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 その日の夜、お兄ちゃんは僕とキドさんの話を、お父さんとお母さんにも話した 
「そうか。お前がそんなことで悩んでいたなんてな」
 お父さんの顔つきは真剣で、お兄ちゃんが班長の重みを吐露した時と同じような顔をしていた。
「俺はおかしなことだと思う。カラが生き残ったのはあくまでも偶然で、カラに責任があるなんて俺は思わないし、誰も思わないはずだ」
 お兄ちゃんが初めに口火を切って、話し出した。お父さんの顔色は、炉の火種が小さくなってきたせいもあり、よく見えなかった。
「でも、カラと同じような気持ちになら私もなったわ」
次に口を開いたのは、お母さんだった。
「え、お母さんも?」
「母さんも?」
 僕とお兄ちゃんの言葉が、ほぼ重なった。
「自分に責任が無くても、自分が勝手に感じちゃうことは日常でもあるわ。『もし、私がちゃんと土器の中身を掻きまわしていたら、底が焦げ付かなかった』って思う時がよくあるわね。そうは思っても、小さな子供たちから目を離すわけにはいかないし、どっちもやろうとするなんて出来ない話なのよ」
 お母さんの話を聞き、僕も『もし、自分が大きな籠を持って来ていたら、もっと多くの木の実を持って帰れたのに』と等と思ったことがある事を思い出した。
「女性は、自分のお腹を痛めて子供を産むのよ。男性と違ってね。自分の子だけが生き残った。それは悪い事でない事は分かっていても、子を亡くした女性を見ると、言葉に出来ない感情が湧いてしまう。男性でも『自分には、何も出来ない』って悩んでいる人もいたわ。私の隣にもね」
 お母さんの目線の先にはお父さんがいた。お父さんは少しばかり、顔を伏せた。
「お腹を痛めて産み、お腹を痛めている途中でも、子供を亡くすと女性は『自分の責任だ』って思うことがあるのよ。本当なら、私たちの家族は5人だったかもしれない。そう考える事が、私にもあるわ」
 お母さんの声はいつもの声だったけれど、どことなく寂しげに感じた。5人とはどういう事だろうと聞きたくなったけど、僕はお母さんの次の言葉を待った。
「もしって考えても、無駄な事は分かっている。でも、考えてしまう。みんなそうなのよ。今年の春のホウさんコンさんの様に、自分たちだけでは収拾がつかなくなる時があるわ」
 お母さんの話を聞いて、僕はマオとカオの様子を思い出した。
「自分で考えても分からないことがあったら相談する事。それが大切なのよ」
 お母さんが、話の締めくくりの様に言った。
「でも、そうすると自分で何も考え無くならない?」
僕は、春のマオとカオの様子を思い出している。
「そこまで私たち大人は甘くないわよ。自分で考えるべき事は『自分で考えなさい』って言うわ。そうよね、お父さん」
 お母さんの言葉に、お父さんも「そうだな」と、頷いたように見えた。
しばらく沈黙が続き、炉の火種が消えかかっているのに気がついた僕とお兄ちゃんは、急いで家の外にある木の枝を取りに外に出た。
「まったく、俺たち兄弟は似ているな」
お兄ちゃんの声に、僕も頷いた。
「考えすぎも、いけないんだね」
 僕とお兄ちゃんは木の枝を取り、戻る途中、僕はお兄ちゃんに尋ねた。
「お母さんは、『5人だったかもしれない』って言ってた」
 僕が言うと、お兄ちゃんは振り返って「自分から話さない限り、待つことも必用だし、母さんもまだ、心の整理がつかないところもあるんだと思う」と、少し悲しげに言った。
 僕は『待つことも重要だ』と、誰かからにも言われたことがあったと思いつつ、僕は急いで家の中に戻った。

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