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 ズイとオクは、山の奥に入るのは初めてだ。
「木がたくさんあって、歩きにくいですね」
 ズイが木の根っこに足をとられつつ、オクも懸命に僕たちの後を追っている。
「ウドさん、少し休憩しませんか?」
 僕が提案すると、ウドさんは「そうだな。池のある所で休もうか」と答えた。
 それを聞いて、イケが「え?」という声を出した。
「名前じゃなくて、水の方だよ」
 ヨウがイケを揶揄するように、肩を叩いた。イケは少し、顔を赤らめた。そう言えば、お兄ちゃんもお母さんの『あら?』という呟きを、自分が呼ばれたと勘違いしたことがある事を思い出し、僕も少し笑ってしまった。
「そんなに笑わないでくださいよ」
 イケが口を尖らして言うと、僕は「ごめんごめん」と謝った。
「カラさんだって、『貝の中身が空だ』って僕が言ったら、自分の事だって勘違いする時があるじゃないですか」
 イケに言われ、僕は「そんな事、あったっけ?」と、身に覚えのない事を言われた。
「ありましたよ」
「ありましたよね」
「貝の中身が空でしたよ、カラ。か」
 マオとカオが言い、ウドさんは何かツボを突かれたかのように、腹をよじりながら笑い始めた。
「早く行きましょう」
 僕は自分の顔が紅潮するのを見られないように、先頭に立って歩き始めた。
 池に着くと、さっそくズイとオクは水を手で掬い飲み込み、足を洗ってから池の水に足を入れ、疲れた足を癒し始めた。
「この池で、カラさんは木を倒す方法を考え付いたんですよね?」
ヨウが池の底の粘土質の土を押しつつ、僕に尋ねてきた。
「そうだよ。この粘土みたいな土と、コシさんが粘土質の泥濘に足をとられたことを思い出して考え付いたんだ」
 僕がその時の事を思い出していると、マオとカオは池の底の粘土質の土を手に掬い上げ、匂いを嗅ぎ、ついには舐め始めた。
「美味しいんですか?」
 足を冷やしていたオクが、何とも言えない表情で二人に尋ねた。
「味がしないね」
「うん、何も育たなそう」
 二人はすぐに土を吐き出し、池の近くにある大木の方へと歩いていった。
「こっちの土はどうかな?」
「立派な大きい木なんだから、きっと味がするよ」
 二人はそう言って、木の根元の土を指で掬って舐め始めた。
「お腹壊さないかな?」
 イケが心配そうに見つめる中、シキさんが「教えたい」と、短く呟いた。
「何をですか?」
 僕が尋ねると、シキさんは二人を見つめたまま「漆」と答えた。
「シキさん、まさかマオとカオに漆の管理を継がせる気じゃありませんよね?」
 ウドさんが少しばかり、慌てたようにシキさんに尋ねた。
「ん、ある」
 シキさんははっきりと言い、ウドさんは「本当ですか?」と言い、空を見上げた。
「まあ、シキさんが継がせたいと思うなら、みんな反対はしないと思いますけど、あの二人は悪戯好きですよ。カラも、それは知っているよな?」
 ウドさんに話を振られ、僕も「少し、悪戯好きなところはあります」と言った。
「二人は、土がわかる」
シキさんはそう言って、池の土を手で掬い、口に含んだ。
「教えたい」
 シキさんはそう言って、口の中の土を咀嚼するように噛みしめながら、他の場所の土を舐めている二人の元へ歩いていった。

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