望の目で見ていたけれど、男性にはあまり好まれなかったわね」
お母さんは、お父さんを少しじっと見つめた。お父さんは居心地の悪そうな顔をした。
「シキはその様子を見ていて、イレさんに『これからは、俺が漆を管理します』って言ったの。確かに、シキはイレさんの事が好きだったと思うわ。でもそれは、恋愛感情と言うより、家族と同じような感覚だったかもしれないわね」
お母さんはいったん、村はずれにある漆の木がある方に顔を向けた。
「12年前にガンさんの息子のザシさんが亡くなって、それからほどなくしてイレさんも亡くなったわ。だから、たまにガンさんの家にシキはいるのよ。シキにとって、ガンさんは義父のような存在だからかしらね」
僕は初めて聞いた話ばかりで、少し頭が混乱した。でもその中で一つ大きく膨らんだのは、お父さんたちがシキさんを笑い、仲間外れにしたという事だ。
「お父さん」
僕は産まれて初めて、お父さんに怒りの感情を向けたかもしれない。
「カラ」
お兄ちゃんが僕の名前を呼んだけれど、僕の耳を通過するだけだった。
「わかっている。辛い目にあわせてしまったのはわかっている。だが、どう償っていいのかわからないんだ」
お父さんの顔は悲痛に満ちていたものの、それよりもシキさんの方が、悲痛な目にあっていただろうと僕は思った。僕は子供の仕事をしていて、仲間はずれにする、されるという行為の愚かさと恐さ、疎外感を知っているからだ。
「カラ、過去は変えられないのよ。ザシさんが亡くなった後、お父さんが酋長になったのも、罪滅ぼしのためなんじゃないかしらね」
お母さんはそう言って、朝食に使った器を片付け始めた。僕はまだ、心の中に残った感情が消えなかった。
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