上 下
167 / 375

6-2

しおりを挟む
6―2
 ふと気がつくと、誰かが僕の背中を木の棒で叩いている気がした。いや、僕は本当に叩かれていた。
「お前さんはアラに似てきたな。ワシを足蹴にしおって」
 僕はいつの間にか、横になった場所から移動し、キノジイが寝ていた場所に寝ころんでいた。
「あ、ごめんなさい」
 僕は飛び上がるようにして、キノジイから遠ざかった。
「こんなに暑くては、顔が蒸れて仕方ないわい」
 キノジイはお面の外側から、顔を手で掻いている。それで、かゆみはとれるのだろうか。
「お前さん、ワシのお面を取ろうとはしなかったか?」
 僕は「起きていたの?」と聞き返したものの、キノジイはジッと僕の顔を見つめたままだった。
「取ろうと思ったけど、なんか木の面が『取るな』って言っている気がして、やめたんだ。キノジイも、見られたくないから隠しているのに。ごめんなさい」
 僕が正直に謝ると、キノジイは木の面をまた手で掻いた。
「ワシの素顔を知っている者はシキの他に、ガンとキン、それとお前さんの父親だけじゃ。ワシはこの三人にはわざと見せた。シキだけは木の面の被り心地を見るために、否応でも見る事になるがな。わざと見せた理由は、何故だかわかるか?」
僕はキノジイの質問に、首を横に振った。
「ワシが必要だと思ったからじゃ。別に意地悪をして、カラや他の村人たちに見せないでいるわけじゃない。ワシが必要だと思ったから見せた。ただそれだけじゃ」
 キノジイは少し、寂しそうな口ぶりだった。
「キノジイは、本当はお父さんにも見せたくなかったの?」
僕の問いに、キノジイは「そうじゃな」と肯定した。
「出来れば、誰にも見せたくはない。じゃが、見せなければこの三人は是川の村を守る事が出来ないと思ったから、ワシは見せたんじゃ」
 僕はキノジイの話を聞きつつ、村を治めている中心人物の三人に見せたのだろうかと思った。
「カラ、もしかするとお前さんにも見せる時が来るかもしれん」
「え、でもお父さんは酋長で、次の酋長はお兄ちゃんになりそうだから、お兄ちゃんだけに見せるんじゃないの?」
 僕の言葉にキノジイは「そうじゃない」と、強い言葉で言った。
「ワシが顔を見せるのは、ワシの過去を話す事じゃ。その過去は陰鬱で、救いようのない体験談じゃ。そのような事を繰り返さないために、ワシは恥を忍んで、今まで三人に語った。ワシの体験談を知るという事は、それだけの『覚悟』と『責任』を、自ら負う事を選んだ者のみだけだ。もし、今まで通り是川の村が平穏なら、ワシは誰にも素顔を見せることなく、生涯を終えるじゃろうな」
 僕はキノジイの話を聞き、今までの自分がやって来た『村と村との交流を深めよう』としていた事が頭をよぎり、黙りこんでしまった。
「どうしたんじゃ?」
 僕はキノジイの言葉に、ゆっくりと、恐る恐る答えた。
「僕がやろうとしていることって、今までの是川の村を変えようとしているから、是川の平穏を乱すことになるのかな?」
 僕の言葉にキノジイは「そうなるかもしれんし、ならないかもしれん」と答えた。
「だからといって、お前さん一人が責任を感じる事は無い。賛成した者たちにも、責任はあるからな」
 キノジイは木の棒で地面をひっかきつつ、ゆっくりと立ち上がった。
「ところでカラ、どうしてお前さんはそんなに悩むことが好きなんじゃ?」
「え、悩んでいる?」
「そうじゃ。入江の人たちが帰った後のお前さんは、何となく力が無いぞ。お前さんがワシの所に来るときは、干しキノコを取りに来るか、何か考え事がある時じゃ。夏になってから何度目じゃ。この前も子供の仕事が終わった後に、ワシの所でキノコを弄繰り回していたじゃないか」
 キノジイに言われ、最近の自分の行動を思い起こした。僕は子供の仕事をやっているし、班長の任もしている。子守もするし、石器や土器も造っている。でも、何か物足りなさを感じているのは確かだ。
「なんだか、僕のやることが無くなっちゃったみたいで、キノジイからはつま先立ちをしているみたいだって言われても、僕は何かをしたいって思っちゃうんだ」
 正直に自分の本心を吐露すると、キノジイは「はて、おかしなことじゃ」と、僕の顔を覗き込んだ。
「お前さんは、大人たちだけに久慈村近くのドングリやクリの木の維持・管理を任せようとしておるのか。二ツ森にある石も、持って来てくれるのをただ待っておるだけか。他の村には、何の手土産も持たせずにアラやザシなどの大人たちを行かせようとしておるのか?」
 キノジイの言葉に、僕は「そんなことは無い」と、すぐに反論した。
「今のお前さんは暑さであまり動けず、体力も大人たちより劣っておる。そんなお前さんが村同士を行き来し、木々の維持・管理が出来るのか?」
 僕はキノジイに痛い所を突かれ、黙り込んだ。反論することが出来なかった。
「そろそろ暗くなる頃じゃ。村に帰ったら今一度、自分が出来ることを考えるんじゃ」
 キノジイはそのまま歩き出し、自分の家にあがろうとした。
「キノジイ」
「なんじゃ?」
「・・、何でもない」
 僕は自分でも、どうしてキノジイの事を呼び止めたのかわからなかった。ただ、キノジイを呼び止めたかったのだ。
「何でもないとはどういう事じゃ。その何でもない事はワシではなく、お前さんの両親やアラにでも聞くといい」
 キノジイは一度振り返り、家の中に入っていった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?

九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。 で、パンツを持っていくのを忘れる。 というのはよくある笑い話。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...