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7―11
 入江には数日間滞在させてもらった。キドさんは入江の子供たちと混ざって、大物のアザラシを一撃で仕留めた。
「昨日食べたあの臭くてしょっぱい物で、すごく力が湧いている気がする」
 あのドロドロとした腐った物を、キドさんは『しょっぱい』と表現した。確かにしょっぱさがあるけど、もっと複雑な何かだと僕は思う。そこは、大雑把なキドさんらしかった。
ナホさんはサキさんら女性たちと、何度も話し合いをし、『女性らしさ』を追求した装飾品も造ってみようという意見でまとまったようだ。
「女性らしさって、何でしょうか?」
 僕はレイの介助を一番しているというサンおばさんに尋ねてみると、サンおばさんは「人それぞれだと思うわ。たぶん、答えは一生出ないかもね」と、笑いながら答えてくれた。 
村ごとに、異なる装飾品を身に付けている女性たちに共通する『女性らしさ』とは存在するのだろうか。たぶん、これからナホさんが中心となって、是川で造り出していくのだろう。
 僕には一つ、多きな気がかりがあった。それは、来年は入江に来られないかもしれないという事だ。僕は連続かつ、お父さんに無理を言って今回も同行させてもらったのだ。本来は、子供の成長と交流のために同行させるので、いつも同じ子供を同行させるわけにはいかない。
 その事を、レイとサキさんに話すと残念そうな顔をされ、「また会える時まで、僕は自分の出来る事を考えて、増やしていくよ。だから、カラは僕の行けない所にたくさん行って、たくさんの話を聞かせてほしい」と、レイも寂しそうに言った。
 帰る前日の日に、僕とレイ、村の子どもたちと協力して手早く落とし穴を掘り、土や落ち葉を集め、穴の底にはレイの指示で落ちた獲物に突き刺さるよう石器を置いた。
「僕たちが落ちないようにしないとな」
 ムウが冗談半分で言ったが、誰も大きな声では笑えなかった。
完成した落とし穴は少し見ただけでは掘る前と変わらず、穴の底には殺傷能力の高い石器が牙をむいているのだ。
「帰ったら、村のみんなにここに落とし穴を造ったと言わないとな」
トウさんだけが笑わず、真面目に言った。それだけ、この落とし穴は危険だと僕も思った。
 そして帰る日、名残を惜しみながら、僕たちは船に乗った。一番名残惜しそうにしていたのは、意外にもキドさんだった。
「必ずまた来るからなー」
 キドさんは主に、自分よりも年下の子供に向かって声を出した。キドさんは是川に住んでいる子供と同じように、入江に住んでいる年下の子供も、自分の弟にしてしまったようだ。 その事を、ハムさんという僕より一つ年上の子供が、少し嫉妬しているように見えた。
「よし、行くぞ。ヤンは自分の体力を考えて船を漕ぐようにな」
お父さんの掛け声で、船は出発した。僕は「また来るから」と、レイとサキさんに向かって声をあげた。

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