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 この日から、僕の行動が変わったなどという事はない。他人から見れば、いつも通りに子供の仕事をしているように見えるだろう。でも、僕自身は変わっている気がした。
「ほら、魚を獲るには二人で追い込んで、もう一人が岩の上から網を落とせばいいんだよ」
 僕は子供たちに熱心に自分の知っている技術を教え、僕が何も言わなくとも、出来るようにさせようとした。
「カラ、7歳の三人じゃ難しいんじゃないか?」
 コシさんに心配されたけれど、僕は楽観的だった。何故なら、三人の目は輝いており、新しい物事が出来、成功か失敗かに関わらず楽しんでいるからだ。
「何度も失敗しているな。それに、あの網じゃ魚は獲れないだろ?」
キドさんも三人に目をやった。当の三人はそれぞれ言い合いながらも、必死に魚を追い立て、網を投げ込んでいた。
 僕に足りなかったのは、失敗する経験だ。今まで僕が自由かつ上手くいっていたのは、大人たちの力によるところが大きい。それを自分の力だと過信してしまった結果、僕は大人たちに自分の仕事を取られたような気分になっていたのだ。
「じゃあ、僕が見本を見せるね」
 僕は網を受け取り、三人に魚を追い込むよう仕向けた。
 三人とも海面を叩き、徐々に魚を追い詰めていった。何度も失敗しているため、追い込み方も自分たちで考えるようになっていた。
「それっ」
 僕は網を投げ込み、魚の動きを止めてから網に自分の体重を乗せ、魚を編みから逃げられないようにした。
「こうすれば、網から魚が逃げる事はないよ」
 僕が三人に言うと、一人が「カラさんが重いからだよ」と、口を尖らせて言った。
 僕は苦笑しつつ、「じゃあ、網を改良してみよう」と言った。
「改良って、何?」
「どうして、追い込んだ魚の上に網を投げても逃げられるんだと思う?」
 僕が三人尋ねると、一人が「網の下を潜り抜けていくから」と答えた。
「じゃあ、どうすれば網の下の隙間を無くせると思う?」
 僕の言葉に三人は悩み始め、網を弄ったり、「やっぱりカラさんが重いんだよ」と、話し合い始めた。
「いいのか、カラ。いつもは網の周りに石を結び付けておいて、魚の逃げる隙間を減らしている事を言わなくて」
 キドさんが不安そうに言ったけど、僕は「これでいいと思います」と返した。確信はなかったけれど、あの三人なら自分たちで気がつくか、他の大人に、両親に尋ねたりして、自分たちで答えを見つけてくるだろうと思っているからだ。
これが、本来の子供の仕事の一つである、自分よりも小さな子供に様々な事を教え、考えさせる事だ。僕が、今まであまりやってこなかった事の一つだ。
「何だかカラ、ジンさんと同じような目で三人を見ているな」
コシさんに言われ、僕は「そうでしょうか?」と、ジンさんの事を思い返した。
「僕たちの方がジンさんと子供の仕事をやった年数が多いからわかるけど、ジンさんは最初から答えを教えないで、そっと見守る人だったんだ」
 コシさんの話に、キドさんも続けて話し出した。
「そうそう。緊急事態の時以外はあまり表に出ないで、そっと身体を支えてやるというか、泥濘にはまって動けなくなったみたいな時じゃないと助けには来ないからな」
 キドさんが言うと、コシさんは「もうその話はよしてよ」と口を尖らせた。
「ジンさんも、こうやって見守るようにしていたんですか?」
「そうだな。アラさんも12歳の時から班長を任された時も、そっとジンさんが影から助けたりして、今考えるとジンさんは僕たちみんなのお兄さん的な感じだったな」
 キドさんの言葉に、僕とコシさんも頷いた。
「僕も、ジンさんみたいになれるかな?」
 僕が呟くように言うと、キドさんは「無理だな」と即答した。
「どうしてですか?」
「だって、カラはカラで、ジンさんじゃない。カラはいつも通りに勝手に動いていた方がカラらしいからな」
 僕が口を尖らせてキドさんに言っても、キドさんとコシさんは『無理だな』という顔をしていた。
「キドさーん、カニ捕りが終わりました」
 少し離れていたところでカニを獲っていたヨウとイケ、マオとカオが戻ってきた。
