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 村を出発した僕たちは、なるべくゆっくりと歩いた。体力の消耗を抑えるためだ。
「是川の村に近づくほど岩場が増えて、疲労困憊だったかな」
 太陽が傾く頃、バクさんの言うとおり岩場が増え、歩きにくくなった。もし履物が無かったら、足の裏は血まみれになっていたかもしれない。
「そろそろ休憩しよう」
 ウドさんの号令で、僕たちは岩場から少し離れた林の木陰に座り込んだ。
「バク、ここからは岩場は減っていくか、増えていくかどっちだ。それによっちゃ海岸沿いじゃなくて、森の中を歩いた方がいいと思うぞ?」
 ウドさんの問いかけに、バクさんは「確か、ここを越えれば当分砂浜のはずだよ。途中にぬかるむ場所があって、そこを越えたら太陽が沈む前に野営しよう。次の日の昼前には、湖とつながっている川の様な、沼地が広がっている場所に着くかな。そこからだと歩き辛いから、山沿いに向かって進むと、ちょうどいいはず」と言い、ちゃんと記憶している事を証明するように、自信ありげに答えた。
 僕は二人の話を聞きつつ、岩場を眺めた。
「カラ、なにを見ているんだ?」
「うん、あの石が無いかなって」
 あの石とはもちろん、石器に使った白い石の事だ。
「石って、何の話?」
 僕たちの話が聞こえたのか、バクさんが尋ねてきた。僕は腰に付けてある籠から、白い石器を取り出した。
「こんな風に、白くて固い石です」
 僕が言うと、バクさんは「ちょっと触ってもいい?」と僕に言い、僕はバクさんに手渡した。バクさんは石器を手で叩きつつ口を開いた。
「これなら、俺が助けてもらった二ツ森村の人たちが使っていた気がするよ。こんなに鋭くは無かったけど」
 僕はバクさんの言葉を聞き、「本当ですか?」と、身を乗り出した。
「うん。でも、今会いに行こうと思っても会えないかもしれないよ。朝に言った通り、彼らは数年ごとに住む村の場所を変えるんだ。今は海沿いか、山沿いかも分からない。少なくとも、湖の近くに住んでいることは確かだけどね」
 僕の心は躍った。運が良ければ、白い石を手に入れる事ができるかもしれないからだ。
「カラ、運よく会えても、石は貰えないかもしれないぞ?」
 お兄ちゃんに言われ、僕は「どうして?」と聞き返した。
「俺たちはあくまでも、湖に行くまでの道の安全確認が仕事で、余計な荷物は持ってきていない。だから、交換する物が何もないじゃ
ないか」
 お兄ちゃんの言葉に、僕は「あっ」という間の抜けた声が出た。
バクさんとウドさんが水を持ち、ホウさんが食料を、僕とお兄ちゃんが予備の履物や、茂みを切るための簡単な石器、火おこし機を持っている。帰り道にも必要な物ばかりで、交換できるものなど持ってきていなかったのだ。
 しばらく休んだ後、僕を除いた大人たちは元気に立ち上がった。
「そう残念がるな。俺だって息子たちに頼まれた石を持って帰れそうになくて、少し泣きそうなんだ」
 ホウさんは本当に、涙を流しそうな顔で僕に言った。
「いいんですよ。いつ、どこで会えて、その場所までの安全確認が出来たら、いつでも会いに行けるんですから」
 僕は胸内の不安を押しつぶすように、つとめて明るく言った。
太陽が海に沈む少し前に、僕たちはバクさんが指定した場所で野営する事にした。
「カラ、俺が火の付きそうな木の枝を持ってくるから、火を起こす準備をしておいてくれ」
「うん、わかった」
 お兄ちゃんは履物を脱ぎ棄ててから、近くの森に入っていった。
「海岸沿いは、砂か岩しかないと思っていたよ」
 ウドさんも思い出す様な言葉遣いで履物を脱ぎ、履物に詰まった泥を、海水で掻きだした。僕も、先ほどまでの事を思い起こした。

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