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「ヨウさんの嘘つき。全然泳げないじゃないか」
 午後に子供たちで湖に行くと、イケが真っ先に湖に飛び込んだ。イケは湖を楽しみにしていたのだが、思うように泳ぐことが出来ず、口を尖らせていた。
「ヨウって、去年きた子供の事か?」
 僕は入江の子供のハムさんに尋ねられ、「そうです」と答えた。
「ああ、普通は海の方が泳ぎやすいはずなんだけどな」
 ハムさんは上手く泳げずにいるロウさんやイケを眺めつつ呟いていたけれど、その声は僕の耳に入らなかった。
 是川に帰る前日の夜、宴が開かれ、お兄ちゃんが楽しみにしていて、ロウさんに頼んだ例の腐ったような何が振舞われた。
「うう、臭いのに何で美味しく感じるんだ」
 ロウさんは鼻から口の中に充満している、臭い空気を出そうとしているけれど、尚更鼻の中に臭い循環し、臭さで涙を流しながら食べている。僕も食べたけど、やっぱり臭くて、何かが凝縮したような美味しさを感じた。
「・・無理です」
 イケは口に入れることなく断った。仲良くなったカトという同い年の子供も「無理だよな」と、相槌を打っていた。
 ロウさんはサキさんに、それを分けてもらおうとお願いをしていた。サキさんは一度僕の方を向いた後、「少しだけなら」と言い、ロウさんの持ってきた小さな土器に入れ、ロウさんは蓋をして厳重に紐で土器をぐるぐる巻きにした。
 サキさんは「レイがごめんね」と言い、僕の魚には多めにドロドロとした何かを乗っけてくれた。この場に、レイの姿はなかった。
結局、僕はあれから一度もレイと話もせず、顏も合わせないで是川に帰る事になった。
「また来てくれよ」
 ゾンさんが少し、寂しそうに言ったのが印象的だった。家族の中で、何か話し合いが行われたのだろうか。行われていたとしても、僕に出来る事はあったのだろうか。
キノジイが言っていた、家族でも口に出してはいけないという大きな壁が、僕の眼前に広がっている海のように大きく見えた。

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