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 家に帰ると、外でお母さんが土器で夕飯を煮込んでおり、家の中ではお父さんとお兄ちゃんが石器を磨いていた。いつもの光景が、目の前にあった。
「あら、どうしたの?」
 お母さんは僕を見て、お兄ちゃんは一瞬、自分が呼ばれたような顔をし、僕とお母さんの顔を見て、再び石器を磨き始めた。
 僕はしばらく家の降り口から中に入らず、黙ったままだった。
そんな僕の事はお構いなしに土器の中身が茹で上がり、お母さんが四人分の小さな器の中に木杓で入れていった。
 お父さんとお兄ちゃんは土器を磨くのを止め、お母さんが盛った器の側に座り込んだ。
「カラ、早く来いよ」
 お兄ちゃんが僕を急かす様な口ぶりで言ったけど、僕は何かが引っ掛かり、自分の足が動かなかった。
「食べながらなら、何を言いたいのか勝手に口から出るかもしれないわよ?」
お母さんにも言われ、ようやく僕は家の中に入り、器の前に座った。
 僕はどうしたいのだろうか。僕は塩味のする団子状の魚や、ドングリなどの粉を混ぜたものを噛みながら考えた。でも、答えは出なかった。
 すると、お父さんが持っていた器を置き、「また失敗したか」と、ため息ともつかない声を出した。
「失敗したって、なに?」
 僕が尋ねると、お父さんは「子育てさ」と、短く答えた。
「俺はアラに子供の仕事を任せ、自由を奪った。今度はカラを自由にさせ過ぎて、子供の仕事を奪ってしまった」
 僕はそれを聞いて「そんなことは無いよ」と、すぐさま反論した。
「僕はちゃんと、子供の仕事をしているよ」
「そうだ。カラは子供の仕事をしている一方で、大人がやるべき仕事もしてしまった。言い換えれば、子供の仕事の自由さを奪ってし
まっていたんだ」
 僕はお父さんの言っている意味がよく分からず、お母さんを見た。
「奪ったっていうより、与えすぎたのかもしれないわね」
 お母さんも、お父さんの考えに同意しているようだった。
「どういう事なの。僕は何も不自由さを感じていないし、与えられすぎてもいないと思うよ?」
 僕は本心から、そう思った。
「いや、与えすぎてしまったと俺は思っている。カラ自身は、自分を特別扱いしている、されているといった事は考えてもいないだろうし、他の村人も思っていないだろう。だが、カラには選択肢を与えすぎてしまったと思っている」
「選択肢を?」
「そうだ。カラ、お前の周りの子供たちは何をしているか。入江との交流もあり、多少の変化はっただろうが、基本的には変わっていない。俺が子供の時と、変わらない仕事をしているだろう。その中で、子供たちは班長の役目を担っては責任を持ち、協力や信頼関係を築き、自分に何が出来るのかを考えて大人になるんだ。だが、カラの場合は大人の仕事を先にやってしまい、子供の自分に何が出来るのかを考えることなく、今悩んでしまっている。結局、俺はアラにもカラにも、不幸な事をさせてしまったんだ」
 お父さんは急に暗くなり、今にも器に顔を突っ込みそうなくらいに落ち込んでしまった。
「そうやって、私にも相談しないでアラとカラに自分の考えを吐露しちゃって。こんなんじゃ、私も二人の子育てを放棄していたみたいじゃないの?」
 お母さんが珍しく、怒気を含んだ声をあげた。
「いつから気がついていたの。カラが悩んでいるって?」
 お母さんの問いかけに、お父さんは「入江の人たちが帰ってから」と、ボソボソと答えた。お母さんはため息をつきつつ「キンさんの言う通りね」と言った。
「どうしてあなた達男はそうやって、自分の弱い所を隠そうとするのよ。女に弱い所を見せるのが、恥ずかしいとでも思っているのかしら。貴方たちが悩んでいることは、私にも見せることが出来ないような、恥ずかしい話なの?」
 お母さんは涙をにじませつつ、僕たちの顔を順々に眺めた。
「私たちは、あなた達男が考えているほど勘は鋭くないんだよ。何を悩んでいるかなんて、言葉で言ってくれないと分からないのよ。アラは大体予想がついていて、自分から言うのを待っていたけど、今度は三人そろって『悩んでいることを当てて下さい』って、私に言うのかしら。そんな事は出来ないのよ。だから、ちゃんと私に言葉で言ってよ。私はあなた達の家族じゃないの」
 お母さんの声は涙混じりになり、最後はしゃっくりをあげて泣き始めてしまった。
僕はこんなお母さんを見るのは初めてで、なんと言っていいのかわからず、自分の心の中も揺れ動き、考えが何もまとまらなかった。
「俺は、母さんが何を考えているのかわからない時があるんだ」
お母さんのすすり泣く声が聞こえる中、お兄ちゃんが口を開いた。
「母さんはいつも優しくて、いつでも家で待っていてくれる。でも、母さんは他に何かやりたいことがあるんじゃないかって、思う時があるんだ。ナホさんのように、自由に装飾品を造ったり。何て言うか、俺たちが母さんの自由を奪っているんじゃないかって思う時があるんだ」
 お兄ちゃん言葉は、お兄ちゃんの妄想などではない。僕が覚えている限り、お母さんは毎朝朝食を作ってくれ、夕飯も作ってくれて、優しく家に迎え入れてくれる。それが日常だと思っていた。
 けれど、お兄ちゃんの言葉で気がついた。お母さんにも、やりたいことがあるのではないだろうか。酋長の妻として、何かしら役割があるのかもしれない。僕たちのせいで、何か不自由な目にあわせているのではないかという不安が、心の中で膨らんでいった。
 僕がお母さんの顔を見ると、お母さんは怒っているのか笑っているのか、よくわからない顔をしていた。
「そんなわけないじゃないの。私はお父さんを好きになったから秋田から引っ越してきて、アラとカラを産んだのよ。好きでもない人と結婚して、子供を産むわけがないじゃないの」
 お母さんはそこまで言うと、お兄ちゃんの頭を思いっきり叩いた。叩いたというより、掴みかかり、抱きかかえる様な形だ。
「私はあなた達の成長を、一番近くで見るのが楽しいから、こうやって一緒にいるのよ」
 お母さんはお兄ちゃんの頭を掴んだまま、自分の胸に引き寄せていった。
「お母さん、ごめんなさい」
 僕は自分でも気づかないうちに、言葉が出た。
「そんなこと言わなくていいのよ。男はみんな、馬鹿なんだから」
お母さんはお兄ちゃんを窒息死させるほど強く抱きしめ、うるんだ目でお父さんと僕を見つめた。
 どうして僕は、色んな人に相談していたのに、お母さんには相談していなかったのだろう。今更ながら、僕は自分の馬鹿さに気がついた。
「お父さんもお兄ちゃんも、僕もみんな馬鹿だったんだね」
 僕が呟くと、お兄ちゃんは「俺が一番馬鹿ではないと思うけど」と言ったけど、お母さんは「みんな馬鹿よ」と言い、お兄ちゃんを窒息死させる寸前まで抱きしめた。

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