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 村に戻ると、さっそくロウさんが久慈村の酋長の提案をお父さんにそのまま話し、「俺としては、皆賛成しているように見えました」と報告した。 
「そうか。俺たちからの提案で、船も食料も交易品も久慈村で用意してくれるのなら、俺たちは文句の付け所が無い。嬉しい限りだ。船の経験者としては、ヤンやガイに任せてみよう。大人の儀式の時に二人を連れて行き、他の村の酋長たちとも相談しよう」
 話はまとまり、ロウさんは「ヤンさんにも伝えてきます」と言い、浜辺へ走っていった。ザシさんもこの場から離れようとしたけれど、僕はザシさんの手を引き、ここに留まらせようとした。
「どうしたんだ、カラ。ザシに何かあったのか?」
 お父さんが不思議そうに僕を見つめ、僕はザシさんに「ほら、話してみましょうよ」と囁いた。
 ザシさんは口ごもり、どうしようか迷っているようだった。お父さんはザシさんを焦らせること無く、口を開くのを待っていてくれた。
「えーと、この村と久慈村の間に、昔は維持・管理していただろう木の実を落とす木々がたくさんありました。この場所を再び手入れ
をして、食料調達の場所を増やすべきだと、俺は思いました」
 ザシさんはたどたどしく言い、お父さんの表情を気にしていた。
「俺は構わないと思うぞ。実を生らす木はいくらあっても困る事はないし、その木の実を求めて獣もやって来て、それを狩ることも出来る。いい考えだと思うぞ」
 お父さんの言葉に、ザシさんはホッとした表情になった。
「だが、一度手入れを怠ると、その場所を元に戻すことは難しい。これも、久慈村の人たちと相談し、やるなら協力し合って木々を直さなければならない」
お父さんが厳しめに言い、ザシさんの顔は少しばかり暗くなった。
「大人の儀式にはザシ、お前も連れて行く。そこで久慈村の酋長と、お前が直接話し合うんだ」
 お父さんの言葉に、ザシさんは飛び上がるようにして驚いて、「俺でいいんでしょうか?」と、不安そうな顔を隠せずにいた。
「発案者がお前なんだから、お前が直接話すべきだろう。もし不安なら、その話を他の人にも話してみるといい。反対する人はいないと思うし、賛成し、手伝ってくれる人もいるかもしれないぞ?」
お父さんの話が終わると、僕は『僕も手伝います』と言おうとした。しかし、お父さんに目で『黙っていろ』と言われたような気がして、僕は口を閉じた。
 しばらくして、ザシさんは「わかりました。少し相談してきます」と言い、歩き去った。
 残された僕は開口一番に「どうして、しゃべっちゃいけなかったの?」と、お父さんに尋ねた。
「ザシは、11年前の事を今でも悔いている。そのせいで、自分から提案したり、発言したりすることがほとんどなかった。今回の話はザシが考えたもので、ザシが皆に提案するべき事だ。お前が一緒だと、ザシはお前に話させようとするだろう。これでは、ザシはずっと悔いを残したままで、成長もしないだろう」
 僕はお父さんのいう事は分かったけれど、遠くに見えるザシさんの背中は、とても小さく見えた。
「11年前の事を、今でもザシさんは悔いているの?」
僕の問いに、お父さんは「そうだ」と、強く言った。
「俺は直接見たわけではないが、生き残った女性に話を聞くと、ザシは全員助けようと死に物狂いで頑張ったそうだ。それでも、全員助けることが出来ず、目の前で亡くなった女性たちに責任を感じ、今でも一人で苦しんでいる。そんなことは必要ない。俺たちにも責任はあるはずなのに、ザシだけがずっと苦しみ続けている。どう言葉をかけてやっても、変わらなかった。だから、ザシ自身で変わらなくちゃいけないんだ」
 僕はそれを聞いて、以前の自分を重ねた。僕も勝手に自分一人だけ生き残って申し訳なく思い、亡くなった赤ん坊や小さな子供の分まで頑張らなくちゃいけないと、勝手に決めていたことを思い起こした。
「でも、何かしてあげたいな」
 僕の考えを変えてくれたきっかけは、バクさんの言葉だった。バクさん自身は、何となく聞いた質問だったのかもしれない。けど、それがなければ僕はずっと、自分の間違いに気がつかなかったのだ。
「なら、ザシが助けを求めてきたら協力してやればいい」
「協力を?」
「そうだ。これは、ザシ一人だけで出来る問題ではない。それは、俺も分かっている。だから、木々の管理を是川と久慈で行い、その時に一緒に手伝って欲しいと言われたら、手伝ってやればいい。それが、本当の優しさだと、俺は思うぞ」
 僕はお父さんの言葉に「わかった」と、素直に頷いた。
 これは、ザシさんの問題だ。僕は遠くに見えるザシさんの背中に向かって『いつでも協力します』と、心の中で叫んだ。
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