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入江に行く日が近づく中、海岸では新品の丸木舟の最後の仕上げが行われている。以前、僕の考えでとった木で、ウドさんやイバさんが何度も石斧で叩き切り、中身をくり貫いて造った物だ。
「どうして丸木舟は、火で焙ると丈夫になるんですか?」
僕は犬のダリと共に近寄り、松明を持っているウドさんに尋ねた。
「どうしてかって、どうしてだろうな?」
ウドさんは僕の質問を、船の側面を丁寧に磨いているジンさんに受け流した。
「魚や肉って、焼くと固くなるじゃないですか。だから、木も焼くと固くなって丈夫になるんじゃないでしょうか?」
ジンさんが言うと、ウドさんは「そういう事だ」と、さも自分が考えたかのように言葉を続けた。
ウドさんの持っている松明の煙が風に流れ、僕とダリにかかった。ダリは咳き込むように鳴き、脱力したような格好となった。
「ダリを、ここから移動させた方がいいな」
ウドさんに言われ、僕はダリを抱えるようにして海岸から村の中心に移動させた。以前の僕では、ダリを抱えるなんて出来なかった。自分の身体が大きくなったこともあるが、ダリが痩せた事で、僕はダリを持ち運べるようになった。
ダリには夏の暑さが堪えたようで、食欲がなく、好物の魚と獣の肉を混ぜて焼いた物さえ食べなくなり、水ばかり飲むようになった。それもここ最近、水さえあまり飲まなくなった。
「ダリは何歳なんだろう?」
ダリは僕の記憶がある時から、村にいた気がする。ダリの他にも犬はいるけれど、一番人懐っこいのがダリで、他の犬は狼に近く、子供と遊ぶことは少なかった。
「ダリ、死んじゃうの?」
駆け寄ってきたイケが心配そうに、僕に尋ねてきた。僕も、ダリが死んでしまうのではないかという不安に襲われている。
「ダリの家族っているの?」
イケの言葉で僕は、今までダリの家族の事を考えたことがなかった事に気がついた。村の中にいる犬たちの中に、ダリのような模様の犬はいなかった。
僕は以前、キノジイがダリのお祖父ちゃんに虫から生えるキノコを食べさせたと言っていたことを思い出した。
僕はダリの家族の事が気になり、キノジイの家に行った。キノジイは家か洞窟か森か、何処にいるのか何時も分からない。僕はいないと分かっていながらも、ためしに洞窟の入り口でキノジイの名前を呼んでみた。
「五月蠅い」
いないと思っていたキノジイが、耳を抑えて洞窟から出てきた。
「え、いたの?」
僕の驚きをよそに、キノジイは「声が反響してたまらん」と、僕に文句を言ってきた。
「いないのかと思ってた」
「いつも家や外にいると思ったら、大間違いじゃ」
僕は「いつもは、洞窟にいないじゃん」と呟いたけれど、キノジイには聞こえていないようだった。
「それで、今日はどうした。交易品の干しキノコか?」
「ううん、キノジイならダリに家族がいるのか知っていると思って」
僕が事情を話すと、キノジイはひとまず家に上がるよう言い、僕は炉に火おこし機で火を点けた。キノジイは水が入っている土器に、小さなキノコを放り込んだ。
「ダリはこの村の生まれではなく、ここから南に三つほど行った村の生まれじゃ」
是川の村の南には、小さな村が点在している。たまに丸木船を使い、沖合で共に漁をすることがある。
「うーん、他にダリと同じような犬は見たことがないし、そもそもダリっていつからこの村にいるの?」
「なに、犬は家族兄弟違った模様で産まれる事がある。人間と違って、似ていない事も多いんじゃ」
僕は「そうなんだ」と頷きつつ、キノジイの言葉を待った。
