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 家に帰り、僕はお母さんにバクさんを泊めてもいいか尋ねた。
「当り前でしょ。ロウのせいでバクさんは帰れなくなったんだから」
お母さんは苦笑いしつつ、バクさんを出迎えた。
「ありがとうございます。あー、石器がたくさんありますね」
 バクさんは、僕の造りかけの石器類を興味深そうに眺めている。
「これなんて、もう完製品のように見えるけど、まだ磨くのかい?」
バクさんは一つの石器を手に取り、僕に尋ねてきた。
「はい。でもレイの石器に比べたら、まだまだ鋭さが足りないんです」
「レイって、この村の子供かい?」
 僕はバクさんに入江の人たちとの交流と、その村に住んでいるレイの事を話した。話しているうちに、お母さんは家の外で土器の中に水を入れ、夕飯を作っていた。
「そうなんだ。足が動かないのに、手だけで石器って造れるんだ」
「え、石器は手だけで造るものじゃないんですか?」
 僕はバクさんの言っている意味が、よくわからなかった。
「ちょっと、いつものように石器を磨いてみてくれる?」
僕はバクさんに言われた通り、いつものように石器を磨いた。
「ほら、腰や足も少し動いているじゃないか」
 バクさんに指摘され、僕は初めて気がついた。僕は身体全体を使って、腰や足も動かしながら石器を磨いていたのだ。
「試しに手だけで石器を磨いてみて。俺が、身体を抑えて動かないようにしてみるからさ」
 僕の背後にバクさんが回り、身体を抑え込んだ。僕は手の力だけで石器を磨こうとしたけれど、上手く磨く事が出来ず、ただ表面を転がしているだけの様な感じだった。
「レイって、こんな体制でどうやって石器を磨いたんだろう」
僕は改めて、レイの特異さを感じ取った。
「俺だったら、生きるのを止めたくなるかもな」
バクさんが、ぽつりと呟いた。
「どういう事ですか?」
「俺は弓矢が使えて、危険な場所も自力で走破出来る。みんなに信用されているかいないかは別にしてだけどね。でも、足が動かなかったら、全部出来なくなってしまう。自分が自分で無くなってしまう様な気がするんだ」
 僕は初めて、バクさんが『怖い』という感情を声に出しているのを聞いた気がした。
「バクさんなら、足が徐々に動かなくなって、みんなと同じ事が出来なくなったら、どうやって生きていこうと思いますか?」
僕の問いかけは、自分への問いかけでもあった。
僕はまだ、レイと直接仲直りをしていない。そして、『自分なんて必要ない』と言ったレイに対してなんて言えばいいのか、僕にはまだ答えが見つかっていなかった。
「俺なら、どうしようかな。10年前と同じ事が起きたら口減らしで、自分から死のうと思うかもしれないし、そのレイって子みたいに頑張るかもしれない。でも、一番気になるのはやっぱりカラ。君だよ」
「え、僕ですか?」
 突然バクさんに名指しされ、僕は戸惑った。
「どうして、そんなにレイって子が気になるの。違う村の子だし、年が同じでも、年に数日しか会わない。全部合わせてもまだ十数日しか会ってもいない子に、どうしてそんなにこだわるのかな?」
この言葉は以前、キドさんからも指摘された事だ。僕自身は、何だかレイと心の距離が近い気がしていた。でも、その『何か』が全く分からなかった。
「そろそろ夕飯にしましょう。お父さんたちの会議が長引きそうだし」
「美味しそう。いただきます」
 外から家に入って来たお母さんから、バクさんは木の椀を受け取り、「美味しい」と連呼しながら食べ始めた。
 僕は、どうしてレイにこだわるのだろう。
「カラ、あなたはあなたなりに頑張ればいいんだから、そんなに考え込まないで。そこは、お父さんにそっくりね」
 お母さんに言われ、僕はまだ一口も夕飯を食べていない事に気がついた。

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