「みんながジンさんみたいだったら、面白くないじゃないか」
 キドさんは言い終えると、マオとカオからカニが入っているだろう籠を受け取った。
 確かに、みんながみんな、ジンさんと同じような性格だったらつまらないかもしれない。
子供の時からみんな違うから、大人になった時に様々な人と触れ合い、話し合う事が出来るようになるんだと、お父さんとお母さんから言われた事を思い出した。
「うわぁ、これタコじゃないか?」
 籠に手を入れていたキドさんが悲鳴をあげ、腕に絡みついているタコの足をコシさんが引っ張っている。
「コシ、痛いって痛いって」
 その様子を見て、マオとカオは笑っており、ヨウはタコにとどめをさそうと小さな石器を振り上げた。
「ヨウさん、キドさんの腕を切り落とさないでくださいね」
 イケがタコの頭を抑え、ヨウが思いっきり手を振り上げた。
「いや、ちょっと待てって。コシ、ゆっくりと引っ張ってくれ」
この後、マオとカオがキドさんに怒られたのは言うまでもない。でも、こういう経験があるからこそ、子供たちは成長していき、僕に足りなかったものが徐々に埋まっていく気がした。
「酷い目にあった」
「すぐに籠に手を突っ込んだキドさんも悪いよ。カニでも挟まれちゃうじゃん」
「そうだよそうだよ」
 二人は頭の痛みをこらえつつ、土器の中で真っ赤に煮られているタコを睨みつけている。
「ところでカラさん。入江にいるレイさんって人に『互いに驚く物を見せよう』っていう話を聞きましたけど、何か造りましたか?」
 ヨウが貝を持って来て、タコの頭にぶつける様にして投げ入れた。タコはすでに死んでいるのにも関わらず身体をさらに丸くし、足で身体中を覆い込んだ。
「物は見せられないけど、見せたいものになれるようにしたいと思っているよ」
「どういう事ですか?」
 熱湯に入れられた貝が少しずつ泡を吹き、もうすぐ口が開きそうになっている。
「僕は今まで『子供には出来ないものを見せよう』としていたんだ。でも、それじゃ駄目だって気がついたんだ。子供に出来ない事をやっていても、子供の時に覚えないといけない事をやっていないと、ちゃんとした大人になれないからね」
 僕の言葉を聞き、ヨウは「じゃあ、見せたいものになるって、自分自身を見せたいってことですか?」と、続けて尋ねてきた。
 ヨウの答えに、僕は自分で言っておきながら気恥ずかしくなった。
「そういう事かもしれない。僕がしっかりとした大人にならなくちゃ、入江との交流も、他の村との交流も、僕自身が関われなくなっちゃう。それだと僕自身も嫌だし、レイに見せたい南の方の知識や物を、見せることも出来ない。まず、僕自身が『ちゃんとした子供』である所を見せないとね」
 僕が話し終えると、ヨウは少し考えてから、不安そうな顔になった。
「僕はあまり知りませんけど、レイさんって人は足が悪くて、自分で歩くことも立つ事も出来ないんですよね。そんな人に、カラさんが『僕は立派な子供になって、立派な大人になる』なんて言ったら、傷つくんじゃないでしょうか?」
 ヨウが僕の不安を、そのまま口にした。
「でも、僕は信じているんだ」
「信じている?」
「うん。レイとは全部合わせて十数日しか会っていないけど、互いにわかり合おうと、理解しようと話し合いもしたし、僕がそんなことを言っても傷つかないと思う。レイは僕よりも、立派な子供なのかもしれない。僕は大人の仕事をやろうとして、子供から脱け出したがっていたけれど、レイは子供の仕事の中で大人顔負けの事をやっているんだ。レイの方が、僕から見たら立派な子供だと思うよ」
 僕が話し終えると、ヨウは「そうなんですか」と、いまいち納得していない様子だった。
「ヨウは、あまりレイと話していなかったからね。もし、秋に入江に行く子供に選ばれたら、レイとじっくり話し合ってみるといいよ」
 僕の言葉にヨウは「うーん」と、やっぱり腑に落ちない様子だった。
 僕自身、逆の立場だったらヨウと同じ事を考え、理解に苦しむだろう。その理解に苦しむことも、子供の時に必要なのかもしれないと僕は思った。

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