「ダリのお祖父ちゃんに、ワシが虫から生えたキノコを食べさせたと言った事は覚えておるか。ダリの家族は他の村と共同で山の中で狩りをした時に、連れてこられたんじゃ。そして、ダリのお祖父ちゃんが夏の暑さにやられて元気がない時に、ワシは虫から生えたキノコを食べさせ、無事に元の村に戻ったんじゃ」
「じゃあ、虫から生えているキノコは薬の効果があって、今元気のないダリに食べさせれば元気になるかもしれないの?」
僕はダリに、元気になって欲しかった。しかし、キノジイの顔は変わらなかった。木の面で顔は見えないけれど、何となくそう感じた。
「あの時のキノコが影響したのか、ワシにはさっぱりわからん。じゃが、他の村から来た一人の人間が、虫から生えているキノコでダリのお祖父ちゃんが元気になったと信じ、お礼として産まれたばかりのダリを、この村に置いていったんじゃ」
「そうだったんだ。でも、ダリに今虫から生えているキノコが必要かもしれないんだ。キノジイは持っていない?」
僕が尋ねると、キノジイは首を横に振った。
「見つからなかったし、栽培も出来ん。いや、してはいけなかった事を思い出したわい」
「してはいけない?」
僕はキノジイの言葉に疑問を感じた。栽培してはいけないキノコなど、存在するのだろうか。
「そうじゃ。虫から生えたキノコが病気に効くと信じた村人は、他の村人に話し、その話が流布されている間に、少し間違って伝わったらしくてな。村が一つ無くなったんじゃ」
「無くなった?」
僕にはキノコ一つで村が無くなるなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。
「栽培しようとしたら、猛毒のキノコになったの?」
僕の問いかけに、キノジイは思い出したくもないといった口調で話を続けた。
「虫から生えるのではなく、死んだ動物から生えると伝わったようで、獲った動物をわざと森の土に被せて放置したそうだ」
「それって、ただ腐るだけなんじゃ・・」
僕が言うと、キノジイは「そうじゃ」と、短く答えた。
「ただ、腐りかかった動物を食べようと他の動物がやって来て、それを狩る事によってその村人は生活しようとしたんじゃ。わざと狩った動物の肉を一部放置し、餌として置いておいたんじゃ。それはもう、楽に狩れたそうじゃ」
僕はどこかで聞いた事がある様な話になったと思った。僕がどこで聞いたのだろうか思い出さないうちに、キノジイは話を続けた。
「そこからは地獄絵図だったようじゃ。腐った動物に触った人間の身体が腐り、その人間を触った人間も腐り、みなその村を逃げるようにして捨てたんじゃ。お前の父も見たはずじゃ。三内の人と一緒に、様子を見に行ったと言っておったからな」
キノジイの言葉を聞いて、三内を管理しているハキさんから聞いた事を思い出した。
「三内の人から聞いたよ。身体がみんな曲がって死んでいたって」
僕が言うと、キノジイは「知っておったか」と、短く言った。
「生き物をわざと腐らせる行為は神罰かもしれんのう。じゃが、ワシが栽培しておるキノコの中には、腐った木から生えるものもある。ほれ、洞窟に置いてある丸太のほとんどは腐っておるからな」
僕はそれを聞き、入江でサキさんが作った臭くてドロドロとしたものを思い出した。
「自分たちが食べるために腐らせたものは良くて、楽をしようとして腐らせると駄目なんじゃないの?」
僕の話を聞き、キノジイは「ワシは自分たちが食べるために、楽にキノコを食べられるために栽培しておるのう」と、少し自嘲気味に言った。
「キノジイは元気でしょ。神罰なんてないよ」
僕が言うと、キノジイは顔に着けてある木の面を手で叩いた。
「これが神罰かもしれんぞ?
