上 下
85 / 375

サキSide 5

しおりを挟む
サキSIDE 5
 弟がカラに酷い事を言った。ずっと、カラに会う事を楽しみにしていたのにも関わらずにだ。是川の人たちが来る時期になって、弟は少しずつ機嫌が良くなっていき、口数も増えていった。
「カラはどんな石器を造ったかなぁ?」
 弟は新しい形の土偶を造る練習として、小さな造形物や細い棒のようなものを造り、焼き始めた。
 これらを組み合わせて焼く事が出来れば、人間を模した今風の土偶だけでなく、動物を模した、新しい土偶が作れるかもしれなかった。それはきっと、弟の自信につながると私は信じていた。
 だが、カラは弟が思っていた以上に成長していた。すでに、入江にいる子供たちや、まとめ役のマクよりも、もしかしたら大きな存在になっているかもしれなかった。
 カラ本人に、その自覚は無いだろう。無かったからこそ、自分の兄に嫉妬され、兄弟喧嘩をしたのだろう。
 何よりも成長したと思わせたのが、すぐに兄と和解した事だ。家族は強い絆で結ばれている。だからこそ、一度こじれると関係の修復が難しいのだ。
私も弟の機嫌が悪くなると、数日間必要最低限の会話しかしない事があった。弟が自分から『話したい』という言動をとらない限り、私から話しかける事は無かった。それは、父も同じであった。
カラと喧嘩した、いや、自分から拒絶した弟は、カラの事が嫌いなわけではない。自分の意図を察し、自分で石器を造ってきたカラを見て嬉しく思っていただろう。
 しかし、カラは弟の出来ない事をやりすぎた。その事を話し過ぎた。それは悪いことでは決してないし、レイにとっても新鮮で、自分に出来る事を考える機会にもなっただろう。 
 問題はその質と量であった。どんなに弟が頑張ったとしても、出来ない物事であった。だからこそ、弟はカラの様な事が出来ないという惨めな気持ちとなり、カラを拒絶する事となった。
 カラを拒絶した夜、弟は家の中で声を出さないようにして泣いていた。次の日には泣きやんでおり、いつもと同じように朝食を食べ、父に運ばれて土器を造る場所に座り、作業を行った。
 いつもは言えなかった本心を吐き出したことで、気が楽になったのかとも思ったけれど、レイは動物を模した土器を造ろうとする事を止めてしまった。
「土器を造るだけでいいの?」
 私の問いかけに、弟は「もういいんだ」と短く答えた。今の私には、弟の心を開かせるのは無理かもしれないと思い、悲しくなった。出来るとすれば、暴言を吐いた相手、カラだけかもしれない。カラだったからこそ、弟は自分の本心をぶつける事が出来たのかもしれない。
「独りぼっちだと、色々と変に考えちゃうから」
 サンおばさんは是川の人たちが帰った後、弟に小さな子供たちの子守りをさせるようになった。私は元気に動き回る小さな子供を、弟が捕まえたりして子守りをする事は出来ないと思っていた。
 しかし、小さな子供たちは弟のそばにいる時は大人しく、元気にしゃべったりはするけど、勝手に何処か遠くに行くような事はしなかった。日が経つにつれ、弟の表情も良くなっている気がした。
「どうして小さな子供たちは、レイのそばにいると大人しいの?」
私の問いかけに、サンおばさんは「小さな子供は変に相手を気遣ったりせず、直感で動くのよ」と答えた。
 おそらく、サンおばさんの言葉は正解だろう。私が子守りをすると、小さな子どもたちは『私が追いかけられる場所』まで勝手に走っていくからだ。小さな子どもたちは子守りをする相手を見て、行動しているのだろう。
 と言う事は、弟は子守りの才能があるのではないだろうか。弟は土器造りよりも、子守りをしていたほうが村に貢献できるのかもしれない。私は半分、これでいいのかもしれないと思った。
 もう半分は、子守りばかりだと、自分と同じ年の子供や他の村の人たちとの交流、カラとの交流がほとんどなくなるという事だ。弟は、それで満足するのだろうか。
 私は小さな子供と一緒になって、珍しく笑いながら土器用の粘土を捏ねている弟を見て、これからどうするべきなのだろうと考え込んだ。
「あなたも、色々と一人で考え込んじゃっているわよ?」
 サンおばさんの言葉が、私の胸に大きく突き刺さった。今は、弟が少しでも笑えるような環境にしてあげよう。私は弟の排便の処理をしつつ、家の中を掃除した。弟の排便が肥料になったのか、家の周りには多くの雑草が生えた。いっそ、ヒエなどの雑穀でも蒔いてみるといいかもしれないと思った。
「私には、何が出来るのかしら?」
 自分が弟の事ばかり考えていて、自分の事を何も考えていない事に、私は今更ながら気がついた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

密教僧・空海 魔都平安を疾る

カズ
歴史・時代
唐から帰ってきた空海が、坂上田村麻呂とともに不可解な出来事を解決していく短編小説。

艨艟の凱歌―高速戦艦『大和』―

芥流水
歴史・時代
このままでは、帝国海軍は合衆国と開戦した場合、勝ち目はない! そう考えた松田千秋少佐は、前代未聞の18インチ砲を装備する戦艦の建造を提案する。 真珠湾攻撃が行われなかった世界で、日米間の戦争が勃発!米海軍が押し寄せる中、戦艦『大和』率いる連合艦隊が出撃する。

天威矛鳳

こーちゃん
歴史・時代
陳都が日本を統一したが、平和な世の中は訪れず皇帝の政治が気に入らないと不満を持った各地の民、これに加勢する国王によって滅ぼされてしまう。時は流れ、皇鳳国の将軍の子供として生まれた剣吾は、僅か10歳で父親が殺されてしまう。これを機に国王になる夢を持つ。仲間と苦難を乗り越え、王になっていく物語

処理中です...