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カラSide 2-1

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カラSide
2―1
ヨウがずっと、海鳥ばかり見ている。いや、見ているというより、海鳥の言葉を聞いていると言った方が正しいのかもしれない。
「ヨウ、海鳥は何て言っているのかわかるかい?」
 僕がヨウに尋ねると、ヨウは「帰る場所がないって言ってる」と、悲し気な顔つきで答えた。
「帰る場所がないって、どういう事?」
 僕が聞き返すと、ヨウはまた空を見上げて海鳥を見た。
「うん。帰る場所がないっているより、『どこにいけばいいのかわからない』って言っているみたい」
 ヨウの言葉は、僕には少し理解し辛かった。
 この村で、海の天候を上手く予測できるのはお父さんにヤンさん、続いてヨウという順番になっている。
 お父さんとヤンさんは、海の風や雲の様子を見て予測するが、ヨウは海鳥の声を聞いて予測している。
初めは信用していない大人たちが多かったけれど、ヨウの言う『高い鳴き声』や『低く飛んで、低い声』など、ある程度他の人にもわかる海鳥の言動を見ていると、ヨウの予測は信用できるものだと判断された。
「ヨウ、俺と一緒に漁をやらないか?」
 ヤンさんがヨウに言い、ガイさんから「まだ早いだろ?」と言われていた事もあった。
 それにしても、ヨウの言う『帰る場所がない』とはどういう意味なのだろうか。
「海鳥にも、巣はあるだろ?」
 僕が言うと、ヨウは「魚が回遊してこない時と同じ声色で、親鳥が見つからない迷子の小鳥みたいな鳴き声」と、またもよくわからない言葉で答えた。
 僕はそれを聞いて、いつだったかヤンさんが「潮の流れで、魚が来ない時がある」と言っていた事を思い出し、一昨年にお母さんから聞いた12年前の事を思い出した。
「じゃあ、海から魚がいなくなるって、海鳥は言っているの?」
僕の問いかけに、ヨウは「僕にも、よくわかりません」と、戸惑い気味に答えた。その言葉の裏腹には、『自分の考えが外れて欲しい』という考えがあるのだろう。ヨウやイケ、マオやカオなど、みなが12年前の事を想起し始めていたのだ。
 今年は山菜があまり採れず、獲れる魚も少なかったからだ。
 大人の儀式には、キドさんとコシさんが参加する事になっている。大人の儀式は村同士の交流を深める意味合いもあるが、それ以上に他の村との食料についての話し合いが行われる事の方が重要だった。
久慈村と共同で木々の管理をしているウドさんとザシさんによると、久慈村でも、そこから南の村でも山菜や魚が獲れない事態になっているそうだ。
 それを聞いて、お父さんはお兄ちゃんとジンさんを二ツ森に急がせた。帰ってきた二人はお父さんが危惧したように、森で獣があまり獲れなくなっているそうだ。今年はまるで、12年前の再来だと言う人も現れ出した。
「大丈夫だ。ドングリの貯蔵はたくさんあるし、海の魚も気まぐれなんだ」
 お父さんはそう言って、村の人たちを安心させよとしていたけれど、みな不安な顔つきだった。
「僕たちが大人になる時にこんなになるなんて、何だか嫌だなぁ」
コシさんが呟くと、キドさんが「僕たちが大人の儀式を終えたら、頑張ればいいじゃないか」と、自分とコシさんを鼓舞するように話していた。

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