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 次の日から、ナホさんは青い顔をして、夕暮れ頃に海から帰って来た。
「ねえ、陸って揺れるのかしら?」
 ナホさんが身体をふらつかせながら、出迎えた僕たちに尋ねてきた。
「揺れるぞ?」
 通りがかったガンさんが言い、ナホさんは「嘘でしょ?」と、半信半疑に僕に尋ねてきた。
「本当みたいですよ。三内の人に聞いたら、揺れる事があるみたいです」
 僕が正直に言うと、ナホさんさ「きっと、船に乗ると陸が揺れているのが分かるようになるのね」と、駆け寄って来たダロに話しかけながら寄りかかった。入江に行くまでに、ナホさんは船に慣れなくてはいけなかった。
 天候が安定した日々が続いた頃、お父さんが山に登り「三日後に行くぞ」と言った。
 ナホさんは「ジンさんから聞いた事を実践したから、もう大丈夫よ」と、自信満々に言った。事実、ジンさんから話を聞いた次に日から、ナホさんは元気に帰ってきて、なんとお父さんたちの漁も手伝ったらしい。
「僕も、船になれる練習をした方がよかったかな」
 キドさんが珍しく不安そうな顔になり、「僕がいるから大丈夫ですよ」と、僕は冗談半分に言った。
「そうだな」
 キドさんはあっさりと言い、僕の頭を撫でた。
「どうしてだろう?」
 僕は、キドさんの変わり様をコシさんに尋ねると、「本当に、自分よりも年下の子供を弟だと思っているんだよ」と、少し寂しそうに答えた。そう言えば、最近キドさんとコシさんが、一緒にいる事が減った気がする。
「コシさん、寂しいんですか?」
 僕が尋ねると、コシさんは「そんな事無いさ」と、強めに答えた。
「じゃあ、僕たちが一緒にいるよ」
「コシさんが寂しくないように、一緒にいるよ」
 話を聞いていたマオとカオが、コシさんに絡みつくように抱きついていた。村は平和で、僕の心も落ち着いてきた。
 入江へ行く前日に、僕は交易品を持っていくためにキノジイの家に行った。僕は途中で声を出さず、洞窟の中にも顔を出さず、キノジイの家に直接上がった。
「静かに来られると、逆に落ち着かんわい」
 キノジイはいつも通り、木の面を被りながら僕に言った。
「キノジイ、僕は『覚悟』を持つために、入江に行くよ」
 僕が言うと、キノジイは「何の事じゃったかな?」と、とぼけたような声色でキノコを弄っている。
「僕は自分の生き方を決めるために、入江に行く。初めて二ツ森に行った時の様に、僕は多くの人と触れ合って、多くの事を学ばないと行けないんだ。それは誰のためでも無くて、僕自身のためなんだ」
僕が話し終えると、キノジイは「勝手な奴め」と言い、軽く笑った。
「お前は周辺の村の者とも仲良くなりたがって、二ツ森の者とも仲良くなりたがって、さらには入江におるレイという子とも仲良くなりたがるなんて。なんて我儘な奴じゃ」
 キノジイはおかしそうに笑いながら、土器の中で煮られていたキノコを小皿に移した。
「うん。僕は我儘に生きるよ。それが、村のためになると思うし」
「そうじゃな。お前は自分勝手にやればいい。だが、一つだけ覚えておけ」
 キノジイは一変して、厳しい声色になった。
「自分一人で抱え込まず、二人でも抱え込んではならん。どんなに恥ずかしくとも、解決できない問題にぶつかったら、必ず誰かに相談するんじゃぞ」
 僕はキノジイの言葉に「うん」と頷いた。
 僕はキノジイの過去をほとんど知らない。たぶん、キンさんの事と何か関係があるのだろう。けれど、キノジイは『二人でも』と言った。それが少し、気にかかった。
「キノジイにも、相談していいよね?」
 僕が尋ねると、キノジイは「今さら聞くんじゃない」と言い、茹であがったキノコにかぶりついた。
 入江に行く当日、ナホさんは僕たちと同じように、身体中に交易品となる装飾品を巻き付けた。
「全部、私の物ならいいのに」
 ナホさんの呟きに、他の女の子たちから「重そうよ?」と言う、嫉妬なのか心配しているのかわからない声が聞こえた。
「ほら、早く乗りなさい」
 大人たちに促され、僕たちはそれぞれ船に乗り込んだ。僕の乗る船の船頭はヤンさんだ。
「カラ、二ツ森の村の位置は覚えているか?」
「うん、覚えているよ」
「じゃあ、そこに近づいたら教えてくれ。歩いて行くのが速いか、船の方が速いか確かめよう」
 どうやらヤンさんは、陸からと海から、二ツ森に行くにはどっちが速いかを意識しているようだ。
ヤンさんとウドさんは仲が良いけれど、二人は陸と海のどちらから行くのが、他の村との交流にいいのかを論争している。僕としては、雨なら陸で、晴れなら海で、天気によって変えればいいと思うけれど、二人の論争に決着はつかなかった。
「出発」
 お父さんが一声あげ、船が進み始めた。

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