キノジイの言葉を否定するように、僕は言葉を続けた。
「もしキノジイに神罰が下るなら、村のみんなにも下るはずだよ。僕たちはキノジイの育てたキノコを食べているんだ。それなのに、栽培しているキノジイだけに神罰が下るなんておかしいよ」
僕が言い終わると、キノジイは「だといいんじゃが」と、再び木の面を叩いた。
僕たちは話し終えると、土器の中に入れた小さなキノコを食べ始めた。乾燥させるとすぐにボロボロに崩れてしまうため、交易品には使えない物だそうだ。
「話がずれとったが、ダリの体調が悪いのか?」
僕はキノコを口の中で咀嚼しつつ頷いた。
「犬は人間よりも短命じゃ。人間よりも速く走り、人間よりも高く飛び、生きる事全てにおいて人間よりも優れておる犬が人間よりも早く死ぬ。ワシも不思議に感じる時がある」
「でも、人間は犬と違って火を起こして、道具を使えるよ?」
「犬の祖先の狼には火や道具は必要ない。生で食べ、鋭い歯で喰いちぎるからな」
「じゃあ、ダリは『狼』から『犬』になったから、早く死んじゃうの?」
「それは無いと思うぞ。聞いた話じゃが、狼の寿命は十年ほどだそうだ。毛に特徴のある狼を覚えておった者が年数を数えていると、十年ほどで村を襲いに来なくなったそうじゃ。他の狼はまだ村を襲うことがあったらしく、縄張りを変えたという事ではないそうだ」
「なら、犬は何歳まで生きるの?」
「同時に産まれた人間に、子供が出来た時まで生きておったことがあるらしいから、長いと十五年以上生きるそうだ。少なくとも、狼よりは長生きするはずじゃ。獲物が獲れず、餓死する事はない。人間がエサを与え、時には治療もするしな」
「じゃあ、ダリに何か治療は出来ないの。それに、虫から生えるキノコはもう無いの?」
僕は少しばかり、泣きそうになってきた。赤ん坊や小さな子供が病気で亡くなる光景は、すでに何度か見てきた、でも、大人の犬が死ぬところは見た事が無かった。死産した子犬は、僕が見た時にはすでに冷たくなっており、埋葬してやった事もある。
でも、ダリは僕が産まれた時からずっと一緒にいて、今日も身体を触れ合わせた仲なのだ。同じ犬でも、ダリは僕にとって特別な存在なのだ。
僕の心は揺れていた。普段、獣や小動物、魚を獲るのは平気だった。それなのに何故、同じ獣である犬に、ダリにはこのような感情が湧き出てしまうのだろうか。
「カラよ、ワシの家から出て行ってくれんか?」
「え?」
キノジイの突然の言葉に、僕は呆然とした。
「ワシの家から出て行って、ダリの側にいてやるんじゃ」
キノジイはそう言うと、僕に背を向けて横になってしまった。
僕はキノジイに「ありがとう」と言って、村に戻った。
入江に行く日が近づく中、海岸では新品の丸木舟の最後の仕上げが行われている。以前、僕の考えでとった木で、ウドさんやイバさんが何度も石斧で叩き切り、中身をくり貫いて造った物だ。
「どうして丸木舟は、火で焙ると丈夫になるんですか?」
僕は犬のダリと共に近寄り、松明を持っているウドさんに尋ねた。
「どうしてかって、どうしてだろうな?」
ウドさんは僕の質問を、船の側面を丁寧に磨いているジンさんに受け流した。
「魚や肉って、焼くと固くなるじゃないですか。だから、木も焼くと固くなって丈夫になるんじゃないでしょうか?」
ジンさんが言うと、ウドさんは「そういう事だ」と、さも自分が考えたかのように言葉を続けた。
ウドさんの持っている松明の煙が風に流れ、僕とダリにかかった。ダリは咳き込むように鳴き、脱力したような格好となった。
「ダリを、ここから移動させた方がいいな」
ウドさんに言われ、僕はダリを抱えるようにして海岸から村の中心に移動させた。以前の僕では、ダリを抱えるなんて出来なかった。自分の身体が大きくなったこともあるが、ダリが痩せた事で、僕はダリを持ち運べるようになった。
ダリには夏の暑さが堪えたようで、食欲がなく、好物の魚と獣の肉を混ぜて焼いた物さえ食べなくなり、水ばかり飲むようになった。それもここ最近、水さえあまり飲まなくなった。
「ダリは何歳なんだろう?」
ダリは僕の記憶がある時から、村にいた気がする。ダリの他にも犬はいるけれど、一番人懐っこいのがダリで、他の犬は狼に近く、子供と遊ぶことは少なかった。
「ダリ、死んじゃうの?」
駆け寄ってきたイケが心配そうに、僕に尋ねてきた。僕も、ダリが死んでしまうのではないかという不安に襲われている。
「ダリの家族っているの?」
イケの言葉で僕は、今までダリの家族の事を考えたことがなかった事に気がついた。村の中にいる犬たちの中に、ダリのような模様の犬はいなかった。
僕は以前、キノジイがダリのお祖父ちゃんに虫から生えるキノコを食べさせたと言っていたことを思い出した。
僕はダリの家族の事が気になり、キノジイの家に行った。キノジイは家か洞窟か森か、何処にいるのか何時も分からない。僕はいないと分かっていながらも、ためしに洞窟の入り口でキノジイの名前を呼んでみた。
