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 僕とウドさんとロウさんは浜辺に行き、海を背にして矢を放つ事にした。
「何処まで飛ぶかわからないが、ここからなら村まで届かないだろう」
 ウドさん弓矢を構え、遠くの木の幹に狙いを定めて矢を放った。その矢は僕たちが知っている矢の動きをせず、まるで鳥が真っ直ぐに飛行するように飛んでいき、狙いよりも遥か上に飛んでいった。
「あ、木の真上に・・」
 僕の呟きが空しく響き、矢を放ったウドさんも呆気にとられていた。
「本当に、神様が宿っているのか?」
 ロウさんも呆気にとられ、誰も木の上に絡まった矢を取りに行こうとしなかった。
 結局、木に絡まった矢を取ってくれたのは通りがかったイケだった。
「ジンさんから、木登りを習っていてよかったです」
 イケは、ジンさんの子供の時を彷彿させる様にするすると木に登り、頂上に着いたら、何とそのまま飛び降りてきたのだ。
「地面が砂なら、大丈夫ですよ?」
イケの行動に、みなが唖然とした。
「危ないじゃないか」
「え、でもジンさんならもっと高い所から降りても平気でしたよ?」
ウドの注意に、イケは自分の何がいけないのだろうといった顔付きであった。
「ジンは、特別というか・・」
 ウドさんは少し、歯切れの悪い物言いだった。
「ジンさんが、何か変わった事をしているんですか?」
 僕が尋ねると、ウドさんは「まあ、昔から身体が丈夫なのもあるんだが」と、前置きをしてから話を続けた。
「兄のザシさんがやる気を出したから、自分も頑張ろうとしているんだよ。ジンなら大丈夫だってみんな分かっているんだが。ちょっとな」
 どうやら、ジンさんは兄のザシさんに刺激され、多くの物事を行っているらしい。昨日も率先して、入江から来た人たちをもてなし、寝床の準備をしていたそうだ。
「そういえば、ザシさんが提案した栗やドングリの木の維持・管理はどうなりそうですか?」
 僕が話題を変えると、ウドさんは「何とかなりそうだ」と、イケから受け取った矢を僕に返しながら答えた。
「雑草や他の木々が生い茂っていて、あと二、三年遅かったら栗やドングリの木がやせ細って、ほとんど実を落とさなくなっていたかもしれない。ザシさんが見つけてくれて、本当によかったよ」
ウドさんは心底『助かった』という口ぶりだった。
「じゃあ、いつから作業を始める事になりますか?」
「そうだな。中心にザシさんと俺がやって、天気が良くても海が荒れている時には、手の空いている大人を集めてやるつもりでいる。後は、もう一度久慈村に行って、相談してから始める事になるな」
ウドさんの言葉に「僕にも出来る事はありますか?」と、イケが尋ねた。
「いや、出来れば大人だけでやりたいと思っている。土も固くて、子供の力じゃ雑草を引き抜くのも大変だ。その代り、漁具や狩猟の石器造りや、土器造りをたくさんやってもらう事になるから、今のうちから覚悟しておけよ?」
 ウドさんの言葉通り、入江の人たちが帰った後、僕たち子供は石器造りと土器造りに明け暮れる事になったのだ。
 入江の人たちが来てから、一番喜んでいたのはナホさんと、意外にもイバさんだった。 
「これが『アワ』という物なのか」
 レイが造った矢の対価として、三内で入江の人たちは、秋田から来たという人たちから『アワ』の種を持ってきたのだ。
「俺たちが持っていても、入江じゃ寒くて育たないだろう。なら、是川で栽培してもらった方がいい」
 グエさんが苦笑いしつつ、イバさんにアワの種を渡していた。
「これで、他の村と共同して育てる事が出来ますね」
 僕が喜んでいるイバさんに言うと、グエさんは「え、どういう事だ?」と尋ねてきた。
 僕は去年から今までの事、この周辺の村と共同し、遠い場所の村とも交流を持とうと考えている事を話した。
「それは良い話だな。俺たちも海を越えた、南の村の事を知りたいと思っているし、こっちはこっちで北の村とも交流を持った方がいいかもな。必要となる交易品は、この村を中心にして集めておいてもらえば、他の村に危険を冒して行かなくてすむしな」
「そうですね。入江では北の村と交流を持って、是川周辺の村では南の村と交流を持てば、遭難する可能性も減りますしね」
「問題は、俺たちで上手くいくかだな。俺たちのやろうとしている事は、三内のやり方に近い。あそこは勝手に人が集まっていて、いつの間にか統制もとれているから平和な交流が保たれている。それに、『三内でいいじゃないか』って話にならないようにしないとな」
 イバさんの言葉に、僕は「どういう事ですか?」と尋ねた。『三内でいいじゃないか』とはどういう意味だろうか。
「是川や入江より、明らかに三内の方の規模が大きいし、人も集まり、交易品も多く集まる。なら、三内に行った方がいいじゃないかって話になるかもしれないんだ」
 僕はそれを聞き、確かにこのままでは、三内の真似ごとだと思った。
「でも、僕たちがやろうとしているのはこの周辺の村々を豊かになるための考えで、三内とは違うと思うんですけど・・」
 僕の言葉に、イバさんは「そう、目的が違うんだ」と言い、話を続けた。
「三内は『交易品』が集まる場所で、俺たちは『人』が集まる場所にしようとしていると言っていいな。カラの言うように、互いに助け合うために交易をして、交友を深めていくためだ。そのために、まず俺たち是川の村が中心となって、動き回らないとな」
イバさんはアワの種を、手で軽く揉んだ。
「このアワも、今から蒔けば収穫できるだろうし、その種をまた他の村に渡す事も出来るだろうな」
 イバさんはグエさんから聞いた、アワの育て方を何度も口に出しながら、ヒエを植えてある隅に、新しくアワを植え始めた。

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