上 下
157 / 375

3-6

しおりを挟む
3―6
 久慈村に行ってから数日後、ウドさんやお兄ちゃん、大人の男性が交代で他の村々に行った。こちらの話には賛成だが、交易品となる物が少なく、あまり遠出も出来ないという返事もいくつかあった。
「僕たちは恵まれているね」
「うん、一番大きな村で産まれて、優しい弟がいてさ」
「あれ、兄は僕でしょ?」
「え、僕が兄でしょ?」
 マオとカオの、いつもの決まらない論争を眺めつつ、僕も『恵まれているな』と思った。三内に行き、海を越えた入江にも行けた。他の村に産まれていれば、こうはいかなかっただろう。
「交易品か。僕たちの村はたくさんあるけど、他も村は少ないんだね」
 コシさんがナホさんに頼まれた貝殻を、手に一杯抱えながら言った。
「そうなんです。僕たちの村は干し魚や削り節、干しキノコ、貝殻の装飾品、漆などたくさんありますが、他の村だと魚か石等の装飾品くらいだそうです。それに、漆の木はあっても、シキさんのように上手く管理できないそうです」
 僕はお兄ちゃんから聞いた話をそのまま話し、コシさんの手から半分、貝殻を持った。
「ありがとう。ナホさんったら張り切って、『手にいっぱい持って来て』なんて言うんだから」
 コシさんは少し口を尖らせながら、手に持っている貝殻の位置を変えた。多少、トゲトゲしている部分があるからだ。
「こんなに必要なのかな?」
 コシさんがぼやいていると、マオとカオは「必要ですよ。自分の気に入ったのしか使わないから」と、口を揃えて言った。
「え、じゃあ今まで僕が持っていった貝殻を、全部使っているわけじゃないの?」
「そうですよ」
「使わなかったのは、廃屋にたくさんありますよ」
 二人の話を聞き、コシさんは「ちょっと、ナホさんに文句を言ってくる」と言い、走り出そうとした。
「コシさん。今日は大人の儀式で、ナホさんはいませんよ」
 僕の声にコシさんは立ち止まり、「え、ナホさんって15歳なんだ?」と、手に持った貝殻を落としつつ声をあげた。
「はい、他の村の女性とも話が出来るいい機会だって喜んでいました」
 コシさんはため息をつきつつ、「全部使ってよ」と呟いた。
「コシさんが集めるのは、使えない物ばかりなのでしょうか?」
「それともナホさんが、こだわり過ぎているのでしょうか?」
 マオとカオは、コシさんの落とした貝殻を拾いつつ、「これとこれ、どう違うんだろう?」と、話し合っていた。
「ナホさんが使わないなら、他の村の女の子に渡せばいいのに」
「コシさん、他の村の女の子のためにも頑張って!」
 二人の言葉に「僕が持っていくの?」と、コシさんは呆れ気味に言った。
「それだ」
 僕は思いついたように言った。
「カラ。お前まで僕に貝殻を持っていくように言うのか?」
「違いますよ。交易品となる物がないなら、その材料を僕たちの村から出せばいいと思ったんですよ」
 僕の発言に、コシさんは「なるほど」と頷いた。
「それなら、この貝殻も無駄にはならないな」 
「はい。それに、入江からの交易品には、珍しいアザラシの骨やトドの牙などもあります。それに、是川でとれる漆を塗ったりすれば、また違った交易品が造れるんじゃないでしょうか?」
 僕の言葉に、マオとカオが「漆を塗れば、奇麗な牙が出来て、丈夫にもなって奇麗になるね」と賛成してくれた。
「でも、漆の量が足りないんじゃないかな?」 
 コシさんが、僕の提案の痛い部分を突いてきた。採れる漆の量は決まっており、無理矢理取ろうとすれば、木が枯れてしまう恐れがあるからだ。漆の木の管理は、シキさんにしか是川では出来ないと言ってもよかった。
「それは、どうしようかな?」
 僕は三人に向かって尋ねたけれど、答えは出なかった。
「とりあえず、夜には酋長たちが帰ってくるから、その時に話してみないか?」
 コシさんの言葉に僕は頷き、子供たちを呼び集め、キドさんらと合流して村へと戻った。
しおりを挟む

処理中です...