「五月蠅い」
いないと思っていたキノジイが、耳を抑えて洞窟から出てきた。
「え、いたの?」
僕の驚きをよそに、キノジイは「声が反響してたまらん」と、僕に文句を言ってきた。
「いないのかと思ってた」
「いつも家や外にいると思ったら、大間違いじゃ」
僕は「いつもは、洞窟にいないじゃん」と呟いたけれど、キノジイには聞こえていないようだった。
「それで、今日はどうした。交易品の干しキノコか?」
「ううん、キノジイならダリに家族がいるのか知っていると思って」
僕が事情を話すと、キノジイはひとまず家に上がるよう言い、僕は炉に火おこし機で火を点けた。キノジイは水が入っている土器に、小さなキノコを放り込んだ。
「ダリはこの村の生まれではなく、ここから南に三つほど行った村の生まれじゃ」
是川の村の南には、小さな村が点在している。たまに丸木船を使い、沖合で共に漁をすることがある。
「うーん、他にダリと同じような犬は見たことがないし、そもそもダリっていつからこの村にいるの?」
「なに、犬は家族兄弟違った模様で産まれる事がある。人間と違って、似ていない事も多いんじゃ」
僕は「そうなんだ」と頷きつつ、キノジイの言葉を待った。
「ダリのお祖父ちゃんに、ワシが虫から生えたキノコを食べさせたと言った事は覚えておるか。ダリの家族は他の村と共同で山の中で狩りをした時に、連れてこられたんじゃ。そして、ダリのお祖父ちゃんが夏の暑さにやられて元気がない時に、ワシは虫から生えたキノコを食べさせ、無事に元の村に戻ったんじゃ」
「じゃあ、虫から生えているキノコは薬の効果があって、今元気のないダリに食べさせれば元気になるかもしれないの?」
僕はダリに、元気になって欲しかった。しかし、キノジイの顔は変わらなかった。木の面で顔は見えないけれど、何となくそう感じた。
「あの時のキノコが影響したのか、ワシにはさっぱりわからん。じゃが、他の村から来た一人の人間が、虫から生えているキノコでダリのお祖父ちゃんが元気になったと信じ、お礼として産まれたばかりのダリを、この村に置いていったんじゃ」
「そうだったんだ。でも、ダリに今虫から生えているキノコが必要かもしれないんだ。キノジイは持っていない?」
僕が尋ねると、キノジイは首を横に振った。
「見つからなかったし、栽培も出来ん。いや、してはいけなかった事を思い出したわい」
「してはいけない?」
僕はキノジイの言葉に疑問を感じた。栽培してはいけないキノコなど、存在するのだろうか。
「そうじゃ。虫から生えたキノコが病気に効くと信じた村人は、他の村人に話し、その話が流布されている間に、少し間違って伝わったらしくてな。村が一つ無くなったんじゃ」
「無くなった?」
僕にはキノコ一つで村が無くなるなんて、とてもじゃないけど信じられなかった。
「栽培しようとしたら、猛毒のキノコになったの?」
僕の問いかけに、キノジイは思い出したくもないといった口調で話を続けた。
「虫から生えるのではなく、死んだ動物から生えると伝わったようで、獲った動物をわざと森の土に被せて放置したそうだ」
「それって、ただ腐るだけなんじゃ・・」
僕が言うと、キノジイは「そうじゃ」と、短く答えた。
「ただ、腐りかかった動物を食べようと他の動物がやって来て、それを狩る事によってその村人は生活しようとしたんじゃ。わざと狩った動物の肉を一部放置し、餌として置いておいたんじゃ。それはもう、楽に狩れたそうじゃ」
僕はどこかで聞いた事がある様な話になったと思った。僕がどこで聞いたのだろうか思い出さないうちに、キノジイは話を続けた。
「そこからは地獄絵図だったようじゃ。腐った動物に触った人間の身体が腐り、その人間を触った人間も腐り、みなその村を逃げるようにして捨てたんじゃ。お前の父も見たはずじゃ。三内の人と一緒に、様子を見に行ったと言っておったからな」
キノジイの言葉を聞いて、三内を管理しているハキさんから聞いた事を思い出した。
「三内の人から聞いたよ。身体がみんな曲がって死んでいたって」
僕が言うと、キノジイは「知っておったか」と、短く言った。
「生き物をわざと腐らせる行為は神罰かもしれんのう。じゃが、ワシが栽培しておるキノコの中には、腐った木から生えるものもある。ほれ、洞窟に置いてある丸太のほとんどは腐っておるからな」
僕はそれを聞き、入江でサキさんが作った臭くてドロドロとしたものを思い出した。
「自分たちが食べるために腐らせたものは良くて、楽をしようとして腐らせると駄目なんじゃないの?」
僕の話を聞き、キノジイは「ワシは自分たちが食べるために、楽にキノコを食べられるために栽培しておるのう」と、少し自嘲気味に言った。
「キノジイは元気でしょ。神罰なんてないよ」
僕が言うと、キノジイは顔に着けてある木の面を手で叩いた。
「これが神罰かもしれんぞ?
