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 太陽がかなり傾いてきた頃、僕は大人たちに混ざって『今まで山菜が採れていた場所を大人たちからも聞いて、その場所周辺に危険な場所が無いかを調べる』と、みんなで相談し合った事を話した。
「いいんじゃないか。ついでに成長の早い、固い蔦の植物も探してもらえれば、服を造る女性たちも、俺たちも助かるしな」
 ガイさんが一番に賛成し、他の大人たちも頷いて賛同した。
「誰か一人は、何かが起きたらいつでも俺たち大人に知らせるようにしておく事。それが条件だ」
 最後にお父さんが、厳しめの声で言った。これは、不満があるからではない。たまにお父さんは大人たちの話し合いで、厳しめの声を出す。ガンさんによると、「たまに厳しめな態度をとる事も、酋長として必要な事じゃ」と、いう事だそうだ。
お父さんよりも、ガンさんが酋長みたいな時がある。それでも、ガンさんはお父さんに、最後の決定を求めている。
「ワシのような年寄りが、全てを決めてはいけないんじゃ」
 いつだったか、ガンさんが少し寂しそうに言っていたのを、僕は覚えていた。
「最初のうちは、俺たち若い大人が一緒に行った方がいいと思います。まだ何処で山菜が採れたかも覚えていますし、今は子供たちの班長も持ち回りです。少しくらい手助けをした方がいいと思います」
ジンさんが発言し、イバさんも「それがいいと思います」と続いた。
 お父さんは少し考える仕草をした後、口を開いた。
「危険な場所を調べるのは大人の儀式や、この一年の暮らし方の話し合いが終わった後にしよう。大人には大人の準備があるからな。それまでは無理をせず、安全な場所での山菜採りや、磯部で魚や貝を獲る事にしよう。まだ、危険な場所には近づかない事にしてくれ」
 僕は「わかりました」と言い、次からは班長と共に、他の子供も大人たちへの発言や報告をしに、二人以上で来る事になった事を言った。
「来年は7歳になる子が多いです。今のうちから、年上の子らには多くの経験をさせた方がいいかもしれません」
 ジンさんが僕の顔を見つつ、また同意してくれた。僕はそれが嬉しくあったものの、お兄ちゃんやロウさんが、一言も口を開いていない事が気になった。
 僕の二人を見る視線に気が付いたのか、ガンさんが口を開いた。
「ワシら人間の武器は石器類だけじゃなく、経験や知識もある。若いからと遠慮せずに、自分の意見を話す事も必要な経験じゃぞ。アラにロウ」
 ガンさんが僕の心を読みとったかのように、お兄ちゃんとロウさんの方を見た。
「おい、アラ、ロウ・・って、寝ているんじゃない!」
 一言もしゃべらず、反応もしていなかったのは、どうやら遠慮しているわけではなく、疲れで居眠りをしていたからだった。
「今から、抜歯並みの痛みを経験させてやろうか。安心しろ。俺は去年の事をまだよく覚えている。何をすれば、その痛みに匹敵するかも分かっている。抜歯の時に痛みで泣かないように、今から経験しておくか?」
 イバさんが大きな声で、二人はビクッと身体を震わせて目覚めた。イバさんは指で、二人の頬を思いっきり抓りだした。
「抜歯は、もっと痛いんだぞ?」
 二人は涙目になり、「すみませんでした」と謝っている。イバさんは、痛いつまみ方も知っているようだった。
 その日の夜、お兄ちゃんはお父さんからも叱られていた。
「疲れているのは知っている。だが、居眠りだけはしてはいかん。自分の頬をつねって眠気を覚ませ」
 お父さんはそう言って、お兄ちゃんの頬をつねった。
「抜歯って、どれくらい痛いんだろう」
 僕が呟くと、お母さんが「人によるわね。そういえば、私はお父さんが抜歯をした所を見ていないわね。あなたはどうだったのかしら?」と、お父さんに尋ねた。
お父さんはイバさんの時より痛くなさそうな顔をしているお兄ちゃんの頬から手を離し、「覚えていない」と言った。
「本当?」 
 僕が尋ねると、お父さんは「本当に覚えていないんだ。もっと痛い事、大人になるという心の苦しさの方が深刻だったかな。ま、誰でも経験する通過儀礼だ」と言い、本当に痛みの方は覚えてなさそうだった。

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