キノジイの言葉を否定するように、僕は言葉を続けた。
「もしキノジイに神罰が下るなら、村のみんなにも下るはずだよ。僕たちはキノジイの育てたキノコを食べているんだ。それなのに、栽培しているキノジイだけに神罰が下るなんておかしいよ」
僕が言い終わると、キノジイは「だといいんじゃが」と、再び木の面を叩いた。
僕たちは話し終えると、土器の中に入れた小さなキノコを食べ始めた。乾燥させるとすぐにボロボロに崩れてしまうため、交易品には使えない物だそうだ。
「話がずれとったが、ダリの体調が悪いのか?」
僕はキノコを口の中で咀嚼しつつ頷いた。
「犬は人間よりも短命じゃ。人間よりも速く走り、人間よりも高く飛び、生きる事全てにおいて人間よりも優れておる犬が人間よりも早く死ぬ。ワシも不思議に感じる時がある」
「でも、人間は犬と違って火を起こして、道具を使えるよ?」
「犬の祖先の狼には火や道具は必要ない。生で食べ、鋭い歯で喰いちぎるからな」
「じゃあ、ダリは『狼』から『犬』になったから、早く死んじゃうの?」
「それは無いと思うぞ。聞いた話じゃが、狼の寿命は十年ほどだそうだ。毛に特徴のある狼を覚えておった者が年数を数えていると、十年ほどで村を襲いに来なくなったそうじゃ。他の狼はまだ村を襲うことがあったらしく、縄張りを変えたという事ではないそうだ」
「なら、犬は何歳まで生きるの?」
「同時に産まれた人間に、子供が出来た時まで生きておったことがあるらしいから、長いと十五年以上生きるそうだ。少なくとも、狼よりは長生きするはずじゃ。獲物が獲れず、餓死する事はない。人間がエサを与え、時には治療もするしな」
「じゃあ、ダリに何か治療は出来ないの。それに、虫から生えるキノコはもう無いの?」
僕は少しばかり、泣きそうになってきた。赤ん坊や小さな子供が病気で亡くなる光景は、すでに何度か見てきた、でも、大人の犬が死ぬところは見た事が無かった。死産した子犬は、僕が見た時にはすでに冷たくなっており、埋葬してやった事もある。
でも、ダリは僕が産まれた時からずっと一緒にいて、今日も身体を触れ合わせた仲なのだ。同じ犬でも、ダリは僕にとって特別な存在なのだ。
僕の心は揺れていた。普段、獣や小動物、魚を獲るのは平気だった。それなのに何故、同じ獣である犬に、ダリにはこのような感情が湧き出てしまうのだろうか。
「カラよ、ワシの家から出て行ってくれんか?」
「え?」
キノジイの突然の言葉に、僕は呆然とした。
「ワシの家から出て行って、ダリの側にいてやるんじゃ」
キノジイはそう言うと、僕に背を向けて横になってしまった。
僕はキノジイに「ありがとう」と言って、村に戻った。
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